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第96話 行きましょう、あの日の先へ!

「わかる、と、思います」


 私は言った。

 神はちょっとだけ、父親みたいな顔で笑う。


「一度きりの人生の果てにあるのは、完全な終わり。――それでも、初冬の月三日の先へ行きたい?」


 凍えていた心臓が、大きく鳴った。


「…………はい!!」


 私はうなずく。

 他に返事はなかった。

 目の前がすうっと明るくなった。

 この先にも道はあるんだ。私たちの冬が。


 その先の春が!


「じゃあ決まりだ。セレーナ、君はフィニスと一緒に元の人生に戻って、この世界の救世主になりなさい。天書を解体して、書き換えるんだ。やり方は全部教えてあげる」


 神は早口になって言い、ずるずるの衣から何冊も帳面を取り出した。

 どんだけ内ポケットあるのかな、あの衣。

 あー、帳面多すぎてぼたぼた落っこちてる。


 それにしても、今、神、すっごいことを言ったような……?


 私はしばらく考えこんだのち、ぎょっとして叫んだ。


「て、てててて天書を書き換え!?!?!?」


「そう。あれにこの世界の情報は全部入ってるから。あ、屍人もそういうことね。外法で天書に接続して、死んだ人とか、使われなかった人の情報を持って来て、書き換えてるのね」


「書き換えてるのねっ、って軽く言われてもですねえ!! そもそも天書の書き換えとか、こっちはフィニスさまに萌えてるだけの小娘なんですけど!? 私にできます!? あ、ルビンか。ルビンやってくれるかな!?」


 私は叫び、フィニスを見る。

 フィニスは難しい顔だ。


「頼むのはいいし、君のことは全力で守るが……直近の人生は夢なんだろう?『前回』に戻るとしたら、前回のルビン、萌えとかなんとか一切わからない、どす黒い野心の固まりだぞ」


「そ、そうだった……!! 夢オチ!! みんな前回バージョンなんだった!!」


 私は頭を抱える。

 シロがのんびりと言う。


「夢の中でも、みんなちゃんと生きとったがな~。おぬしたちが経験したのは、別次元に隔離された一回ぶんの人生と思ってみてもよい」


「じゃあそっちで続けさせてよぉ!!!!」


 私、心からの叫び。

 神はなんとなく申し訳なさそうだ。


「できればそうさせてあげたいんだけど、そういうわけにもいかないんだよね……。夢バージョンは開発よ……げほん、基本は味方が死なない、簡単モードだったから」


「簡単モードって!!!!」


 くっそ、ツッコミが追いつかない!! 

 復活して、トラバント!!

 私はぶるぶる震えた。

 フィニスは妙に感心している。


「なるほど。そういえば全然死ななかったな。別バージョンだともっと死ぬ……というかわたし、騎士団員全員の死に際知ってるな?」


「だからーーーー!! 軽率に悲惨な設定出すのやめてくださいよぉーーーーー!!!!」


 私、そろそろ声嗄れてきましたけどーーーー!!

 私は肩で息をする。

 おろおろする神の代わりに、シロが薄く笑って聞いた。


「で、どうする? 天書書き換え。やるか? やらぬか?」


「やります。他に返事はありません。でも……なんで、私だったんです? フィニスさまとかのほうが、明らかに向いてたのでは?」


 ついついそれだけ聞いてしまう。

 シロと神は顔を見合わせ、結局神が言った。


「フィニスも向いてたし、向いてるから君の補佐役として同じ夢をみてるんだよ。繰り返しの事実を知ったシュテルンは、どうにかして子ども世代を『楽園』に近づけようと頑張ってた。『楽園』に世界を続ける鍵があることまではわかってて……天書をどう操作すればいいのかは、わかってなかったんだよね」


「だから、ルビンと友人になったことをあれほど喜んでいたわけか」


 フィニスがつぶやく。

 うーん、そう言われると、シュテルンのことも嫌いづらいな。

 嫌いだけど。


「えっ、だったらフィニスさまに直接こうやって語りかけてあげればよかったじゃないですか。なんで私をメインに選んでるんです?」


 私は聞く。

 神は即答した。


「そりゃ、君の進化の仕方が異常にパワフルだったから」


「異常に、パワフル」


「そう。異常っていうか異様っていうかすさまじいっていうか、爆発的っていうか、生命の神秘を感じるレベルっていうか。繰り返しの中で君ほど劇的に変わったひとはいなかった。僕は、その異常な力に賭けている」


 これは……。

 これは、喜ぶところ?

 よくわからん。


「光栄ですけど、一応十六歳の女の子なんで、あんまし異常異常言われるとへこみます」


 よくわからないので、正直に返した。

 神は慌てて付け足す。


「あっ、ごめん。っていうかフィニスも変わったんだけど、彼の場合は外的要因が大きくて。最初は妻が死んでド鬱になったシュテルンがどーしても子育てできなくってね。孤児院、脱走、貧民窟のルートで、最終的にものすごくきれいなカリスマ悪人になってた」


「それはそれで萌えだな!? そっちの話聞かせてくれません!?」


「聞かせなくていい!! というか、それが一回目か? シュテルンは、最初のころのわたしは、誰も育てずすぐ死んだ、と」


 フィニスが難しい顔で割りこんでくる。

 苦笑する神。

 シロも、ふふっと笑って言う。


「シュテルンの真意は、本人に聞いてみるがよい。元の人生のシュテルンはまだ異端審問にかかっておらんし、小鳥ちゃんも暗殺はしておらん。フィニスは天書書き換えはできなんだが、セレーナの進化の原因となった。世界は回っておるぞ」


「や、フィニスさまにはもっと宇宙規模の価値がありますけど!?」


 食い下がる私の手を、フィニスが強く握る。

 見上げると、優しい金眼が私を見ている。


「わたしはそれでいい。君に価値を見いだされて、君と共に行けるなら」


 穏やかに言われると、また泣きたくなってしまう。

 色々と壮絶な人生を送った人なのに。

 そのすべてを、うっすら見ているのに。


 こんなふうに穏やかにあれるあなたは、奇跡だと思います。


「フィニスさま……!! 一生、いえ、永遠に好き!!」


 思わず叫んで、ぎゅっと抱きついてしまう。

 フィニスはすぐに抱き返して、優しく言う。


「無事に帰って、神絵師に肖像画百枚描かせような」


「はい!!!!」


 嬉しいな。

 この人を好きになれて、嬉しい。

 この人と一緒にいられて、嬉しい。

 この後何が起こっても、この人と一緒なら、どうにかなる気がする。

 錯覚でもいいの。

 錯覚させてほしい。

 先へ進むために。一歩を踏み出すために。


 私は愛を握っていくよ。


 神は嬉しそうに笑う。


「あはは、いきなり元気になったね。じゃあ、天書解体の手順を教えよう。いっておいで、かわいい子たち。この世界を、今度こそ、君たち自身のために動かそう」

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