いつも通り
どこからかけたたましい音が耳に聞こえてくる。 目を開けると、自分の部屋の天井が見えた。 となるとなっているのは目覚まし時計か。 自分でも珍しく目覚まし時計に起こされるとは。 目覚まし時計を止めて時刻を確認する。 5時半を射している針を確認して、ぼんやりとした目で考える。
「・・・昨日なにしてたっけ?」
何故だか全く思い出せない。 自分の携帯を開いて、日時を見ると月曜日と表示されていたので、昨日は休み。 今日からまた1週間の学校生活が始まるのだと思った。
「昨日の事を思い出せない程ぐっすり眠ってたのか?」
そんなことを考えつつ俺は、部屋着を脱ぎ捨て、身体を制汗剤で拭いた後に、自分の着る制服に袖を通す。
登校準備をしていると、下から鼻腔をくすぐる匂いがしてくる。 部屋は2階だし、階段を降りればすぐにキッチンになっているので、匂いが上に来るのだ。 しかもわざわざ換気扇を回していない辺り、俺が起きていることを知っているのだろう。 そんなことを出来る人物は一人しかいない。
俺は部屋を出て階段を下り、キッチンでせっせと準備する黒髪ロングの使用人姿の少女に朝の挨拶をする。
「おはよう有栖。」
「あ、おはようございます。 お兄様」
そう惜しげもなく笑顔を振り撒く少女、成田 有栖は俺の従妹にあたる。
「相変わらず早起きだな。 早起きは三文の徳とは言うが、そこまでしてくれなくていいんだぞ?」
「いえ、どちらもご両親が不在ですので、ここでは私がお兄様の面倒をみたいと思っているのです。」
「その心遣いは有り難いが、そっちだって学校はあるんだし、俺に構わなくても問題ないぜ?」
「それでも私はお兄様のために頑張りたいのです。 今はお弁当をお作りしていますので、その残りで朝御飯もお作りいたしますね。」
そう言いながら右往左往して料理をしている姿は、可愛らしく見えた。 今度出掛けたときになにか買ってあげようと思うくらいに。
朝御飯を有栖と済ませて、一緒に洗い物をしてから俺は登校することにした。
「それじゃ、俺は先に出るから、戸締まりをお願いな。 学校に遅刻しないようにな。」
「はい。 いってらっしゃいませ、お兄様。」
玄関で頭を下げる有栖を見送り、俺は通学路を歩く。 俺の学校は近くにあるわけではないが、自転車を使う程遠くにあるわけでもない。 なので健康も予て歩いているのだ。 そしてこの通学路を歩いていると、家の方向がほぼ同じな彼女に会う。
「おはようございます。 先輩。」
曲がり角のところで出会ったのは色落ちして灰色に近い色をしたショートヘアの少女である。 彼女は扇 蘭。 両親は日本人たが、都合で向こうの国で産まれたため、風貌はあちらよりになっているが、日本人の両親であったため、日本語はそつなく喋れる。
「おはよう蘭。 今日は陸上部はいいのかい?」
「大会も近いということで、昨日は夕方位まで練習したので、朝練は無しになりました。」
「おーそっか。 蘭はなにに出るんだっけ?」
「ボクは短距離走です。 今はスタートダッシュの瞬発力を極めているところです。」
「あんまり力みすぎてアキレス腱を壊さないようにね。」
そんな後輩と他愛ない話をしながら学校に到着し、自分の下駄箱にあるスリッパに履き替えて教室に行こうとした時、不意に男子生徒に道を塞がれる。 そしてその男子生徒は高らかに声をあげる。
「清司! 今日も相手をしてもらうぞ!」
そう声をあげるのは同じ学年の鐘時 飛鳥。 成績は学年上位を常に取っている秀才ではあるが、ある勝負で負けたことを悔しがり、反省した上で俺にこうして挑んでくるのだ。 そしてそれが俺の朝の恒例行事にもなっていた。
「なんだよまたやるのか鐘時? 別に構わないがせめて昼か放課後にしてくれよ。朝っぱらから元気な奴だよな、お前は。」
「朝のうちに約束を取り付けておかねば相手してくれないからな。 それと私の事は飛鳥と呼べといつも言っているだろう?」
「好敵手と書いて友と呼ぶみたいな発想だよな。 ほんと秀才とは思えない執念っぷりだな。」
「私を敗北させた数少ない人物だからな。 悪いがどんな世界で君に会おうと、私は君に挑み続けることだろう。」
