2巻発売記念SS お兄様の好敵手
『マリア様、お元気かしら? わたくしは今、セベステ国の南方にあるシルキッソ州にいます』
「へー、シルキッソ州に」
私はクララ嬢から届いた手紙を読み、少し羨ましくなった。
セベステ国のシルキッソ州といえば、大陸でも名だたる風光明媚な保養地である。一年中鮮やかな花々が咲き乱れ、南国の果実がたわわに実る楽園。砂浜を散歩し穏やかな波の音に心癒やされ、夜は星空を眺めながら野外料理に舌鼓を打つ……、羨ましいぃい‼
いいなー、と思いながら手紙を読み進めると、
『ここには、エルドア侯爵家当主の祖母、レティシア様のお話し相手として同行させていただきました。レティシア様はお体が弱く、毎年冬の間はシルキッソ州にある屋敷で過ごされるのですって』
おおう、と私は少し驚いた。
エルドア侯爵ってたしか、隣国でも一、二を争う権力者では。
クララ嬢は、隣国セベステの有力貴族であるエルドア侯爵家の食客として、悠々自適の毎日を送っているのか。いったいどういう経緯でそんなことに、と思ってさらに読み進めると、
『セベステに入国してしばらくは、偽名を使い冒険者として各地を転々としました。落ち着かない日々だったけれど、見よう見まねで薬草を採取してみたり、魔獣を狩ってみたり、とても楽しい経験でした』
冒険者!
私は思わず「おお!」と声を上げ、室内に控えていた従僕とメイドをビクつかせてしまった。
「あ、ごめんなさい、何でもないわ」
いけない、いけない。デズモンド家にいた頃は自室で一人になれたから、前世を思い出して奇声を上げたり飛びはねたりと、およそ貴族令嬢らしくない行動をしても平気だったのだが、ノースフォア侯爵家に輿入れしてからはほぼ二十四時間、必ず誰かが傍にいる毎日だ。……高位貴族なら当たり前かもしれないけど、これってけっこうストレスがたまる。
それはともかく、クララ嬢は一時期、冒険者として生活していたのかあ。そういえばクララ嬢は、お兄様やアメデオも舌を巻くほど闇の魔術に秀でていたっけ。冒険者としても十分、やっていける実力の持ち主だったんだな。冒険者かあ……、かっこいい!
『そうこうしている内、ギルド長から(ギルド長とは、冒険者を束ねるギルドという組織の頭首のことです)呼び出しを受けました。……正直、身元が判明して殺されるのかもしれない、と覚悟しました』
「ええ!?」
私はまたもや大声を上げ、再び使用人たちを驚かせてしまった。
「あ……、なんでもないの。えっと、お茶をお願いできるかしら。料理長に頼んで、クッキーも焼いてもらえる? 出来上がったら、お茶と一緒に運んでちょうだい」
あなたも手伝って、と従僕に命じて、使用人たちを部屋から下げた。
用を頼まないと一人になれないって、面倒くさい。
なるべく使用人に負担をかけない用事は何かと考えた結果、冷凍保存してあるクッキー種を焼いてお茶とともに持ってきてもらうことがベストである、という結論に達した。
これならば料理人たちにもメイドたちにも負担は少ないだろう。クッキーが焼き上がるまで厨房でおしゃべりもできるだろうし。その弊害として最近太っ……、いや気のせい、腹の肉など私は見ていない!
ふう、と気持ちを落ち着け、私は再度、クララ嬢からの手紙に目を走らせた。
『身元は判明してしまったのだけど、でも、そのせいで殺害されるのではという恐れは杞憂でした。リヴェルデ王国の王太子殿下とノースフォア侯爵レイフォールド様が、セベステ国にわたくしの保護を依頼されていたのですって』
「おおお‼」
お兄様、王子様も! ありがとうありがとう!
