30.再び王宮へ
「……はい、お嬢様、右手を挙げてください、そのまま……、はい、出来ました!」
「やったー!」
私とメイドは、互いに針と裁縫バサミを持ったまま、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
お母様のドレスリメイクは、大成功だった。
鏡に映った姿を見ても、自画自賛になるが、普段とは似ても似つかぬ品のある美しい令嬢がこちらを見返している。
馬子にも衣装とはまさにこのこと、と私は鏡に映るドレスにうっとりした。
ドレスは、深い緑色のビロードの生地に、レースの飾り襟が上品な仕立てだ。
元々、袖はパフスリーブになっていて、全体的に上半身に重さのあるスタイルだったのを、上半身はタイトに、腰までぴったりと体の線に沿い、そこから下はふわりと広がって裾にかけてボリュームを出すようなスタイルに仕立て直した。
上半身は細いが、下半身太めの私のためにあるような流行に感謝だ。
鏡の前で、最後までドレスの調整を手伝ってくれたメイドと一緒に、きゃっきゃと喜んでいると、強めにドアをたたく音が聞こえた。
「マリア、もうそろそろ出発せねば、遅れるぞ」
メイドがドアを開けると、お兄様とミルが、しびれを切らしたように部屋に入ってきた。
お兄様は騎士団、ミルは学院の制服を着ている。そして二人とも、私がお土産に買ってきた組紐で髪を束ねてくれていた。
「お兄様、ミルも、とっても素敵です」
私の言葉に、ミルはにこっと笑った。
「マリ姉さまも、すっごく綺麗です! きっと、今日の祝賀会でも、一番綺麗です!」
ミルの素直な賞賛に、私は嬉しくなってその場でくるっと回ってみせた。
「ありがと、ミル! ラス兄様、どうですか?」
褒めて褒めて、とお兄様を見ると、
「……え?」
私は驚いて声を上げた。
お兄様は、ぽかんとして私を見ていた。
驚いたような、呆けたような眼差しをしている。
滅多に見ないお兄様の表情に、私はなんだか恥ずかしくなって咳払いした。
「あの、ラス兄様、これお母様のドレスなのですが……、どうでしょう、似合ってますか?」
「え? ……ああ」
お兄様は、我に返ったように瞬きして、私から目をそらした。お兄様の両耳が赤い。
「ああ……、そうだな、似合っている」
恥ずかしそうに言うお兄様に、私までなんだか照れてしまった。
お兄様、妹を褒めるのさえこんなに恥ずかしがってたら、本命のご令嬢には声もかけられないんじゃなかろうか。
そんな余計なお世話なことを考えていると、ミルが焦ったような声を上げた。
「姉さま、そろそろ出掛けないと、本当に遅れてしまいます!」
慌てて屋敷を出発した私達は、馬車が王宮に近づくにつれ、少しずつ無口になっていった。
いや、お兄様は普段から饒舌なタイプではないから、正確に言えば、私とミルの口数が減ったというべきか。
だって、街の様子があきらかにいつもと違う!
王城の周囲は貴族達の馬車で混みあい、大通りは派手な飾りつけがしてある。
ちらっと見えた立て看板には、祝・聖女!とかなんとか書かれていたような……。
怖いので、見なかったことにしよう。
とにかく、まるで大きなお祭りのように王都全体が浮き立っているのを感じる。
「……なんかお腹痛くなってきた……」
「姉さま、大丈夫ですよ。これは王宮内の、内輪のお祝い……のはずですから」
ミルの声も、どこか弱々しい。
たしかに、どこが内輪なんだと言いたくなるほど、大々的に聖女顕現を祝っている。
「いくらお祝いだっていっても、盛り上がりすぎでしょ……」
呻くように言う私に、ラス兄様が不思議そうに言った。
「おまえを聖女と認め、祝っているのだ。何も気にすることなどなかろう」
「気にしますよ……」
お兄様の図太さが羨ましい。
王宮に入ると、さらに事態は悪化した。
「ウソ……」
私達が到着するなり、待ち構えていたと思われる騎士団の方々が、ざっと整列して私達を出迎えたのだ。
しかも、
「やあ、レイフォールド」
騎士団の先頭でにこにこと手を振っている、金髪もまばゆい美形に、私は倒れそうになった。
「殿下」
お兄様も、さすがに驚いた顔をしている。
そりゃそーだ。
なんで王太子殿下が、わざわざ臣下を出迎えてるんですか!




