26.ラスボス登場
中央神殿に入るのは、久しぶりだった。
覚えている限りでは、5歳の時、魔法属性の鑑定の為に両親に連れて来られて以来ではなかろうか。
フォール地方の神殿とは桁違いのデカさで、神殿入口の両脇に塔門を備えた威容には、地域格差をひしひしと感じる。
塔門で馬車を降りると、すでに待ち構えていた神官に先導され、私とお兄様は神殿に入った。
規格外の大きさとはいえ、神殿の造りは基本的にどこも同じだ。
入ってすぐのところにある祈りの場はかなり広く、誰でも出入り自由だが、そこを抜けて中庭を通り、控室に着くと、とたんに一般人の姿は見えなくなった。
「お待ちしておりました」
控室には、先導の神官とはまた別の神官が立っていた。
白いローブは他の神官と一緒だが、帯の色が紫色で、私は思わずラス兄様を見た。
紫色の帯って、まさか神官長?
ラス兄様は動揺した様子もなく、鷹揚に頷いて神官に応えている。
この度胸、どこから湧いてでるんだろう。
紫色の帯の神官が、床に手をつき、軽く手を滑らせたと思うと、継ぎ目のない床が、いきなり左右に割れた。
「えっ」
私が思わず後ずさると、先導してきた神官が、私達を振り返って言った。
「どうぞ、こちらへ」
いや、こちらへと言われても。
動けない私の手を取り、お兄様がためらいなく足を踏み出す。
「え、ちょ、お兄様」
落ちる、と思わず体をすくめたら、床の下に階段があった。
「…………」
お兄様の冷たい視線が痛い。
いやだって、普通は思わないじゃん、いきなり床下から階段が現れるとか!
私は赤面し、お兄様の後に続いてらせん階段を下りていった。
神官たちも続いて階段を下りてくる。
神殿の控室の地下に、こんな隠し部屋みたいなのがあるなんてびっくりだ。
小説の中では、神殿の控室でさくっと鑑定されてたと思うんだけど。
階段を下りると、そこはごつごつとした石壁で囲まれた、洞窟のような部屋だった。壁には何箇所か明りが取り付けられているため、暗くはない。
しかし、さすが中央神殿。さりげなく設置されてるけど、これ、魔力を使用する明りだ。火を利用した明りではないため火事などの心配はないが、魔力をこめた石を使うため、とんでもなくお金がかかる。
あー、うらやましい。我が家にも設置したい……。
中央神殿の財力におののいてると、紫色の帯をした神官に「こちらへ」と部屋の真ん中へ誘導された。
部屋の中央には、腰くらいの高さの真っ白な細い円柱があり、円柱の上に透明な球体がはめ込まれていた。
床には、円柱を中心に魔法陣が金泥で描かれている。
私は、魔術は学院で基本事項しか習っていないが、しかし、これは……、か、神の降臨というか、交信というか、なんかそんな感じのえらく大がかりな術式ではなかろうか。
ええ……、ちょっと、なんか、小説の中の聖女鑑定とはだいぶ様子が違うんだけど。
私は不安になり、お兄様を振り返った。
すると、部屋の隅に他にも2名ほどの神官が控えているのがわかった。
あの人達はなんなんだ。最初からこの地下室にいたのか。
2人とも、フードを目深にかぶって顔を隠している。
なんでだ。顔を見られたらマズいことでもあるのか。
「どうぞ、こちらに手をあて、神へ祈りを捧げてください」
戸惑っていると、紫色の帯の神官が、そっと私の手をとり、透明な球体の上に置いた。
なんかこの神官、態度がやけにうやうやしい。
最初っから私のこと、聖女と思ってないか。
やだなあ、と思いながらも、ここで逆らうような蛮勇は持ち合わせていない。
私は大人しく、神官の言うとおり、謎の球体に手を当てたまま神様への祈りを心の中でつぶやいた。
―――神様、どうかどうか、私を聖女にしないで下さい。お願いします!
