22.王妃様とお兄様と私
「本日は恐れ多くも王妃殿下にお招きいただき、まっこ、……誠に光栄に存じます」
噛んだ。
本番で噛んだーー!
私は引き攣った笑みを浮かべながら、なんとか作法通りにカーテシーをした。
まっこって何、まっこって! らっこの従妹か!
こ、このまま足元のふかふか絨毯に吸い込まれ、埋まってしまいたい。
ぬおお、あんだけ練習したのに、たった5秒の挨拶で噛むとか、どんだけ本番に弱いんだ自分。
ずどーんと落ち込む私に、王妃様からお言葉がかけられた。
「あなたがデズモンド伯爵の妹君なのね。ずっと会いたいと思っていました」
えっ?という驚愕の声を、すんでのところで私は飲み込んだ。
あぶないあぶない。
そっと顔を上げると、にこにこと優しそうに微笑む王妃様と目が合った。
王妃様は、柔らかそうな金髪に淡い緑色の瞳をした、上品な美女だった。
年齢的には親世代のはずだが、とてもそうは見えない若々しさだ。
あ、よかった優しそう、とひそかに胸をなで下ろしていると、視界のすみっこに、リリアの姿を見つけた。
王妃の私室に控えているということは、リリアは王妃様に気に入られているらしい。良かった良かった。
「も、もったいないお言葉でございます」
私がへこへこ頭を下げると、
「デズモンド伯爵にも、何度も王宮に連れてくるよう頼んだのに、断られてばかりで」
王妃様の言葉に、私は思わず隣に立つお兄様を見た。
お兄様、王妃様のお願い断るとか、いろんな意味ですごい。
ラス兄様は、黙ったままそっけなく礼をした。
王妃様を前にしても、清々しいくらい普段通りの無愛想さを貫いている。その心の強さ、少し分けてほしい。
先日、謎の光に包まれて偽聖女設定が発動してしまった私だが、お兄様の言うとおり、中央神殿から果たし状……ではなく、正式な聖女鑑定のため、招請状が届いた。
仕方なく王都に戻ってきたのだが、中央神殿に行く前に、なぜか王妃殿下から呼び出しをくらったのだ。
なんで王妃様が?とお兄様に詰め寄ったのだが、
「さあな。聖女をご覧になりたいのではないか?」
とふざけた答えしか返ってこない。
そんなわけあるか。
それならなおさら、中央神殿の鑑定前に呼び出す訳ないじゃないか。
宮廷におけるドロドロ人間関係には、さっぱり疎い私だが、しかし、さすがに我がデズモンド家に関する噂くらいは承知している。
おそらく王妃様は、お兄様の出生にまつわるあれこれや、両親の死に関する何らかの情報を、私に伝えようとされているのではないだろうか。
私はそっとラス兄様を見上げた。
ラス兄様も来てくれたということは、もちろんラス兄様も一緒に王妃様のお言葉を聞くってことだよね。
うーん。
大丈夫かな。
お兄様、ふだんは死体の話をしながら平気でお肉を食べるような、鋼のメンタルの持ち主だけど、血縁関係の話となると、とたんにナーバスになるからなー。
私が悩んでいるうちに、王妃様が人払いをしてしまった。
護衛や侍女たちが部屋を下がっていく。リリアも、そっと私に微笑みかけると、王妃の私室から退出した。
「お兄様、お兄様」
私はお兄様の袖を引き、そっとささやきかけた。
「お兄様も一緒にお話を伺って、大丈夫なのですか?」
「……何が?」
お兄様の表情に、動揺した様子は見られない。
聡いお兄様だから、王妃様の意図に気づいていないってことはないと思うんだけど……。
「まあ、本当にデズモンド伯とその妹君は仲が良いのね」
王妃様の言葉に、私ははたと我に返った。
「も、申し訳ありません」
居住まいを正す私に、王妃様は優しく言った。
「いいえ、デズモンド伯にはこれまで苦労をかけましたからね。気づかってくれる身内がいることは、喜ばしいことです」
おお、さりげなく「苦労をかけた」っておっしゃった!
それってやっぱり、お兄様の出生関係で?
「……もったいなき仰せ」
お兄様がぜんぜん嬉しくなさそうに言う。
なんていうか、もうちょっとさあ、感謝の気持ちを持とうよ、お兄様!