「はいはい。 とりあえず自分の教室に戻れ。 昼休みはいつもの場所にいるから。」
そう言い残して飛鳥と別れて、自分の教室に入る。 するといつもの席でいつもの友人達が待っていた。
「お、おはようさん。」
「また廊下で飛鳥に勝負挑まれてたね。 よく懲りないものだよ。」
「いいんじゃねぇ? あいつなりの野村との交流の仕方だろ。」
「いやいや、もっとコミュニケーションの仕方ってあるだろ。 あれじゃ「あなた、私と目があったわね?」でバトル仕掛けてくる奴みたいだぞ。」
その俺の例えでどっと笑う。 そう、こんな普通のやり取りが楽しくってしょうがない。 何気ない1日が過ぎていくのが一番いい。
「ほら、そろそろ時間だぞ。 ちょっとした報告があるから、席に着け。」
担任の先生が入ってきて声をかけると、みな一斉に自分の席に着いた。
「よし、全員席に着いたな。 こんな時期だが、転校生を紹介する。 入ってきてもいいぞ。」
そうして教室のドアが開かれる。 そこにいたのはセミロングの黒髪の少女だった。 身長からは高校生には見えないが、制服もちゃんと着用していた。 そして黒板に名前を書いていく。 チョークで書かれているがかなり綺麗に文字が書かれていた。
「笠名 千代子と言います。 父の都合でこの街に引っ越してきました。 皆さんとは短い期間になってしまいますが、よろしくお願いいたしますね。」
そうお嬢様のようなお辞儀をしてみんなの前で自己紹介をした。
「席は後ろだ。 色々と聞きたいことはあるだろうが、休み時間の時にしろよ。 さ、授業をするぞ。」
そうして笠名は自分の席に行くために俺の席の隣を通る。 その時、彼女と目があった気がした。
「ほぉ、転校生か。 それで休み時間の時にかなり賑わっていたんだな。 そちらのクラスは。」
昼休み。 俺はいつもの場所で昼食を取ろうとしたら、先客である鐘時と蘭と共に昼食を取っていた。
「それで、どんな人だったんですか? その転校生さんは。」
「どんな人って聞かれてもなぁ。 話してないから分からないぜ。」
「む、会話をしていなかったのか?」
「していないというか、出来なかったが正しいな。 みんなに囲まれて、こっちが話しかけに行けなかったんだよ。」
今日だけでも休み時間になるたびに、クラスメイトが男女問わず飛び行って聞きに行っているので、その波に揉まれては聞きたいことも聞けないだろうと思い、今に至っているのだ。
「でもそのうち落ち着くと思うので、その時に声をかけてみたらいかがですか?」
「その通りと言えばその通りなんだよね。 ま、そのうち話す機会が出来るとは思うしな。」
「気長に待つことも大切なことだろう。 ・・・む? 誰か来たようだぞ?」
「え? ・・・え?」
鐘時がなにかに気が付いたようで、その方角を一緒に見ると、まだこの学校に来て数時間しか経っていない筈の人物、笠名 千代子が現れたのだ。
「こんにちはみなさん。 私もこちらで食事をしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。 それはいいんだけど・・・」
「ありがとうございます。」
そう言いながら俺と蘭の間に座る。
「ど、どうしてここに来たんだ? というか誰から聞いたんだ?」
「誰から、というわけではありません。 静かにお昼を過ごしたいと思っていたら、こちらにあなたがいらっしゃったので、それを見て来たのです。」
「え? どういうこと? 先輩になにかあるんですか?」
蘭の言葉に笠名は俺に目を向けてくる。 約数秒見合った後に
「あの、もしかして、どこかでお会いしたこと、ありますか?」
そう聞いてきた。 だが俺の昔の記憶にはこんな女子は見かけたことがない。 これだけ印象強い子なら、何かしらで記憶に残っていると思ったが、残念ながらそんなことはなかった。
「・・・すまん。 俺は知らないな。 人違いかもしれない。」
「・・・そうですか。 すみません、変なことを聞いてしまって。」
「そ、そうだな。 ・・・あー、まぁ。 どうせ教室戻っても質問責めだろうし、昼休みの間はここにいるか?」
「それは・・・いえ、そうさせてもらいます。」
こうして俺たちは4人でお昼を過ごすことになった。