その瞬間、パアッと球体がまばゆい光を放った。
「おお!」
紫色の帯の神官が声を上げ、その場にひざまずいた。私達を先導してきた神官も、それにならって膝をつく。
「間違いない……、おお、なんということ」
神官の声がふるえている。
「この光はまごうことなく神の祝福。聖女の顕現にございます!」
神官の言葉に、部屋がザワッと騒がしくなった。
えええ……。
イヤな予感はしてたけど、やっぱりそう来るか……。
しかし、「聖女にしないで」って祈ったら祝福の光が輝くとか、何の嫌がらせですか。
すると、部屋の隅に控えていた神官の一人が、すっと私に近づいた。
「……そなた、デズモンド伯爵家の令嬢、マリアだな。そなたが聖女だと?」
フードの下からのぞく皺だらけの顔が、苦々しい表情を浮かべている。
いや、あんた誰。
すると、ラス兄様がすばやく私の前に出て、フードをかぶった神官と対峙した。
「きさま、聖女を侮辱するか」
お兄様、まだ何も侮辱されてないから、剣に手をかけるのやめて!
それと、私を聖女って決めつけるのもどうかと思います!
「ふん。デズモンド家が、いかがわしい術でも使って、娘に聖女を騙らせておるのではないか」
「何だと」
フードをかぶった神官の言葉に、お兄様が気色ばむ。
「きさま、中央神殿が認めた聖女を、騙りと申すか」
お兄様が一気に剣を鞘から引き抜き、フードをかぶった神官へ剣先を向けた。
ちょ、待って、お兄様! 暴力反対!
「―――待て」
すると、部屋の隅に控えていたもう一人の神官が、片手を挙げてお兄様を制した。
「その者の妄言を謝罪する。デズモンド伯、剣を納めてくれ」
だからお前ら、誰なんだ。
私が混乱していると、お兄様がため息をついた。
そして、謝罪した神官を嫌そうに見ると、剣を鞘に納め、膝をついた。
「―――殿下」
お兄様が、謝罪した神官に低く言った。
「何ゆえ、このような場に」
えっ、と驚いて私は二人の神官を見やった。
殿下?
今現在、王都で殿下という敬称を持つ貴人は、王族のみ。
貴族なら当然、ぜんぶ覚えているべきなんだけど、私はその辺り、ちんぷんかんぷんだ。
えー、神殿入りした王族って、誰かいたっけ。
「……お兄様、ちょっと」
私はひざまずいたお兄様のマントを引っ張り、こそこそ囁いた。
「殿下って、あの謝罪した神官ですか? あの神官、誰なんです?」
「……おまえな……」
お兄様は立ち上がり、脱力した様子で私を見た。
すると、
「……聖女どのに、名も名乗らぬ非礼をお詫びする」
謝罪した神官が、さらに私にも謝ってきた。
ずいぶん腰の低い王族だなー、と感心していると、
「我が名はエストリール・リヴェルデ。聖女どのにはお初にお目にかかる」
神官は私の前に膝を折ると、すっと私の手をとり、軽く指先に口づけた。
はえー、さすが王族。気品がすごい。
私が毒気を抜かれてぼうっとしていると、お兄様が素早く私を神官から引き離し、背中へ隠した。
神官は、くすっと小さく笑って立ちあがった。
その拍子にフードが少しずれ、肩までの長さの、癖のない美しい金髪があらわになった。
淡い緑色の瞳が、やさしく微笑んでいる。
ザ・美青年!という感じの気品あふれる顔立ちなのだが、私は何か、ひっかかるものを感じた。
なんだろう。
どこかで見た顔だ。
誰かに似ている……。
その瞬間、私は雷に打たれたような衝撃に飛び上がった。
王妃殿下だ! この顔、昨日お会いした王妃殿下に似てるんだ!
そ、それにたしか、エストリールって……。
「ま、まさか王太子殿下……?」
「いま気づいたのか」
お兄様の呆れたような声に、私は蒼白になった。
なんてことだ。
まさか神殿で、最後の死亡フラグ、王太子殿下にお会いするとは!




