32.王家の無茶ぶり
私達の到着が知らされるや否や、祝賀会が開かれている大広間は大変な騒ぎとなった。
国王陛下並びに王妃殿下も少しだけ出席され、簡単に聖女顕現を寿ぐお言葉を述べられたのだが、退出間際に王太子殿下と私だけにお声をかけられていったため、注目度はさらにアップしてしまっている。
……うん……、そりゃそうだよね……。
まともに社交界デビューもしてない娘が、よりにもよって王太子殿下にエスコートされてご登場、しかも国王陛下王妃殿下からお言葉を賜るとか、おまえふざけんなって思うよね……。
せめてリリアのような楚々とした美女なら、そうよね聖女さまだものね、と納得させることも可能かもしれないが、いかんせん私は自他ともに認める地味顔。
そもそも本物の聖女さまでもないし。
もしくは、お兄様みたいな、寄らば斬る!という感じの迫力に満ちた美人顔でも、誰も文句言わないかもしれない、と思いながら、私は後ろにいるお兄様に声をかけようと振り返った。
すると、お兄様とミルの回りを、令嬢たちが集団で取り囲んでいた。
これがミルだけなら、もしやカツアゲ、と助けに走るところだが、お兄様が一緒ならば、それはない。
ということは。
これは、まさかもしやの……。
「レイフォールドは、相変わらずの人気だな」
隣に立つ王子様が、感心したように言った。
「えっ……、ええ? あの、兄は……、そのう、宮廷で」
「僕も負けるほどの人気ぶりだよ。特に女性にね」
ぱちりとウィンクする王子様。
……ああ、なるほど、と私は心密かに頷いた。
王子様、たしかにステキなんだけど、ちょっと……というか、かなりチャラい。
宮廷に出仕している令嬢たちは、切実に将来の夫探しをしているはずだから、王太子という高すぎる身分とこのチャラさは、大幅な減点ポイントになるんだろう。
その点、お兄様には、チャラさの欠片もないもんね。
愛想もないが、逆に言えばあちこちで妾をつくったり、いきなり隠し子を連れてくるような甲斐性もなさそうだ。
今は権力と縁遠いデズモンド家を継いではいるが、元々の血筋は王族、武力魔力ともに折り紙つきの実力者でもあり、将来的に出世の芽もある。
何より、見慣れた私でさえ、はっとするような美貌の持ち主だ。
そう考えれば、お兄様に適齢期の令嬢たちが群がるのは、当然ともいえる。
宮廷に出仕している友達も、お兄様は女性に人気があると言っていたけど、正直、社交辞令だと思っていた。
なんだ、お兄様、モテモテじゃないですか!
私は、ほっとするような、なんだか寂しいような、複雑な気持ちでお兄様を見つめた。
令嬢に声の一つもかけられないんじゃ、なんて心配する必要、まったくなかった。
声をかけなくても、向こうから寄ってくるんだもんね。
そして、翻って自分自身はどうなのかと言うと、大広間の上座に王太子にエスコートされて立っているせいか、誰も近寄ってこない。
というか、近寄ろうとする貴族達を、王太子の護衛と思われる騎士達が容赦なくブロックしている。
ありがたいんだけど、これでいいんだろうか。
いや、聖女として挨拶しろとか言われても困るんだけど。
しかしお兄様、まったく嬉しそうに見えない。
宮廷の美姫たちを相手に、笑顔のひとつも見せないとか、なんという鉄仮面ぶり。
ミルを背後に庇い、こちらからでもわかるほど、冷え冷えとした表情で対応している。
ちょっとは愛想よくすればいいのに、とやきもきしていると、
「レイフォールドが気になる?」
王子様が私にささやいた。
私は少し考え、頷いた。
王子様は、なんだかんだ言って、お兄様を気に入っていらっしゃるように見える。
それならば、これくらい言っても大丈夫ではなかろうか。
「兄はこれまで、私達の親代わりをしてくれていましたので、あまり自分の将来について考える時間がなかったように思います。兄には幸せになってほしいので、よいご縁があればと思うのですが」
だからいいご令嬢がいたら紹介してくれませんかと言外ににじませ、王子様を見上げると、
「……それは、少し難しいかもしれないね」
王子様が微妙な表情で私を見た。
「本人が望まないものを、無理に押しつけても仕方ないだろう? 何より、そんなことをしたら、レイフォールドからどんな報復を受けることか」
怖い怖い、と肩をすくめる王子様に、私は首を傾げた。
「なぜ兄が縁談を望んでいないと?」
「……マイヤー侯爵家との縁談を、けんもほろろに断ったじゃないか」
王子様の言葉に、私はうっと言葉に詰まった。
あれか!
