第94話 シロって人間形もあったんですね……。
「フィニスさま!! フィニスさ、ま……あれ?」
力の限り叫んでから、私はきょとんとする。
フィニスは私を抱いたまま言う。
「熱くはないな」
「ですね。竜の炎って熱くないんでしょうか? っていうかシロ、助けるとかなんとか言ってたような?」
頭の中はぐるぐるだ。
そこへ、きれいな声がかかった。
「そうじゃよ。っていうか、そろそろわしのほうを見てくれてもいい気がするの。まあ、隙あらばふたりでいちゃいちゃしたい気持ちはわかるが」
「シロ!! は? はえええええええ!?」
振り向くと、なんか……な、なんか、なんだ、これは??
地味なおじいちゃんと、爆裂きれいな真っ白なひとがいる。
足下まである白い髪はきらきら、きらきら輝いてて、白い砂が流れていってるみたい。穏やかな顔はきれいすぎて、男っぽくも女っぽくもない。
わ、わあ……。
フィニスとはまた違う、完全に作り物みたいな美形だ。
「あなた、ひょっとして……シロなの……?」
「お、よく一発でわかったのー。ここでは好きな姿を取れるから、セレーナちゃんたちと話しやすい形になっとる。どう? 好み?」
シロは弦楽器みたいな声で言い、くるりと回って見せた。
きらきらきらきら……。
すっごい光るけど、フィニスよりは目に優しいな。
ほら、こう、私の妄想キラキラがないから。
「個人的にはいつもの小さいのが一番だけど……ねえ、これってどういうこと? 私たちは、死んだの?」
頭はまだぐるぐるだけど、これだけは聞かなくちゃ。
フィニスは私を抱いていた腕をほどいた。
代わりに、ぎゅっと手を握ってくれる。
その手に勇気づけられて、私は辺りを見渡す。
どこまでも、どこまでも続く白い花園だ。
私たちの他は誰もいない。
私は、ここを知っている。
「私、ここのことを何度も夢にみた。そっちの地味なおじいちゃんのことも」
「地味って、正直じゃのー。一応こいつ、神なのじゃが」
「神」
私はつぶやく。
「神か」
フィニスもつぶやく。
「……だから!! 二人そろって微妙な顔するな!! いじけるぞ、神が!!」
シロは叫ぶけど、だって、ねえ。
シロのほうが断然神っぽい雰囲気出してるからさ……。
私たちが黙っていると、灰色の衣のおじいちゃんが前に出る。
「別にいじけないよね。ほんとのことだから。僕は君たちを美しく作ることはできたけど、僕自身を美しくすることには興味なかったの。そういうことね」
やさしい声だ。
なんか、少年みたい。
このひとは悪いひとじゃないな、と思った。
や、ひとじゃないんだろうけど、正確には。
フィニスが言う。
「お前が神なら、今世界がどうなっているかの説明ができるだろう。なぜ、わたしたちを呼びつけたのかも」
「うん。世界は終わりを迎えています。誰のせいでもないよ。僕のせい」
神さまは静かに言った
世界の終わり。心臓がぞわぞわする言葉。
さっき見た、不吉な幻影を思い出す。
あれはきっと、本当だった。
東部はもうない、って言った、フィニスの言葉も……。
私は、どうにか聞く。
「あなたが世界を滅ぼしたってこと!?」
「いや。元から途中までしか作ってないの」
「は……はああああああああああああ!?」
あー……なんか、すごい声でた。
すごい、すごい……こ、この気持ちは、なんだ?
私がぼーっとしているうちに、神さまはもじもじと続けた。
「ごめんね。この世界は僕が……っていうか、正確には僕のオリジナルが作ったんだけど、諸事情あって制作中止、げほん。えー、未完成になってしまった。だからいつも、この日で終わっちゃう。初冬の月、三日。で、ある程度の期間で何もかもが繰り返してる」
な、なんだこれ。なんだそれ。
えーっと、えーっと?
「繰り返し……。じゃ、私たち、誰に殺されたわけでもなく……?」
「強いて言うなら、我々は神に殺されていたわけだ」
フィニスは冷静だ。っていうか多分、いつも通りぼーっとしてるんだろう。
私は自分の眉間を押さえて言う。
「……つまり、このおじいちゃんを殺せば、全部どうにかなる?」
「ごく自然に神殺しを覚悟しないでくれ、セレーナ」
フィニスは引き留めてくれるけど、でも、他に結論あります!?
何もかもの原因が、目の前に出てきてくれたんですけど!?
これからの結婚と政務と推し事をぶった切ってくれたの、このひとなんですけど!?
やっぱり、殺るしか。
「うふふふ、怖い怖い。まあ、それくらいでないと運命はひっくり返せんのぉ。やはり正しい人選じゃった」
シロは満足げに笑っている。
人選ってなんだろ。
気になったので、ひとまず殺意を棚上げ。
「シロ、あなたは全部知ってたの?」
私が聞くと、シロは真っ青な目を細めて笑う。
「うん、まあ。わしのことは神が直接動かしてたからの。わしはわしであり、神でもあった。黒くない白狼のシロがおぬしを選んだように、神もまたおぬしを選んだのだ」
「そんなの全然知らなかった!! なんなんですか、このもったいぶった感じ! 私を選んだって、何に選んだの? 何にせよ、どうして最初から言わなかったの!?」
私は必死に叫ぶ。
神はけろっとしていた。
「最初から言っても信じないでしょ。実際、前回の君たちは信じなかった」
「前回の、わたしたち」
私はつぶやく。
それって……つまり……?
ど、どういうこと?
神は続ける。
「そろそろ思い出せると思う。君たちは前回も、世界が繰り返す前にシロの炎に包まれて、ここに来た。そして僕の話を聞いたんだ」
え、えええええ……。
ええええええええ……?
私はフィニスを見上げた。
「そんなこと……覚えて……覚えてます……?」
「そんな夢をみたような気はしないでもないが、なにせぼーっとしてて」
「そうだった、フィニスさまはそうだった!!」
私は叫び、神はちょっと笑う。
「信じなくてもしょうがないよ。あんまりにもあんまりな話だし。だから、長い夢をみてもらった」
「長い夢って……」
なーんか、嫌な予感するな。
じっと見上げていると、神はうなずいた。
「うん。十五年ぶんの、長い夢だ」
「へ? え? あ? は? はああああああああああああ!?」
あああああああああああああ!?
つ、つまり!?
この十五年、私が二回目だと思ってた十五年、夢落ち!?




