34.お兄様の物騒なスケジュール
その後も、返事返事とうるさいお兄様にそっぽを向き、私は無言を貫いた。
お兄様も王家も知るか。
乙女心を踏みにじっておきながら、プロポーズの返事をせかすとか、ふざけないでほしい。
……というのは建前で、本音は、転げまわりたいくらい恥ずかしかったせいだ。
だって、お兄様が!
あんな激しいキ……いや、考えない。考えたら負けだ!
かたくなに目を合わせようとしない私に、お兄様は諦めたように小さく息を吐き、私の手をとった。
お兄様の手の感触に、さっきのキスを反射的に思い出してしまう。
思わずその手を振り払おうとすると、
「おまえの気持ちはわかった。……だが、ミルを待たせている。馬車まで案内するだけだ、何もしない」
お兄様の沈んだ声に、ちょっと気持ちが揺れた。
しかし、またさっきみたいな事になったら、今度こそ心臓が爆発して死ぬと思ったので、私は黙ってお兄様の隣を歩いた。
ちらりと見上げると、さっきまであんな事をしてたとはとても思えない、俗世を超越した月の精霊のように麗しい顔をしたお兄様に、胸が苦しくなった。
性格がアレなのに、なんでこんなに美形なんだ。
神様は間違っている!
遠くに大広間のざわめきが、かすかに風にのって聞こえてくる。
お兄様と二人で、王宮の夜会を抜け出して、こんな風に手をつないで中庭を歩くなんて、なんか、傍から見たら、こ……、恋人同士、とか思われるかもしれない。
お兄様と恋人同士とか、ありえない。
ありえないんだけど、でも、お兄様、さっきの口ぶりだと、なんかずっと私のことを好きだったみたいだ。
なんで私?とは思うけど、でも、嫌な気持ちはしない。
ていうか、嬉しい。
そっか。お兄様、私のこと好きだったんだ。
その時、ふと私はひらめいた。
そういう事なら、お兄様に殺されるあの惨殺エンドは、回避できるのかもしれない。
お兄様だって、さすがにずっと好きだったという私の首を刎ねるとか、そんな非道なことはしないだろう。
「……よかった」
思わずもれた私のつぶやきに、お兄様が私を見た。
「何がよかったのだ?」
「ああ……、その、お兄様が私を好きになってくださって、よかったと思って」
これで死なずに済む!……かどうかはわからないけど、とりあえずお兄様に首を刎ねられる可能性は低くなった。
それだけでも今は良しとすべきだろう。
「……わたしがおまえを想っていても、かまわないのか?」
ためらいがちにお兄様が聞いた。
私がうなずくと、確かめるように私の顔をのぞき込んだ。
「迷惑ではないと?」
「……はい」
なんか恥ずかしい。
「ではわたしの妻に」
「それとこれとは別です!」
もー、すぐその話を蒸し返す!
「迷惑でないのなら、いいではないか」
「よくないです」
「どうすれば承知してくれる?」
「今はダメです」
「いつならいい?」
「とにかく今はダメです!」
お兄様と押し問答を続けている内に、いつの間にか馬車の前に来ていた。
既に馬車で待っていたミルの隣に座ると、続いてお兄様も中に乗り込んできた。
さすがにミルの前でプロポーズについて話すつもりはないらしく、お兄様はただミルに「待たせてすまぬ」とだけ告げた。
どうでもいいけど、お兄様、ミルには素直に謝るんですね。
私には十年に一回くらいしか、謝ってくれないくせに。
お兄様は、馬車を出すよう御者に声をかけると、なぜか腰に佩いていた黒の長剣を、鞘からスラリと引き抜いた。
あまりに自然な動きで抜き身の剣を手にするお兄様に、私とミルは顔を見合わせた。
ミル聞いてよ。
いや、姉さまが。
イヤよ、なんか怖い返事されそう。
僕も怖いです。
……という無言の会話を私とミルでしていると、
「二人とも、いいか」
お兄様の静かな声に、私とミルは、びっくう!と飛び上がった。
「な、なななんですかお兄様」
「……しばらくしたら、少し騒がしいことになる。それはわたしが片付けるが、おまえ達はその間、決して馬車から出るな」
「……えっ」
私とミルは硬直し、お兄様を見た。
「……レイ兄さま、か、片付けるって……」
ミルの上ずった声に、お兄様はちらりと私達を見た。
「とにかく、わたしがいいと言うまで、馬車の中にいろ。念のため、窓からは離れていたほうがいい」
「……お兄様、どなたかに襲撃される予定でもあるのですか?」
「そんなところだ」
冗談を真顔で返された。
襲撃。
襲撃って!