私はお兄様がいるであろう騎士団駐屯地方面と王子様がいらっしゃる王宮方面へ、ぺこぺこと頭を下げた。
二人ともそんなこと、ひと言も言わなかったけど、クララ嬢のために手を回してくれていたんだ! ありがとうございます! 私も何かできること……、とりあえずお二人を祝福します!
私はひざまずき、お兄様と王子様のために祈った。全身をかけ巡る神力が瞬時にまばゆい光となってあふれだし、ドンッ! と凄まじい勢いで騎士団駐屯地と王宮方面へ向かって飛んでいった。ちょっと勢いが強すぎた気もする……けど、まあいいか。とにかく感謝。
『そういう訳でわたくしは今、エルドア侯爵家に保護され、何不自由ない生活を送っています(エルドア侯爵はわたくしの母の知り合いで、母の死を悲しんでくださいました)。お知らせするのが遅くなってごめんなさい。わたくしから連絡をしたことで、マリア様に何かご迷惑をおかけするようなことがあったらと、それを心配していました。でも、エルドア侯爵家の食客という立場なら、マリア様にご連絡しても大丈夫だろうと思い、このたび手紙をしたためました』
そこまで気にしてくれてたのか~。クララ嬢、気遣いの人だな。
『ここではとても穏やかに時間が過ぎていきます。いろいろな事がありましたが、今、こんなに平和な毎日を過ごせるのは、間違いなくマリア様のおかげです。本当にありがとう』
いやあ~、私はそんな大したことはしてないのに。セベステ国での保護を依頼してくれたのは、お兄様と王子様だし、路銀の大半を用意してくれたのも王子様だったしね。でも人から感謝されるって嬉しいものだなあ~。
『ここでの毎日は夢のようですが、いつまでもエルドア侯爵の厄介になっているわけにはまいりません。自分でも意外なのですが、わたくしは誰かに守られるより、自分で自分を守るほうが性に合っているようです。しばらくしたらエルドア侯爵家を辞し、また冒険者に戻ろうと考えています』
へー。私よりよほど貴婦人らしいクララ嬢が、冒険者のほうが性に合うってたしかに意外かも。でも、きっかけはなんであれ、自分のやりたいこと、進みたい道が見えたのなら良かった。
『いつかマリア様をセベステ国にご招待し、おもてなしできるように身を立てる、それがわたくしの目標です』
わ~、嬉しいな~。セベステ国ってどんなところなんだろ。本当に行けたら嬉しいな~。
浮かれていた私だが、次の一文ではたと我に返った。
『でも、しばらくセベステ国は政情不安な状態が続きそうなので、マリア様をご招待できるのはだいぶ先のことになりそうです。また、ノースフォア侯爵様がこちらにいらっしゃると面倒な事になりそうなので、ご招待できるのはマリア様お一人になるかと思います』
うーむ。たしかに内戦の影響が未だ色濃く残るセベステ国に、どこからどう見ても王族の血を引いてます! って顔のお兄様が行ったら、ひと悶着起きるだろうなあ……。
「マリア」
物思いに沈んでいた私は、ふいに背後から掛けられた声に飛び上がった。
「ぅお!? あ、お兄……」
腕を引かれ、抱きしめられる。
「……どうした? 使用人が一人もいないようだが」
ささやきながら、お兄様が私に軽く口づける。
私は手紙を机に置き、お兄様を見上げた。
「レイフォールド様」
切れ長の黒い瞳に甘く見つめられてうっとりしかけたが、待て待て、と私はお兄様の顔を手で押し退けた。
「レイ様、騎士団にいらしたんじゃないんですか? どうして屋敷に?」
「それはこちらのセリフだ。いきなり凄まじい祝福の光が騎士団駐屯地を覆って、大騒ぎになったぞ。とりあえず、何があったかのか確かめるべく屋敷に戻ってきたのだ。……いったい、何があった?」
ああー、そんなことになってしまっていたとは。
私は慌てて、クララ嬢からもらった手紙について話した。
「レイ様と王太子殿下のおかげで、クララ様が無事だとわかったのでつい祝福を……。ありがとうございました」
私がお礼を言うと、お兄様は微妙な表情になった。
「それでか。……あの女については、放っておいて不都合が生じるよりも、最初から動向をつかんでおいたほうが面倒がないと思っただけだ。別に感謝されるような話ではない」
これってあれだろうか。べ、別にあなたのためにしたことじゃないんだから! 誤解しないでよね! ってやつ?
