表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/106

第99話 あなたが見た、絶望の先へ行きましょう!

「なぜ来た。どうせ昼には皇帝陛下だ。『楽園』観光なんぞ、それからでよかろう」


 吐き捨てるみたいな、ルビンの言葉。

 フィニスが前に出る。


「なぜ今まで来なかった、と言いたいんじゃないのか? わたしはお前の手を拒否したから」


 そっか。

 そうなんだ。

 フィニスがルビンの手を取ったのは、夢の中だけ。

 このときは違うんだ。


 ルビンは険しい顔のまま言う。


「俺と組めば、『天書』研究に金を食われる。貴様は世界の構造解析なんぞ縮小し、『楽園』を実用魔法開発に特化させたい――そうだろう? だから俺の手を取れんのだ。実に合理的だなあ、フィニス?『一見』合理的だ。……貴様には、一切、魔道士の視界がない。だからそんなことを言える」

 

 言ってることもきちんとしている……。

 ルビンって大人だったんだね。ちょっと感心した。

 このルビンは古着じゃ仲間になりそうにない。


 私はフィニスを見上げた。

 フィニスは、私を見なかった。

 美しい金目で、じっとルビンを見ていた。


「そうだな。わたしも、そう思いたかった」


「思いたかった? なんだ今さら。言い訳なら聞く耳持たんぞ。貴様は哀れな男だ。なにひとつ見ようとしない。なにひとつ知ろうとしない。盲目のまま死ぬ。……そこまで完璧な金眼を持っていて、なぜ、そこまで無知でいられる……?」


 ルビンの顔がゆがむ。

 ルビンの青い目がきらっと光ったのを、私は見た。

 そういえば、ルビン、いつか言ってたっけ。自分にもちょっとだけ金眼がある、って。

 金眼。それは、『天書』に繋がる目。世界のすべてが見えてしまう、真実の瞳。


「多分、怖かったんだろう」


 ぽつり、とフィニスが言う。

 ルビンはせせら笑った。


「怖かった? 何がだ」


「すべてを見てしまうことが、怖かった。わたしはお前の死を知っている」


「……なに?」


 ルビンが眉をよせる。

 フィニスは静かに、ルビンを指さした。


「十の、百の、千の、それよりも山ほどの、お前の死を知っている。子どもの頃に押しこめられた、あの屋敷で死んでしまうことすらあった。わたしがかくまわなければ、お前は井戸に身を投げていた」


「フィニス、お前……?」


「わたしは――」


 フィニスは言い、ふと、手を下ろした。

 よく光る金の瞳を閉じて、続ける。


「わたしは、怖くて。そして、めんどうだった。自分が上手く立ち回らねば人が死に、上手く立ち回っても人は死ぬ。そんなものが魔法の才能だなんて、思いもしなかった。だから、必死に見ないようにしていた。そればかりに夢中で……お前の気持ちを考えたことなど、なかったな」


「っ……!! 本当か、フィニス!! 本当に見えていたのか、全部!!」


 ルビンがずかずかと近づいてきて、フィニスの両肩をつかむ。

 フィニスは目を開け、静かにルビンを見た。


「見えている。そして、世界の果ても見てきた。この世界が終わるところを、彼女と共に。お前も勘づいていたんだろう、ルビン?」


 ルビンは言葉につまり、何度も私とフィニスを見比べる。


「本当か? だったらなんであそこまで検査に引っかからなかった!? どれだけ受け流してたんだ、おい!! しかも、どうしてそっちの女が関わってくる、そいつはただの人間だろうが!!」

 

