第92話 ついにたどり着いた戴冠式です!
「……あれ?」
「何か?」
「ううん、なんでもないです。なんだかいきなり、胸がドキッとしただけで」
私は魔道士ににっこり笑う。
初冬の月、三日目。
私、セレーナ・フランカルディは、『楽園』にいる。
『楽園』の中央には、らせんの塔がある。
魔道士たちが普段働く巨大な塔は、六門教世界のレプリカだ。
一階につきひとつ『門』があって、門の名前は、下からそれぞれ『光』『惑い』『知』『死』『誕生』『天』。そして、らせんのどん底にある深い穴が、『地獄』。
私たちは天から命を授かって生まれて、光を知り、迷い、知ることで救われ、死んで、天に浄化されてまた新しい人生を始める。
本日、フィニスの戴冠は『天』の門の向こうで行われる。
は~~~、しっかし、ここまで来られたの、嘘みたいだな。
『楽園』第三層、天文部に作られた控え室で、私はぼーっと考える。
前回は、全然ここまで来られなかった。
『楽園』なんか見たこともないお嬢さんのままで終わってしまった。
ある意味、すっごく能天気な一生だったなあ。
「セレーナ、いるか」
急に推しの美声がして、私は椅子から飛び上がる。
同じ控え室を使っていたお客さんたちも、ざわざわした。
だって普通、これから戴冠するひとがひょいっと顔出すと思わないでしょ!?
「ちょ、ちょっと!! 気軽に顔出さないでください、まぶしくて心臓がいくつあっても足りませんよ!!」
私は猛スピードで扉に駆け寄る。
フィニスはじっと私を見た。
ひ、ひえ……ひええええ……今日のフィニス、物理的に光ってる。
きれいな黒髪には金の粉が散ってるし、いつもの黒服じゃなくて真っ白な服。これがまた一面織り模様が入ってるし金刺繍もすごいし、透明な宝石縫い込まれてるし、さらにこれまた重い深紅のマント羽織ってて、地色が見えないくらいにキラッキラで、は~~、すっごい光る!!
あーーーーー、無理!! と思って目をそらす。
そしたら即、あごをつかまれて、正面を向かされました。
「すまない。ちょっと君の顔が見たくて」
君の顔が見たくて……にこ! じゃないんですよ!!!!!!
ここのところ、ほんっとに遠慮がない!! っていうか今までは無茶苦茶遠慮してたんですね、ありがとうございます!! 遠慮がないフィニスも素敵だけど、それ以前に心臓がピンチなんだわーーーーー!! なんで私は推しのために潰す心臓の百個や二百個を持って生まれなかったのか!!
百万の悲鳴をかみ殺し、私は笑う。
「あ、あははははは、殺意すら感じる正直な告白、まことにありがとうございます……」
「礼を言われることでもない。騎士服にしたんだな」
目を細めるフィニス。
見られてる、と思うと勝手にほおが赤くなる。
私の格好は、初めて騎士としてフィニスに会いに行ったときの服だ。
きらびやかではあるし、私の気合いがこもっている。
「はい。まだ、奥さんでもなんでもないので。――いや、奥さんってなんだ。笑うわ」
つい自分で突っこんでしまう。
奥さんって単語そのものがどぎまぎしちゃう感じなのに、よりによって推しの奥さんとかね!? ならないでしょ普通は。推しは恋人じゃないんだよ。そういうもんだって一度は割り切ったんだよ、一度は……!!
「でも、わたしの盟約者だ。そうだろう?」
フィニスは言い、私の腰から短剣をとった。
あっ、と思っていると、フィニスはそれを、剣帯の目立つところに差してくれる。
これは盟約者の印。
フィニスの名が刻まれた、剣。
――って、あれ? フィニスも、持ってる?
