37.お兄様の金銭事情
「あの……、婚約の話、僕はじめて知りました」
馬車の中で、おずおずとミルが切り出した。
うん、私もさっき初めて知ったよ! 当事者なのにね!
「あの、レイ兄さま、マリ姉さま、おめでとうございます……?」
語尾が疑問形なのは、私とお兄様の間にただよう不穏な空気を察してのことだろうか。
「あの、でも、僕がデズモンド伯爵位を継ぐというのは……」
「今すぐという訳ではない」
お兄様が静かに言った。
「準備ができるまで、待つつもりだ。焦る必要はない」
「はい……、でも僕、兄さまみたいに優れた領主にはなれそうもないです」
「わたしのようになる必要はない」
お兄様は優しく言った。
「おまえはきっと、素晴らしい領主になる。父上がそうだったように、領民に慕われ、その意を汲むことのできる、類まれな領主に」
「レイ兄さま……」
ミルが感動して涙ぐんだ。
私もうっかり感動しかけたが、待て待て騙されないぞ、と気持ちを引き締めた。
ミルの前でお兄様とケンカするつもりはないが、屋敷に戻ったら、婚約についてきっちり説明してもらおうじゃないか。
そう意気込んで屋敷に戻ったのだが、
「ではわたしはこれから王城へ戻る。襲撃犯の取り調べがあるのでな」
「え」
「しばらく帰れぬと思うが、何かあれば騎士団に連絡を寄こせ。ではな」
そう言うと、お兄様はさっさと馬に乗り、また屋敷を出ていってしまった。
「兄さま、僕たちを送るためだけに屋敷に戻ってくださったんですね」
「……そうだね」
そういうところは、面倒見がいいというか、意外に親切というか……。
「レイ兄さまって、お優しいですよね」
ミルが珍しく、からかうような口調で私に言った。
「ミルってば、何よ」
「いいえ、ただ、マリ姉さまの婚約者が、レイ兄さまで良かったと思って」
「えー……」
不満そうな私に、ミルが首を傾げた。
「マリ姉さま、レイ兄さまをお好きではないのですか?」
「すっ……」
ミルのストレートな質問に、私はその場にしゃがみ込みそうになった。
「何を言うのよ、ミル!」
「……レイ兄さまは、ずっとずーっとマリ姉さまを想っていたんですよ、それなのに」
「ミル!」
私は真っ赤になった。
「そっ……、そういう事は、私とお兄様の問題だから、ミルは気にしなくてもいいの! それにそれに、ミルはどうして、そんな……」
「お兄さまがデズモンド家の血筋でないことは、お父様から伺ってました。爵位や財産についても、お兄さまが成人した後、ノースフォア家の侯爵位およびその財産を継承するよう、働きかけていると」
……ん?
私はミルの言葉に、引っかかるものを感じた。
「ちょっと待って、ミル。侯爵家の財産て……」
「レイ兄さま、爵位はうちの伯爵位を継ぎましたけど、お兄さま個人のものとして、信託財産をノースフォア家から遺贈されてますよ」
正式に侯爵位を継げば、さらに莫大な財産を継承されることになりますけど、というミルの言葉に、私は目まいを覚えた。
ノースフォア侯爵家といえば、先代の正妃を輩出した名門にして、有数の資産家。
我がデズモンド家は貧乏だけど、お兄様個人は富裕層だったというわけか。
だから、貧乏うんぬんの話題になった時、王子様が微妙な反応をしたんだな!
「……お兄様、なんで制服を新調なさらないのよ……」
特に破れたりはしていないが、今の騎士団の制服は、作って既に2年くらいは経ってるはず。
貧乏だから節約してるのかと思ってたけど、うなるほど金持ってるくせに、仕事用の服ひとつ新しくしないのは何故なんだ!
「レイ兄さま、あんまりそういうことに興味がないんじゃないでしょうか」
「……ああ……」
たしかに。
服なんて着られればいい、とか真面目に思っていそう。
王家主催の祝賀会に出席するのに、綿の普段着ドレスをすすめてくるような、ファッションオンチだもんね。
―――よく似合っていると思うが。
ふいに私は、その時のお兄様の言葉を思い出し、赤面した。
お兄様は、ファッションに疎いし、ドレスの流行なんてちっともわかってないと思うけど。
でも、一応、褒めてくれたんだよね。
それに、今着てるお母さまのリメイクドレスも、似合うって言ってくれた。
「…………」
どうしよう。
顔が熱い。
ぱたぱたと顔を扇ぐ私を、ミルがおかしそうに見つめていた。




