国の長と他国のお偉方
目の前の人物、三月朗と呼ばれた人物は、まげを結い、アゴヒゲを伸ばし、身体も座りながらもどこか鍛え上げられたような風貌をしており、正しく「殿」と呼ぶに相応しい人物だと言えよう。
『そなたらはこちらの国の言葉が分かるそうだな。 今我が言っていることが分かるか?』
『ええ。 ご理解しております。』
『拙者もで御座る。』
『ほう、そちらの者は喋り方もこちらよりか。 ははは。 中々に面白い者達を連れてきたものよ。』
向こうは笑ってはいるが、こちらとしては少々まずいことになったのを確認した。 なにしろ後ろの唯一の階段は兵で簡単には逃げられないようになっている。 まあ窓から飛び降りようにも、ここが最上階ならばやらない方が賢い選択である。
三月朗の言った「異国の民」というのも、この世界の人間でないと言う示唆もある。 何気に冷や汗ダラダラだ。
『なに、深くは詮索するつもりはない。 だが、この国の文化を広めたのはごく2、3年前の話でな。 ここまでの文化のほとんどを知るには早い気もするがの。』
詮索するつもりはなくても怪しい挙動は見せるな。 とはいっても俺達が「この国の文化の別の世界から来ました」などと言ったところで世迷い言と一蹴されるのが関の山。 ここは黙って奥のが吉だろう。
『まあ良い。 お主らを呼んだのには訳がある。 というよりも、もしかしたらお主らにしか頼めぬ事での。』
『どういう意味で御座ろうか?』
『うむ。 実は渡来人から、ある国同士の繋がりの話をされてなぁ。』
『もしかしなくても、俺達が捕まえた盗人が言っていた「黒船」ですか?』
『ああ、その通りだ。 しかし向こうもこちらも互いの言葉を知らん。 向こうに通訳のような者もいるのだが、中々話が噛み合わなくてなぁ。』
『なるほど。 殿の頼みは、両方の国の言葉を聞き取れる俺達に通訳と伝達役をやって欲しい、と。』
『理解が早くて助かる。 そう言うことなのだ。 突然の事で申し訳無いが、引き受けてはくれないだろうか。』
その三月朗様の言葉に俺は零斗さんと顔を合わせる。 しかし俺個人としてはこの状況は願ったり叶ったりだ。 お偉方のどう接点を持たせようか考えていたところだったので、渡りに船というものだろう。 そう思い俺は姿勢を正した。
『三月朗様のご依頼。 お承り致します。』
『不肖ながらも拙者も同じ所存で御座います。 なんなりと拙者達にお申し付け下さい。』
『助力、感謝する。』
そう言って互いに頭を下げる。 さてと、立場としては俺達はどういう扱いになるわけだ? 専属の通訳人となるのだろうか?
『殿。』
そう考えていたからか、急に現れた人物に声は出さずともビックリしてしまった。 完全に気配が消えていた、というかここまでどうやって昇ってきたんだ? 外から回ってきたのか?
『どうした、ヤサカ。』
『黒船の、トリー様がこちらに来られました。』
黒船。 本当にそうだったのか。 しかし人物の名前までは一緒ではないか。 その思いを尻目に三月朗様は重い腰を上げていた。
『まさか殿自ら出向くので御座るか?』
『そうだ。 どうも向こうの国の人間には、階段を使ってここまで来る習慣があまり無いらしくてな。 一度向こうが登ったきり、我の方から出向くようにしたのだよ。』
そう言って俺達の後ろの階段に歩んでいく三月朗様。 確かにその辺りは分からないでもない気がする。 実際にベルジア達がああだったしな。 俺達も後に続いていって階段を降りきると、そこにはまだ疲れが取れてないベルジア達と合流した。 三月朗様達のお付きの何人かがベルジア達に向かって武器を構え始めたので俺が慌てて間に入った。
『ま、待ってください! 彼らは俺の旅の仲間です。 彼らも階段に慣れずにここで休ませていたのです。』
そう説明すると三月朗様が武器を下げるよう命令をした。 仲間なのに牢に閉じ込めさせられるなんてまっぴらごめんだ。 これから階段を降りるのは正直酷だろうと判断し、三月朗様に許可をいただき、ここに留まらせる事にした。
「すまないセイジ。 今回は役に立てなさそうだ。」
「こんなことで悔やむなって。 こっちでどうにか出来る事は、こっちでやるだけさ。」
そう言って俺達は階段を降りていった。
そして城下町に出るとすぐさま町の者に声をかけられる三月朗様。 お忍びでもなんでもないので、見てすぐに分かるのだろう。
『三月朗様! 三月朗様がお見えになられたぞ!』
『三月朗様! 今年も豊穣祭のご参加お待ちしております!』
『三月朗様! 着物のお着付けにはまた来られないのですか?』
『三月朗様!』
『三月朗様!』