きらびやかな格好の中、唯一ちょっと地味な、腰の短剣。
「フィニスさま。それって」
私は聞く。
フィニスは自分の短剣に手をかけ、私の耳元に囁いた。
「わたしも持っていく。絶対に手放すなよ」
「…………はい」
うう、耳、くすぐったいなあ。
みんな見てるなあ。恥ずかしい。いたたまれない。
でも――それ以上に、誇らしい、かも、しれない。
私は、フィニスの盟約者でいいんだ。
奥さんになっても、これから、何があっても。
「で、だ。何か変わったことはないか?」
「へ? 何かあるんですか?」
いきなり通常モードに戻るフィニス。
私は首をかしげた。
フィニスは物憂げな目をして言う。
「いや。君の話を聞く限り、今回は前回より色々と展開が早い。日付で言うと、前回君とわたしが死んだのは、今日辺りのはずだ」
「あ、なるほど!! 細かい日付って、そんな関係ありますかね? 前回と今回って色々違いすぎますし。どっちかっていうと、条件のほうが関係あるのかと思ってました」
私はせっせと前回のことを思い出す。
フィニスのお父さんであるシュテルンは今回も、前回私たちが死んだあの家を手に入れていた。
前回はきっと、あの家に何か仕掛けをしたんだろう。
だけど、今回はそれはなかった。
シュテルンは捕まったままだし、ここは『楽園』だ。
もう何か仕掛けることはできない、と、思う。
フィニスも言う。
「わからない。何もなければそれがいいし、今日、この場所は世界一警備の厳しい場所だ。危険なことはないだろうと思いたい」
「ですね。私、きっと大丈夫だと思います」
私はなるべく明るく笑う。
できるかぎりのことはやった。あとはなるべく落ち着いているしかない。
さっき変に心臓がドキッとしたし、落ち着かないと。
「フィニスさま、お時間が」
魔道士がフィニスを呼びに来た。
フィニスは私の手を取ると、指に口づける。
「今行く。――天の門の前で、また」
「……はい」
な、な、慣れないなー、これ……。
うー、この場で軽く十回くらい床を転がり回りたいけど、多分不審がられるだろうな。
医者呼ばれても困るし、我慢しよう。
そうだよ、セレーナ。前回はあんなに、我慢するのが得意だったじゃない!!
自分を励ましているうちに、正装の魔道士たちが控え室にやってくる。
「では皆さま、天書のもとへ」
扉が開き、私たちはぞろぞろとらせん階段を上った。
上の階から音楽が流れてくる。
細い窓から落ちる光。
甘いにおい。
壁にくっついた美青年の彫像。
……神に召される、ってこんな感じなんだろうなあ。
階段を上り終えると、円形の部屋だ。
うう、まぶし。
どこからどこまで、きらきらに光ってる。
「これより、天書閲覧の儀を始めます」
静かに言ったのは……えーと……ルビンだな。
えっ、ほんと? いやいやいや、ほんとだわ。ほんとにルビンだわ。
こんな声出せたんだね、ルビン!!
偉いね、大人だね!
普段ももう少し、大人になれればいいのにね……。
私たちはきらきらの部屋に入った。
きらきらの原因は、天井の真ん中に空いた大きな穴だ。
天窓なんだろうけど、そこからむちゃくちゃ光が入ってくる。
で、何もかも白と金で出来た室内に乱反射するってわけ。
フィニスは――と見ると、天窓の真下にいた。
青い絨毯の上で、魔道士たちにかしずかれるフィニス。
魔道士たちが持っているのはまばゆい皇帝旗。そして、帝冠だ。
きらきら、きらきら、何もかもが光って、とってもきれい。
ちょっと、怖いくらいだ。
そのとき。
目の前を、ざらっと暗い景色がよぎった。
えっ、何?
なんなの? 東部辺境の景色が見える。
血相を変えたトラバントが、剣を抱えて走っている。
どうしたの? どこにいくの?
トラバントは足を止めて、矢狭間をのぞく。
――あ、もう、見えなくなっちゃった。
代わりに、他の景色が見える。
……地下牢、かな。シュテルンがいる。
ずいぶん痩せちゃって、それでも元気そうだ。
小窓から外を見ている。真剣な顔。
何かを指折り数えて、祈るように空を見ている。
……また、消えた。
でも、また、次の何かが見える。
あ、あれ、お父さまとお母さまだ!
不思議そうに窓の外を見てる。
閉じこめられた小鳥ちゃんも、窓にかじりついてる。
…………おかしい。
これ、なんなの?
私には何が見えてるの?
みんな、何を見てるの?
私が目をごしごしこすった直後。
辺りが猛烈に明るくなった。




