17.虫の反抗
「……なるほどな。その騎士は、頻繁にきさまの働く治療院に顔を出していたというわけか」
「ええ、そうそうそうなんです。上司のサール様もよくご存じですよ。力仕事もしてくださるし、とてもいい方なんです」
「……ほう」
何故だろう。ラッシュの善人っぷりを力説すればするほど、ラス兄様の機嫌が急降下していくような。
「あのあの、それでですね、フォールに来たばかりの私を気づかって、街を案内してくださることになって」
「…………」
「それで、ラッシュが」
「ラッシュ」
お兄様が私の言葉をさえぎって言った。
「ラッシュ、という名前なのか、その騎士は」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「……あの、正式なお名前は違うんですけど。気さくなお方なので、そのように呼ばせていただいています」
ここで、正式名称パトラッシュでーす!なんて言って耐えられずに笑ったりしたら、間違いなく殺されるよね。お兄様の背景雷雲、消えてないし。
たとえ殺される結果が変わらないとしても、そんな理由で殺されるのは嫌だー!
聖女を騙って殺されるほうが、まだマシっていうか、納得できるし!
「……ほう、そうか。なるほどな」
お兄様はおもむろに手を伸ばし、私の顎をつかんで上向かせた。
「え、あ、あのお兄様」
お兄様は、吐息がふれるほど間近に私に顔を寄せて言った。
「それで、先週末は、そのラッシュとやらと会うために、ここに戻ってこなかったというわけか」
……しつこい。
私は、ぴくりとこめかみを引き攣らせた。
まだそれを言うか。
一体どこまで引っ張るんだその案件!
「おおお、お兄様。こう言っては何ですが、それに関してはお兄様にも責任がございます」
「何だと?」
一寸の虫にも五分の魂。
私は必死にお兄様に訴えた。
「毎週末、こちらに戻っていれば、買い物もできません。掃除や洗濯などの雑事もたまってゆきます。……フォール地方は、もうすぐ冬です。なのに、冬支度の一つもできぬまま、毎年凍死者のでるフォールの冬を耐えろとおっしゃるのですか」
ラス兄様は、ちょっと驚いたように私を見ている。
でもかまうもんか、もっと言ってやる。毒食らわば皿までー!
「毎週帰省せよとのお兄様の言いつけを破り、さらには騎士さまに荷物持ちをさせたのは悪かったかもしれません、ですが! ならば私にどうせよと仰せなのですか! それなら、ラス兄様がフォールにいらっしゃれば良いではありませんか! ラス兄様が、荷物持ちをしてくださればよろしいのです!」
そーだよそーだよラス兄様がぜんぶ悪いんだよばーかばーか!
……と心の中で盛大に喚いてから、私は徐々に冷静になっていった。
「………………」
ラス兄様は、私の顎をつかんだまま、無言でいる。
え……、ちょっと、何か言って。
なんで無言。
まさか、私の殺害方法について考えてるとか、そういうんじゃないよね? ね?
「わたしが、フォールに……」
ぽつりとこぼれたお兄様の言葉に、私はとびついた。
「そ、そそそうです! ラス兄様、たまにはフォール地方にいらしてください! 私、ラス兄様に手料理を振舞いますわ!」
「手料理……」
ラス兄様が料理に食いついた!
そういえばラス兄様は、こんな霞でも食ってるような人間離れした美貌のくせに、意外と食い意地が張ってるんだった。
子どもの頃、よく私のおやつを取り上げたりしてたもんな。
何でも言うこときくからおやつ返してぇ~と泣く私を見て、ようやく満足するような鬼畜だったっけ。
鬼畜は、昔から鬼畜なんだな。