 あ、はい。確かにただの人間です。

 すごーく諦めが悪くて、すごーくフィニスに萌えてるだけの、人間です。

 声に出すことはできず、私は息をひそめる。

 ルビンは怒りで歯を食いしばった。

 目の中で、ぱちぱちと金の火花が散る。


「生きてこの世界の果てを見られるのは、この世で、貴様と俺だけだ!!」


 ルビンは叫んだ。

 ……うん。そのはず、だったんだね。

 ルビンはちっちゃいころから、フィニスの力がなんとなーくわかってたんだ。

 金眼のせいで、この世界の終わりのことも、なんとなーくわかってた。

 だから、フィニスに執着したんだ。


 同じ絶望が見えるかもしれない、フィニスに。


 フィニスは、ルビンの手にそっと自分の手をのせる。


「あのとき、君だけをここへ行かせてすまなかった。やっと、追いついた」


「フィニス」


 ルビンの声が震えている。

 一度も聞いたことのない声だった。

 フィニスはその金眼に、今ここにいるルビンだけを映して言う。


「ここからは共に行こう。君にだけ未来を見せたりしない」


 ルビンの目から、ぼろっ、と、すごい大粒の涙がこぼれた。


「…………本当に、見えたんだな」


 ぼろっぼろ涙をこぼしつつも、真剣な顔でルビンが言う。

 フィニスはうなずく。


「ああ。果ての無い白い花園だ」


「そうだ。そこに、うつくしい光がさす」


「炎が燃え上がって」


「光がやってくる。すべてを呑みこむ光が」


「あの光が滅びの合図だ。だが、変えられる。あの光の先へ行くようにと、神は告げた」


 フィニスは告げ、とんとんとルビンの手を叩く。

 ルビンはうなり声を上げて、フィニスから手を放した。


「…………信じるしかあるまい」


 フィニスは静かに笑った。


「間に合ったようで何よりだ。実際に未来を変えるのは彼女だ。『天書』を見せてくれるか?」


「見せるのは構わん。どうせ皇妃にも数時間後には見せるはずのものだしな。しかし、人間が未来を変えるというのは、どうする気だ?」


 ルビンは疑うように私を見てる。

 私はやっと口を開いた。


「天書の中に手をつっこんで、核を取り出すだけ。神さまはそう言ってました」


「天書に、手を、つっこむ!!!???」


 声デカッ!!

 私はよろめき、フィニスは眉根を寄せる。


「不可能なのか?」


「ばっか、可能だの不可能だのという次元の問題ではない!! 天書というのはな、この世のすべてだ。直接触れたら膨大な情報が流れこみ、入り交じってしまう。つまり、世界中の人間の記憶が流れこんでおかしくなるし、人の形も保てんぞ。そうならんように情報を引き出すのがどれだけ大変だったか……事故で何人魔道士が死んだと思っている!?」


 ルビンはまくしたて、びっ、と塔の壁を指さした。

 あっ。あっ……。

 やたらと人間が埋まってる彫刻が多いなーって思ってたの……。

 まさかの、そういうことでした!!??


 わ、わぁーーーーぉ。

 知りたくなかった……知りたくなかったわ……。


「セレーナ」


 フィニスが声をかけてくる。

 心配されてるね。そりゃそうか。

 私は無理矢理笑顔になろうとして、やめた。

 これから死ぬかもしれないのに、取り繕っても仕方ない。


 私はぺちん、と両頬を叩き、フィニスを見上げる。


「……でも、やらなかったらみんなで死んで、またもう一回、になるんですよね? 次の回にみんなが生きてるかもわからないし、フィニスさまはまた辛い思いをする」


「辛い思いはどうでもいいが、次もはっきり君のことを覚えていられるかはわからない」


「ですよね。だったらやります。今『天書』に取りこまれて死んだって、たった数時間の差だもん」


 私はきっぱりと言った。

 フィニスは少し、肩を落としたみたいだ。


「セレーナ。君は、そう言うと思った」


「フィニスさま。――その」


 フィニスにお願いがひとつだけあるんだけど、えーと、その。

 口にするのははばかられるな……。

 言わないままで、通じるかなあ。

 不安になりつつ、私は、じーっとフィニスを見上げてみる。


 フィニスはゆっくりまばたきすると、私の腰を抱いた。

 ふわ、と、フィニスの唇が額に触れる。


 あー……そっかー。

 額かー。


 ちょっと安心したような、残念なような気持ち。

 でも、構いません。

 あとは戻って来てから、ですね。


「よしっ、がんばります!!」


 私は気合いを入れた。


「頼りにしている」


 フィニスは言い、私の手を握ってくれる。

 ルビンは、難しい顔で私たちを見た。


「いいのか、それで。というか貴様ら、どのへんが政略結婚だ? 見るからに出来上がりきってるぞ。そんなんだったら、ここで危険な賭けに出るよりは、終わりがくるまでの数時間抱き合ってるほうがよくないか?」


「すごい、ルビンから人間的な意見が出た」


 私がびっくりすると、ルビンは叫ぶ。


「俺は、最初から最後まで人間だが!!」


 フィニスはかすかに笑った。


「そうだな。でも、彼女は誰にも止められない。どこまでも走って行く人だ。わたしは何がどうなろうと、彼女を抱きしめるから、それでいい。今このときも、抱きしめてるようなものだ」


 穏やかな声で語られる愛は、温かくて、強い。

 フィニスが、軽く指先に口づけてくれる。

 宿った温かみをにぎりしめ、私は言う。


「フィニスさま。私、本当に、あなたのことを好きでよかったです」


「セレーナ、行っておいで。そして、帰ってくるんだ」


「はい!!」


 元気に答えて、ルビンを見上げる。

 ルビンは腕を組み、ため息を吐いた。


「仕方有るまい。俺も貴様らに賭けよう。――開け、天門!!」


 ルビンの命令により、音もなく両開きの扉が開く。

 扉の向こうから、朝の光がこぼれてくる。

 お椀を伏せた形の、円い部屋。

 真ん中の円い台座の上に輝く、一抱えもの宝石。


 あれが、『天書』だ。


 ルビンは腹に力をこめて言う。


「これより『天書』を解体する!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