登場するなり三月朗様の前には人だかりが出来始める。 凄い支持力だ。 慕われているのは証明出来ている。
『皆のものすまない。 本日も御用で外へと参られている。 先方を待たせるのも申し訳無いのでな。 道を開けては貰えぬか?』
そう三月朗様が言うと、まるで訓練されたかのように町の人は三月朗様が通れるように道を開けてくれた。
『さすがですね。 ここまでの支持を得るにはかなり時間を労したのでは無いですか?』
『我の場合は昔からの杵柄もある。 我一人ではここまでの支持は得られなんだ。 父や祖父が、町の民の為と歩み寄ったから出来た支持だ。』
この辺りはベルジアにも見せたかったなぁ。 そうなってくると1つ疑問に思うことがある。
『城下町よりも外には出たことがありますか?』
『うむ。 外は外でかなり文明が発達しているようだ。 しかし我は時代の流れには乗らぬよう考えている。 いや、この言い方には語弊があるな。』
そう言い直すように一つ咳払いをする。 そして改めて目を据えてこう言った。
『たとえ世界が変わろうとしている時でも、この城の中では、今ある文明を滅ぼしたくない。 過去として歴史に名を刻むのとは訳が違う。 途絶えさせてはいけないのだ。 いまここにある文明だけは。』
その言葉に俺も零斗さんも、この人は時代遅れなんかではなく、進化をかなぐり捨ててでも、この文明、この空間だけは守り抜くという信念があるという事を、その目を見て分かった。
『向こうの要求はなんなのですか? 簡潔にでいいので教えて貰えれば。』
『こちらの文明とあちらの文明の情報共有と物資の輸出入という話であったな。』
『貿易の話で御座るな。 確かに理には叶っているで御座ろう。』
零斗さんは納得するように頷いている。 しかしその貿易が必ずしも良いものになるとは限らない。 それをどうするかは三月朗様次第だ。
『今回の話、どのようになさるおつもりで?』
『断らせて貰おうと思っている。 確かに外の知識は魅力的だが、それにより文明に影響が出てしまっては元も子もない。 誰になんと言われようと、我々は我々なりに国を築く所存だ。』
その意思はどうやらぶれていないようだ。 この人なら安心して任せられると真に思える意思の強さである。
『お待たせしてすまない。 連絡手段が無いとはいえ、ここまで待たせてしまった事を深くお詫びしたい。』
第一声に謝罪をする三月朗様。 向こうは金髪で口の周りには髭を生やし、結構でっぷりとした風貌の、いかにも偉そうな態度を取っているその男こそが目的の人物のようだ。 黒船なのに金髪か。 やっぱり歴史まで同じだとは限らんか。
「相手は遅れたことについて謝罪をしているようです。」
隣にいる同じく金髪の男が耳打ちをしていた。 あれが伝達役か。 なんか顔がにやけてんな。
「ふぅ。 このヨンマセを待たせたことを怒ってやろうかとも思ったが、最初に謝るならそれで良い。 ワシは偉いからな。 当然だろう。 謝罪に対しては受け入れる許してやると言っておけ。」
ヨンマセ・・・か。 なんというか本当に風貌通りの偉そうな態度だ。 明らかに三月朗様の方が下だと思ってるようだ。 見下してる感じだ。
『謝罪に対しては気にしていないとの事です。』
そしてその事を濁したように伝える伝達役。 聞こえないのを良いことに都合良く通訳していやがるな。
『うむ。 それでは今回の貿易の話をさせて貰いたいのだが、やはり我々は貴殿との国の貿易は断らせて貰おうと思っている。 確かに利益にはなるかもしれないが、我はこの国を守るために、頑張らせて貰おう。』
向こうの伝達役が話を聞いているが、今の流れだと恐らくは・・・
「どうやらお断りするようですよ。 この国の情報は渡さないとの事ですよ。」
「ちぃ、そんなことだろうと思いましたよ。 ま、この国には面白いものがあると思ったのですがね。 これだけ向こうが頑固なら、こちらも少し利益を出さないといけないようですね。 ・・・」
真実半分、嘘半分と言った感じか。 で、向こうは向こうでなにを伝えるか。
『えー。 勿論我々もただでは貿易は致しませんよ。 情報交換と物々交換は貿易の最低条件ですからねぇ。 我々と貿易をすると・・・』
そして貿易の話をし始める。 しかし話を聞いている限り、向こうの利益の方が多いように聞こえる。 というかヨンマセはそんな様子をただにやけているだけだ。 これは多分、知識が無いことをいいことに、言いたい放題言っているのだろう。
『・・・というわけです。 どうです? 貿易をする気にはなってくれましたか?』
『ふむ・・・確かに悪くはない話ではあるな・・・それなら』
『おっと三月朗様。 その話、お断りしておいた方がよろしいかと思いますよ?』




