35.お兄様が悪役な件
私は混乱する頭を必死に落ち着かせようとした。
どういうことなんだ。
さっきまでお兄様にキ……、それは置いておいて、プロポーズ……これも置いておいて、とにかくなんか甘酸っぱい雰囲気でふわふわしてたのに、いきなり襲撃とか言われても、気持ちがついていかない。
向かい合わせに座るお兄様は、落ち着き払った態度で剣の状態を確かめている。
誰がなんの目的で私達を襲撃するのか、聞きたいことは山ほどあるが、とにかく、
「お、お兄様、私達は何をすれば」
「何もしなくていい。ここでじっとしていろ」
お兄様の視線が、おまえらは戦力外、と明確に告げている。
それはわかるけど、でも。
ミルと私は手を取り合い、お兄様を見つめた。
「レイ兄さま……」
「心配するな、わたしに何かあっても、その後の爵位継承はとどこおりなく行われるよう、手配してある」
「そういう心配では」
ミルが泣きそうな顔でお兄様と私を交互に見つめた。
そんな顔されたって、泣きたいのは私も同じだ。
「な、何かって、何かって……、お兄様、その襲撃犯に、か、勝てないと思っていらっしゃるのですか」
「バカバカしい」
ハッ!とお兄様が嘲るように笑った。
普段なら腹を立てるところだけど、今はその傲慢さがうれしい。
「あの程度の輩、たとえ一個大隊できたところで問題はない」
さいですか。
しかし、
「……あの程度の輩、ということは、お兄様は襲撃犯をご存じなのですか」
「まあな。おまえも会ったことがあるだろう」
なんですと!?
高速で頭の中のお友達ファイルを検索するが、そんなヤバそうな人物に心当たりなどない。
うろたえる私に、お兄様が言った。
「……神殿で会った、王太子殿下の伴の者だ」
「えっ!?」
ということは、つまりゼーゼマン侯爵家の……。
「えええ!? 両親だけではあきたらず、私達まで!? なんで!?」
「目障りなデズモンド家に、聖女まで現れたからな。今の内に始末しておこうと考えたのだろう。が、まあ、ちょうど良かった」
何がいいんだ、何が!
「……ずっと機会をうかがっていたのは、こちらも同じだ。あやつらを逃すつもりなど、はなからなかった。おまえ達を巻き込みたくはなかったが、まあ何とかなるだろう」
「何とかって……、何とかならなかったらどうするんですか」
お兄様は窓の外をうかがいながら、平然と言った。
「この馬車に、監禁魔術をかけておいた。これはかけた本人か聖属性の解放魔術でなければ解けぬから、わたしに何かあってもおまえ達に危害は及ばん。ゼーゼマン家の手の者に、聖属性の使い手はいないからな」
「……その監禁魔術って、禁術では」
お兄様の作戦にドン引きしていると、ふいに馬がいななき、馬車が大きく傾いだ。
「―――きたな」
お兄様の目が爛々と輝く。
こう言ってはなんだが、お兄様が悪役みたいです。
「いいか、絶対に外に出るなよ。ここで大人しく待っていろ」
言うなり、お兄様が馬車の扉を蹴破って外へと飛び出した。
とたん、人の気配が殺到するのを感じたが、姿が見える前に馬車の扉が自動的に閉まった。
「……………………」
監禁魔術、本当にかけてあった。
私とミルは顔を見合わせ、それからそっと、お兄様の言う通り窓から離れた場所に座り直した。
正直、襲撃犯よりもお兄様の機嫌を損ねることのほうが怖い。
監禁魔術は音までは遮断しないから、剣戟や何かがぶつかるような音、悲鳴などは生々しく聞こえてくる。
「―――ぅおおおおお!」
誰かの雄叫びとともに、突然、窓の向こうの景色が闇で塗りつぶされた。
お、お兄様……、闇の拘束魔術を使ってる……?
監禁魔術もそうだけど、拘束魔術も禁術では。
確認だけど、お兄様って騎士だよね?
騎士が禁術とか使ってもいいの?
正当防衛なら使用可能だけど……と考えたところで、私はある事実に気がついた。
いま現在、私とミルという保護対象者が、馬車に残された状態だ。
お兄様には、私とミルを守る責任があり、そのために禁術を使用しましたーって言ったら、正当防衛が成立してしまう。
なんということだ。
お兄様、私達というお荷物の存在さえ利用して、禁術使いまくってるのか!
なんだろう……、襲撃犯に対して、一抹の哀れを感じる。
本気を出したお兄様を相手にしなければならないなんて、かわいそうに……。
「あの悪魔は放っておけ! これ以上は時間をかけられん!」
怒号がとび、闇で視界は効かないが、馬車へ走り寄る足音が複数、聞こえた。
悪魔って、お兄様のことだよね。
襲撃犯に悪魔と罵られるお兄様っていったい。
ガタガタと馬車を揺すられるが、横転するほどの力はないようだ。悪態をつく声が聞こえる。
「くそ、どうなってるんだ、この馬車は!」
「禁術が使われているのか!?」
「離れろ、闇の魔術に囚われるぞ!」
複数の男性の悲鳴、苦痛の声が耳を刺す。
闇の禁術に、備えなしに触れたりすると、触れた部分に激痛が走るし、場合によっては四肢欠損にもつながる大怪我になる。
……相手は襲撃犯だし、ひょっとしたら両親殺害の犯人かもしれないんだけど、でも、これは……。
「手が! 手が溶ける、誰か助けてくれっ!」
「離れろ、離れんか!」
「あああ! 誰か、誰か助けてっ!」
ど、どうしよう。このまま放っておいて大丈夫?