「……また何かおかしな事を考えているのか?」
「い、いえ別に」
お兄様に近寄られて質問されると、なんだか尋問を受けている犯人のような気持ちになるのは何故なんだ。その時、タイミングよくメイドと従僕が、クッキーとお茶を持って部屋に入ってきてくれた。
「レイフォールド様、一緒にお茶をいただきましょう」
そう言って机の横を通った時に袖が机の上をかすめ、手紙を床に落としてしまった。
「マリア、落としたぞ」
お兄様が手紙を拾い上げ、ちらっとそれに目を走らせ……。
「なんだと」
途端、お兄様の顔色が変わる。次の瞬間、周囲に暗黒のブリザードが吹き荒れ、「「ひぃ!」」とメイドと従僕がそろって悲鳴を上げた。
「レイフォールド様! いきなりブリザードを出すのやめてください、皆が怖がってます!」
一番怖がっているのは私かもしれないが、それでも私はこの手の事態には慣れている。しかし侯爵家の使用人たちは、突如として出現する暗黒ブリザードに対する免疫がまったくないのだ。
お兄様は忌々しそうに吐き捨てた。
「クララめ……。やはりあの時、始末しておくべきだった」
血まみれ魔王様、ここに爆誕! なセリフに、私も使用人と一緒に震え上がった。
「ちょ、ちょっとお待ちください、レイフォールド様。ななんでそんな、物騒なこと……」
「おまえだけをセベステに招待だと? たわけたことを」
ぐしゃりと握りしめられたクララ嬢からの手紙が、暗黒のブリザードに包まれる。
ああー、その件ですか……。
「いや、クララ様は私の安全を考えてくださっただけで……、それに、どっちみち今すぐセベステに行くって話じゃありませんから」
将来的に、もしかしたらの話ですから、とお兄様をなだめたのだが、
「……あの女は気に入らぬ。しかも、これを見ろ、マリア」
ずい、とお兄様は私の目の前にクララ嬢の手紙を突き付けた。手紙の一番下に書かれた署名部分をぺしぺしと叩きながら言う。
「あの女、こともあろうにおまえの名前を己の偽名としたのだぞ」
「……………………」
クララ嬢からの手紙には、『万が一を考え、セベステ国では偽名を使用することにしました』と書かれていた。
仮の名前であってもクララ嬢に選んでもらえて、私は嬉しかったくらいだが。
しかし、正直にそれを言ってしまえばノースフォア侯爵家のこの城のようなお屋敷が、お兄様の暗黒ブリザードによって破壊されかねない。
「マリアなんてよくある名前ですからね。偽名が思いつかなくて仕方なく、一時的に使っていらっしゃるだけですよ」
「そうだとしても、気に入らん。……あの女、わたしが嫌がるであろうことを正確に見抜き、そこを突いてきたとしか思えぬ」
「考えすぎですよ」
言いながら、私はお兄様の手からクララ嬢の手紙を回収した。
『あなたのお名前をセベステ国でのわたくしの名前としてお借りました。セベステ国のマリアより』
クララ嬢の手紙は、どこか楽しげな一文で終わっていた。
お兄様の「わたしの嫌がるところを見抜いて突いてくる」って文句は穿ちすぎだと思うけど……でも、もしかしたらクララ嬢は、お兄様の好敵手たりえる逸材なのかもしれない。




