14.仲良し家族
屋台の軽食でお腹も心も満たされた後、私とラッシュはぶらぶらと露店や目抜き通り沿いのお店を冷やかして歩いた。
「じゃあ、ラッシュさんは南方の出身なんですね」
話の流れでラッシュの出身地を聞いた私は、なるほどと頷いた。
道理で微妙なアクセントの違いを感じると思ってた。
私の名前をマリーと呼ぶのも、そのせいらしい。
そういえば、前世でも国によって名前の呼び方が変わるってのはあったな。
チャールズがシャルルになったり、シーザーがチェーザレになったりってやつ。
「ええ、だからこちらの冬に耐えられるか、心配なんです。フォールの冬は、だいぶ寒いらしいので」
寒いなんてもんじゃない。凍るのである。
「そうなんですか……、あの、脅すわけじゃないですけど、こっちの冬って、凍死者も出るくらいですから、覚悟しておいたほうがいいですよ」
「ああ、そうなんですよね、それ初めて聞いた時は驚きました。僕の地元は、冬でも野宿できるくらいの気候なので」
そう言ってから、ラッシュはしげしげと私を見た。
「マリーさんは、フォール地方の出身なんですか?」
「子どもの頃、ちょっとだけ住んでいたことがあるんです。といっても、4、5歳くらいの頃だったから、記憶もあやふやなんですけど」
でも、とにかく寒かったことだけは覚えてます!と言うと、ラッシュは笑った。
「それは相当ですね」
「ええ、ほんと、吹雪いている時に不用意に外に出ると、寒さで体が痺れますから」
言いながら、私は子どもの頃のぼんやりした記憶を思い出していた。
私が子どもの頃、領地であるフォール地方に戻されていたのは、たぶん、お兄様を引き取る準備のためだろう。
小説でもあまり詳しい記述はなかったが、たしかお兄様は現国王の三番目の妹姫と、隣国の王子との間に生まれた、不義の子だったはず。
病弱だった妹姫は出産で命を落とし、隣国の王子も内乱で戦死。
公にはできない赤子の存在に困り果てた現国王は、権力者に媚びず、偏屈であるが故に信頼できる、デズモンド家を頼ったのだ。
両親は、一時預かりとしてお兄様を養子にしたけど、成人した後は王族の後見をたて、それなりの地位に戻すつもりだったんだろう。
でも、お兄様の学院卒業直後、両親は殺害されてしまったため、その計画は水に流れてしまった。
お兄様はデズモンド家を継いで伯爵を名乗り、いまや王族とのつながりを知る者は、表向き現国王および王妃のみとなってしまった。
まあ、たぶん貴族の中では公然の秘密なんだろうけど。お兄様、あからさまに隣国の王族寄りの容姿してるし。
私は、露店で売られている組紐を見つけ、足を止めた。
組紐は、外で働けない冬の間に作られる、フォール地方の特産品だ。
―――これ、お兄様とミルのお土産に買おうかなあ。
鮮やかな紫の平紐は、お兄様に。緑と青の丸紐はミルに。
「いい色ですね。お土産ですか?」
ラッシュに聞かれ、私は頷いた。
「ええ、家族に」
「仲がいいんですね」
ラッシュの言葉に、私は少し考えた。
ミルはともかく、お兄様には前世、小説の中とはいえ、首を刎ねられたんだけど。
でも、たしかに今は、仲がいい……、かも、しれない。
私がそう思っているだけかもしれないけど。
うん、そうだったらいいな。
少なくとも、首を刎ねるのを躊躇するくらいには、仲良し家族だったらいいな。