いや、私達を殺そうとした犯人なんだけど!
でも、ゼーゼマン家にただ雇われただけで、いやいや参加したって人もいるかも……いや、だからって許されることじゃないけど。
「助けて!」
必死に助けを求める声に、私はたまらず、馬車の扉に手をついた。
「お兄様、やめて下さい!」
その瞬間、扉についた手から、まばゆい光があふれ出た。
監禁魔術が解け、扉が開く。
扉の向こうに、あぜんとしたお兄様と襲撃犯たちの姿が見えた。
「こ、これは……」
全身発光状態の私を見て、襲撃犯の一人が尻もちをついた。
ただれた手を押さえて苦しんでいた人も、呆然と私を見上げている。
「せ、聖女さま……」
違います。
と主張するのは後だ。
私は馬車を降り、赤くただれた手を押さえ、震えている男性に近寄った。
どういう小説の強制力なのか知らないが、いま、私には聖女にしか宿らない神力があるらしい。
それなら、通常の癒しの術では治せない、闇の魔術による怪我を癒せるはずだ。
―――どうか、神様。
私は男性の傷に手をかざし、祈った。
―――神様、今までことごとく私の願いを無視してくれましたが、今回は本当にお願いです、どうかこの怪我を癒してください。
すると私の手から、やわらかい白い光があふれ、男性の手を包み込むように広がった。
「おお、なんと……!」
尻もちをついている人が、畏れに満ちた声を上げた。
「祝福の光だ!」
「話が違うぞ、聖女を騙る偽者だなどと! この方は本物の聖女ではないか!」
襲撃犯たちに動揺が広がり、仲間割れを起こし始めた。
「おお……、き、傷が……」
白い光がおさまるにつれ、男性の手の怪我も消えていく。
「傷が、傷が消えた……! 闇の魔術の傷が! おお、お許しください、聖女さま!」
傷の消えた手を、信じられないといった目で見つめていた男性が、がばりとその場にひれ伏した。
「わたしは何ということを……ああ、聖女さま、すべての罪を告白します! わたしは、わたしはあの者に騙されたのです! あの者は、聖女さまを偽者と貶め、聖女さまとそのご家族を害さんと、わたし達を雇ったのです!」
男性の指さす先に、見覚えのある男が立っていた。
神殿で会った、王太子殿下の伴をしていた人だ。
その人は、うろたえたように周囲を見回し、怒鳴った。
「きさま、きさまら……、どういうつもりだ、金を受け取っておきながら!」
「騙したのはそちらの方だ!」
尻もちをついた男性が、剣を振り回して叫んだ。
「偽者の聖女だなどと、よくもそのような嘘を申したな! 神も畏れぬ涜神者め! 地獄に落ちろ!」
襲撃犯達がもめていると、お兄様が私の許に駆け寄ってきた。
「マリア!」
「お兄様……」
ヤバい。お兄様、めちゃくちゃ怒ってる。
「馬車に戻れ!」
「……ハイ……」
目をつり上げて怒鳴るお兄様に、私はしおしおと馬車の中に戻った。
素早く扉を閉められ、ふたたび監禁魔術が発動するのを感じた。
「………………」
なんか、さっきより魔術が強力になってる気がする。
監禁魔術の重ねがけかな? さすがお兄様、禁術を重ねがけするとか、魔力がえげつない……。
窓から離れた席にちんまりと座っていたミルが、おずおずと私に声をかけた。
「あの、姉さま、さっき祝福の光が……」
「見間違いよ」
素早く否定する私に、ミルは何ともいえない表情になった。
わかってるよ。
さすがにここまで来て、聖女じゃないと主張するのは苦しいって。
でも、やっぱり怖い。
聖女と王太子殿下、この二つは私の惨殺エンドの最大のフラグなのだ。
だったら何故、わざわざ聖女の力を使ったりしたんだ、と私は自分自身に問いかけた。
聖女と思われたくないなら、あのまま、お兄様に言われた通り、馬車の中に隠れていればよかったのに。
その時、助けて、と叫ぶ人の声が脳裏によみがえった。
襲撃犯達を、無条件に許すわけではない。
私はそんな、お人好しではない。
襲撃犯達には、公にその罪を明らかにして、法にのっとって罪を償ってもらう。
それが一番いい。
いくら犯罪者だからって、過剰な痛みや苦しみを、与える必要なんてないのだ。
ひょっとしたら、お兄様は襲撃犯達を苦しめたかったのかもしれない。
両親の殺害に関わったかもしれない犯人に、復讐したかったのかもしれない。
でも、お兄様にそんなことをしてほしくなかった。
騎士として、国や国民を守るために剣をふるうのではなく、憎しみに囚われて誰かを傷つけてほしくなかったのだ。
でもお兄様、すごい怒ってたな……。
私は先ほどのお兄様の剣幕を思い出し、身震いした。
あー、屋敷に戻ったらお説教かな、と憂鬱な気持ちになっていると、
「マリ姉さま、あれ!」
ミルの驚いた声に、私は顔を上げて窓の外を見た。
月明りにきらめく、銀色の甲冑集団が街道の先に現れ、私は息を飲んだ。
「ミ、ミル、あれって……」
「あれは王太子殿下の親衛隊です、間違いありません!」
何ですとー!?




