18.お客さまがやって来ました
私は緊張して、何度目かの部屋の点検を終えた。
床にはちり一つ落ちていないし、家具は磨き上げてある。
カーテンは洗ったし、テーブルクロスは新調した。
部屋は狭いが、それはどうにもできないのでスルー。
台所のストーブの前に転移陣を置き、私はどきどきしてラス兄様の転移を待った。
先週末、勢いでラス兄様をフォール地方へ招待してしまったが、あの時の自分は正気を失っていたとしか思えない。
ラス兄様に荷物持ちをしろとか、人間切羽詰まるとなに言いだすかわからない。ラス兄様も、よく承知したものだ。
まあ、結果的には王都に帰らなくて済むのだから、破滅エンド回避的には、良かったと言えるのかもしれないけど。
待つことしばし、転移陣が淡い金色の光を放った。
おお、とその様を見守っていると、ふいにドン!と黒い渦が転移陣の光をかき消した。
「うわっ」
私は思わずのけぞった。
なにこの出現の仕方。
転移って、もっとじわじわゆっくりと形をとって現れるもんじゃないの?
「……マリアか」
台所ストーブの燃え盛る炎を背景に、黒いローブを身に纏い、不吉な黒い長剣を腰に佩いて、仁王立ちするお兄様。
まさに、魔王降臨!と掛け声をかけたいくらいの迫力だ。
「ようこそいらっしゃいました、お兄様。……なんで帯剣してるんですか?」
禍々しいオーラを放つ長剣に、私が若干引いていると、お兄様が当然のように言った。
「ここは国境付近ゆえ、何があるかわからん」
「いやでも、お兄様、たいていの相手は魔術でパパッとやっつけちゃってるんでしょ? いくら国境付近っていっても、こんな田舎で剣が必要な相手なんていないんじゃ?」
宮廷で働いている友達に聞いたから間違いない。
お兄様は、魔法騎士として騎士団に所属しているが、あまりに技術に差のある騎士を相手にする時は、剣すら抜かず、魔術で瞬時に叩きのめしているらしい。鬼畜。
「……ここの騎士達は、みな剣を装備しているのだろう?」
「そりゃまあ。……でも、ここの騎士とラス兄様とでは、実力が違いすぎると思いますが」
王都の騎士団、それも王城直属の騎士団は、王国中から集められた精鋭中の精鋭だ。
その中でも一、二を争う腕前のお兄様が、言っちゃなんだがフォールのような田舎に飛ばされた騎士に後れをとるとは思えない。
そう言うと、お兄様の機嫌が目に見えてよくなった。
「まあ、たしかに我が剣が必要となる事態など、そうそうないかもしれぬが。……ところで、ここがおまえの住んでいる家なのか?」
お兄様は不思議そうな表情で部屋を見回した。
「ずいぶん狭いな」
言うと思った。
デズモンド家の屋敷は、古いけど広さだけはあるもんね。
「一人暮らしだから、これで十分ですよ」
「そういうものか?」
根っからの貴族のお兄様には、慣れないかもしれないけど。
ていうか、お兄様はすごく背が高いから、単純に物理的な意味で圧迫感を感じているのかもしれない。
「行政官の館に住めばよかろう。そこならメイドもいるだろうに」
「それはそうなんですけど、治療院の仕事は不規則なので、迷惑をかけてしまうかと」
病人や怪我人は、勤務時間内にやってくるとは限らないしね。
深夜、急病人の連絡があれば、駆けつけなきゃいけない。そのたびにメイドを起こしてたら可哀そうだし、こっちも気を使ってしまう。
いいから座って座って、と私はお兄様に椅子をすすめ、お湯を沸かし、昨日焼いておいたケーキを取りだした。
「それは……」
「ええ、私が作りました! フルーツケーキです!」
一番簡単で見栄えもよく、かつ味もいい。
切り分けたケーキとお茶を出すと、お兄様は珍しく感心したような表情で私を見た。
「本当に自分で料理をしているのだな」
「料理って、慣れると面白いですよ。けっこう簡単だし」
というか、簡単なレシピしか作っていないだけなんだけどね。
台所の小さな丸テーブルで、お兄様と向かい合ってお茶を飲む。
こう言ってはなんだが、すっごく違和感。
部屋の間取りから家具、飾られた花に至るまで、のんびりした田舎感あふれるこの空間に、明らかにそぐわない高貴な闇の伯爵様。
一応、私も伯爵令嬢なのだが、それは置いておく。
でもお兄様は、なんだか嬉しそうに見えた。
考えてみれば、ラス兄様は王都では仕事仕事の毎日で、朝から晩まで騎士団に詰めているし、帰ってきても夜遅くまで領地から上がってきた報告書を読んだり、指示書を作成したりしている。
こういうのんびりした時間なんて、あまり持てないんだろうな。
「……美味いな」
ケーキを食べたお兄様が、ぽつりと言った。
そうでしょうそうでしょう! このフルーツケーキ、フォール地方特産の旬の果物をガンガン使ってますからね!
甘さ控え目で爽やかな後味! きっとお兄様のお口にあうと思ってました! ふはは、やった!
勝ち誇る私を、お兄様はじっと見た。
「……このケーキは……」
「はい?」
「その、これは……、わたしの為に作ったのか?」
「ええ、そうですよ」
お兄様の口に入ると思えばこそ、使用する果物も厳選しました! バターや砂糖なども、いつもよりお高目のものを使っております!
「そうか……」
お兄様はほんのり笑い、お茶を飲んだ。
ラス兄様、なんだかすっごく嬉しそう。
やっぱり食い意地が張ってるんだな。
ていうか、お兄様、まだ20代前半だもんね。激務だし、たくさん食べないと体もたないよね。
残りのフルーツケーキは、お土産に持たせてあげよう、と私は思ったのだった。




