27.王子様は寛大だった
「王太子殿下ともあろうお方が、伴の一人もつけずに城外を出歩くなど、感心しませんね」
お兄様の言葉に、にこにこと金髪美形の王子様が答える。
「一応、伴も一人、ついて来てるよ」
ほら、と先ほどお兄様に剣を突きつけられた男性を指し示す王子様に、お兄様はフンと鼻で笑った。
「わたしが申し上げたのは、腕のたつ護衛という意味です。あれでは盾にもなりますまい」
お兄様の言葉に、王子様の隣に控えていたその男性が、血管が切れるんじゃないかと心配になるくらい真っ赤になってお兄様を睨んだ。
王太子殿下とその連れに対する、あまりにも傲慢な態度に私はハラハラしたけど、王子様は軽く笑っただけだった。
なんだろう、王子様、慣れてる?
「レイフォールドの言葉は、耳に痛いな。今後は気をつけるよ。……でも今回は、私が来なければ、ゼーゼマン家の者達だけがこの場に来ることになっただろう。それでも良かったのかい?」
ゼーゼマン、という不意打ちの言葉に、私はうっと息を詰めた。
こ、ここで笑うわけにはいかない!
王太子殿下の御前で、いきなり狂ったように笑い出すとか、絶対ダメ!
片手で口元をおさえた私を、お兄様がぎゅっと抱きしめた。
「……ゼーゼマン家の騎士達が、束になってかかってきたところで、わたしにかすり傷一つでも負わせられるとお思いか?」
謙遜や低姿勢などの美徳を生まれた時に捨ててきたお兄様が、傲慢に言い切った。
いつも思うことなんだけど、お兄様、たとえ王族相手でもまったく態度を変えないよね。
そして何故いま、私を拘束してるんだ。たしかに笑うのをこらえたせいで挙動不審だけど、いきなり暴れたりしないのに。
「まったく君は、自信家だなあ」
王子様が朗らかに笑う。
臣下と主君というより、友達みたいな気安さだ。
こんだけ態度のデカい臣下に、心の広い、優しい王子様だなあ。
私は感心して王子様を見つめ、そしてはっと我に返った。
いかんいかん。
小説の中では、私は王太子殿下に身の程知らずにも想いを寄せ、そのせいで結局、死ぬはめになったのだ。
たしかに王子様はいい方っぽいけど、あまり好意的に思うのは、良くないかもしれない。
「……先ほどの聖女鑑定の儀で、神官長はデズモンド家令嬢マリアを聖女と認定した。王家もまた、この判断を支持する。あの光は神力に満ちていた。聖典に記された通り、間違いなく神の祝福である」
王子様はお兄様と私を見つめ、はっきり宣言するように言った。
「王家は、聖女の顕現をたしかに認める。後ほど聖女顕現を寿ぐ祝辞を、国民に向けて宣布しよう」
「殿下!」
王子様の隣に控えた人が、動揺した様子で叫んだ。
「あれはデズモンド家の娘ですぞ!」
「だから何だ」
お兄様が、ふたたび剣の柄に手をかける。
「やめよ」
王子様が片手を上げ、隣の人を制した。
「神が選ばれた聖女に対し、不遜な物言いは許さぬ」
「しかし!」
その人はなおも言い募ろうとしたけど、お兄様が剣を抜くのを見て口をつぐんだ。
「レイフォールド」
王子様が、お兄様をたしなめるように名を呼んだが、
「聖女に対する冒涜は、その命で贖わせる。……聖典でも許された行為です。わたしがその者を害したところで、なんら問題にはなりませぬ」
いやいやいや。
そういう、物騒な行為を正当化するために聖典を持ち出すのは、どうかと思いますラス兄様!
そして空気と化した神官長ともう一人の神官、神殿で殺害が行われようとしてるのに、ぜんぜん止めに入る気配もないのはなんでなの!?
そりゃ私だって、立場が逆なら、殺気だったお兄様に逆らうなんて自殺行為はごめんだけど!
お兄様にふたたび剣を突きつけられた人は、青い顔で、それでも強情に言い張った。
「そなたが聖典について語るとはな! 災いと死をまきちらす他、何の能もないそなたが、よくも言ったものだ! そなたを引き取ったせいで、デズモンド伯夫妻は殺されたのではないか! そこの娘、そなたの両親を奪ったのは、この男ぞ!」
その言葉に、お兄様が怯んだのがわかった。
剣先はその男に向けられたままだが、私を抱きしめる手がかすかに震えている。
「お兄様」
私が呼びかけると、お兄様は肩を揺らして、私の視線を避けるように横を向いた。
あーもう、お兄様、血縁関係の話にはとことん弱いのね。
どんだけトラウマなの。
「お兄様、もう帰りましょう」
私はお兄様の袖を引っ張って言った。
聖女認定された対策も考えたいし、お兄様がまた血縁関係のトラウマでうじうじするのもケアしなきゃいけないし。
何より、小説の中の私の死を決定づけた、この麗しい金髪美形の王子様が傍にいると、落ち着かない。
すると、部屋の隅っこで空気と化していた神官長が、ハッとしたように動いた。
「聖女さま、お戻りになられますか」
駆け寄られてうやうやしく問われ、私は戸惑った。
……ここで、「ホホホ、そうよ案内なさい」とか言う度胸がほしい。
すると、度胸では右に出る者のないお兄様が、剣を鞘に納め、神官長に向き直った。
「ではまず、王太子殿下をお連れせよ。我らは勝手に戻らせてもらう」
お兄様の言葉に、王子様が肩をすくめた。
「僕たちも勝手に戻るよ。ここに来たこと自体、公にはされていないからね」
「ならば尚更です。あなたに何かあれば、王妃殿下に対し申し開きが立ちませぬ」
お兄様は神官長を見やり、言った。
「王太子殿下をお送りしろ。……それからいい加減、地下の通路は塞いでおけ」
「それは困る」
王子様が笑って言った。
「今回ここに秘密裏に来られたのも、あの地下通路のおかげなのに」
お兄様がため息をついた。
「今回の件は、王妃殿下にすべて報告いたします」
「うん、わかってる。大人しく叱られるよ」
相変わらずにこにこしている王子様。強い。
お兄様はもう一度ため息をつき、王子様に軽く一礼して言った。
「では王太子殿下、御前を失礼いたします。今後はあまり軽々しく、お忍びで出かけられませんよう」
私もお兄様にならい、あわてて頭を下げた。
「失礼いたします、殿下」
王子様は私を見て、にこっと笑いかけてくれた。
「聖女どの、伴の者が無礼な振る舞いをして申し訳ない。……レイフォールドを頼むよ」
私達のほうこそ、よっぽど無礼な振る舞いをしていたと思うのだが、王子様は寛大だった。ありがたい。
そしてお兄様を頼むとは、どういう意味だ。何かと物騒な猛獣をおさえとけって意味だろうか。
いや、無理です。