あの一件で、お兄様の縁談がぱったり来なくなってしまったのか!
「いえ、あの、あれには理由があるのです。その、兄は、貴族としては特殊なのかもしれませんが、独特の金銭感覚を持っておりまして、働かざるもの食うべからず、という信念の持ち主でして……」
ブフッ、と王子様が吹き出した。
「ええ? 何だい、それは。レイフォールドがそう言ったの?」
「あー……、正確には、もう少し違った言い回しですが。何せ我が家は貧乏なので、侯爵家のご令嬢には辛い生活を強いてしまう恐れもあり……」
実家の金を湯水のごとく使い、遊んで暮らすことを良しとする令嬢など、その家の恥だ。……とお兄様が言ったことは、伏せておいたほうがいいだろう。
すると、王子様は怪訝な表情になった。
「貧乏? だが、レイフォールドは……」
「殿下!」
王子様の言葉をさえぎり、お兄様が私達の許へ駆け寄ってきた。
「あ、お兄さ」
「失礼いたします殿下。マリア、帰るぞ」
お兄様のいきなりの退出宣言に、私と王子様は、え?とそろって絶句した。
「……いや、待てレイフォールド。まだ聖女どのも着いたばかりで、誰にも挨拶もしていないのだが」
「今回の祝賀会は、聖女の存在を知らしめるためのものです。聖女と貴族とのつながりを作るためのものではない。逆に挨拶など、しないほうがよろしいでしょう」
「それはそうかもしれないが、しかし」
「御前を失礼いたします。来い、マリア」
強引に腕を引っ張られ、私は慌てて王子様に退出の礼をした。
「も、申し訳ありません、失礼いたします殿下」
王子様は、やれやれと首をふってお兄様に声をかけた。
「しかたないな、わかった。少し早いが、この後は予定通りにすすめるよ」
「……よろしくお願い致します」
お兄様は苦々しい表情で王子様に告げると、さっさと踵を返し、大広間を後にした。
「お、お兄様、あの」
「ミルはすでに馬車で待機させている。急げ」
お兄様のあまりの手回しのよさに、私はあっけにとられた。
「あの、どうかなさったのですか? なぜこんな急いで」
「……王家にしてやられた」
お兄様の悔しそうな言葉に、私は首を傾げた。
「え? いやラス兄様、さっきまで王家の方々とはお話しもされてませんでしたよね?」
お兄様の周囲は、騎士であっても突破が難しいほど、妙齢の姫君たちで固められてたような気がするのだが。
「わたしではない、おまえのことだ」
「え?」
私はますます意味がわからず、戸惑ってお兄様を見上げた。
「どういうことですか?」
「わからぬか」
ラス兄様は足をとめ、私を振り返った。
奇妙に表情の抜け落ちたラス兄様の顔に、私は不安な気持ちになった。
「ラス兄様、いったい……」
「王家は、おまえを望んでいるのだ」
お兄様の言葉に、私は首をひねった。
「何のことですか?」
「……王家は、王太子と聖女の婚姻を望んでいる。おまえと、王太子殿下の婚姻だ」
「えっ……」
あまりの事に、私はあんぐりと口を開けた。
「そんなバカな! いや、そんなの無理です、どう考えても無理!」
「珍しくおまえに同意する」
お兄様は、ほっとしたように息をついた。
「最初から、どうもおかしいと思っていたのだ。王太子みずからの出迎えやエスコートもな。……先ほど、手の者から報告を受けた。あのまま大広間にいつづけ、最後に王太子殿下と一曲踊れば、その場で内々に婚約が確定していた。……王家は、外戚であるゼーゼマン家の横暴を抑え、なおかつ聖女の威光を取り込むことを望んだのだ」
「前提条件として、私が王家に入ることそのものが無理なのですが!」
「わかっている。……最悪、王家としては、おまえを正妃ではなく側室として迎えるつもりもあったようだが」
「つまり、私のようなバカに正妃なんてつとまりっこないから、他のちゃんとしたご令嬢を正妃として迎え、私はお飾りの存在として王家に取り込むつもりだった、と。そういうことですか?」
「………………」
お兄様の沈黙が、すべてを肯定している。
いろんな意味でヒドい。




