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第91話 僕はそれでも、この世界が好きだったような気がします。

 さて、それから五日後。

 東部辺境は一応、当初の戦線を保っている。


 僕は執務室でため息を吐いた。


「新司令官閣下をとっとと処理したのは正解でしたけど、重武装を解かずに五日。さすがに肩が凝りますね」


「おっ、トラバント副団長の弱音だ! いいもん聞いちゃった~。さ、ここは特別に、俺が肩でももんで差し上げようじゃないですか!!」


「はいはい、ザクトは仕事してくださいね~。っていうかあなたも重武装のままじゃないですか。なのになんでそんなバカみたいにニコニコしてるんです? バカだからですか?」


「あっはっは、バカはバカでも体力バカなんでーー!! 騎士なんかみんなそうだよな~!?」


「「「そうでーーーす!!!!」」」


「息を合わせるな、うっとうしい!!」


 僕は怒鳴り、ぐったり椅子の背もたれにもたれた。


 屍人が出てくるのは、大体夕暮れどきから明け方の間だ。

 今は昼間。気を抜きたいところだが、生きた人間が襲撃をかけてくることもある。

 ザクトたちは、執務室の真ん中にすえられた周辺模型に群がっていた。


「今が、えーっと、あれから五日か。初冬の月に入って三日目ですね」


「フィニスさま、遅いですよねえ」


 ザクトがぼやく。僕は引き出しから薄い草紙を取り出した。

 帝都から飛んできた鳥が持っていたものだ。

 フィニスからの連絡だが、なんでか今日の日付だけが書かれている。


「そろそろのような気もするんですが……果たして、どうかな」


 今日帰る、なら、他の知らせ方があると思う。

 なぜ、こんなときにこんな連絡を?

 これしか書く時間がなかった?

 それか、確信がなかった?


 この日に何かあるかもしれない、ただそれだけしかわからなかった?


 ……なんだそりゃ。


「それはそうと、ザクト、持ち場は?」


「今は休憩時間でっす。副団長がちゃんと予定組んでくれたんで、見張り、迎撃、休憩、ちゃんと回ってますよ。マジありがたいです!! ただね~~、そろそろフィニスさまの顔が見たいのも本音ですけどね。俺、ついに団長シーツ作っちゃったし」


「どこにそんな暇と物資があった……? 確かにフィニスさまはお手軽安価で使い放題な士気回復ツールですから、使えないのは痛手だな~~とはずーっと思ってますけど。あ~~、早く戻ってこないかな、この椅子座りづらい」


「あっはっは、団長がいないとすっごいこと言いますね、副団長って!! いや、いても言うか。ねー、シュゼさん?」


 ザクトがけらけら笑って言う。

 僕はさっと青くなった。


「シュゼ? うっわ!! いる!! いつの間にどうしてシュゼがここに!?」


「バケモノか、俺は」


 バケモノのほうが大分マシですよ、とは、さすがに言わなかった。

 扉の前にいたシュゼは、しずしずと歩みよってくる。

 こわい。熊だ。いや、岩だ。動く岩。歩く土砂崩れ。

 くっそ、比喩力が死んでる。

 ザクトはいい笑顔だ。


「俺がこっそり入れました。トラバント副団長だけが、自分が作った予定表ぶっちぎってぜーんぜん休みとってないぞ~~って、耳打ちもしときましたよ!」


「僕を殺す気ですか、ザクト!!」


 僕の叫びもむなしく、シュゼは僕の肩に手を置く。

 そして、腹に響く声で言った。


「……お前を殺す気なのは、お前自身だ、トラバント」


「や、その、だから!!」


「だから?」


 あ、ダメ。

 これは、謝るしかない。

 僕は直感し、目を伏せた。


「………………す、みま、せん」


 騎士たちがどよめく。


「副団長がごめんなさいを……? ついに、言った…………のか!?」


「言ったよな? 言ったよ!! あの、いつも不満たらたらなのに働き出したら絶対休みたくないトラバント副団長が!」


「シュゼさん満足そうだ!! おめでとうございますシュゼさん!! おたくの盟約者が謝りましたよ!!」


「ええい、こっちは近所のガキとおかあちゃんじゃないんですよ、う、うわっ!!」


 怒鳴る前に、僕の体が宙に浮いた。

 シュゼの肩に担がれたのだ。


「ひとまず部屋まで送っていく」


「だーーーかーーーらーーーー!! 謝ってるのにどうしてこういうことしますかね!? 部屋なんか帰らなくていいですよ、ここでマント敷いて寝ます!!」


「却下」


「くっ……こら、周辺!! 拍手するな!! 拍手!!」


 謎の感動に浸る人々に拍手で送られる。

 なんだ、この屈辱?

 シュゼは廊下に出ると、ぽつんと言った。


「少しは自分の育てた騎士団を信用しろ」


「……いや、まあ、信用は、してるんですが」


 もごもごしているうちに部屋についてしまう。

 シュゼは僕を降ろした。


「みんな、お前を無傷で帰したいだけだ」


「はあ。もちろん無傷で帰る気満々ですけどね。僕はもう、人殺し業はやめるんで」


「やめたほうがいい。お前は、この世界と人間が好きすぎる」


「え」


 僕が、この世界と、人間好き?

 なんですか、それ。

 反論する前に、僕は部屋に押しこまれた。


「お前が眠っている間、俺は寝ない。寝ろ」


 答える前に、狼のサラがついてくる。

 ばたん、と扉が閉まり、僕は取り残されてしまった。


「……なんなんですかね、ほんと。あのひと、騎士団一の謎だな」


 僕は頭を掻き、寝台の端に座った。

 すかさずサラが顔をなめにくる。

 

「……サラ。君は、僕がここに入ったころのこと、覚えてますか?」


「うるる」


「あ、怖い顔。ですよねー。あのころはひどかったからな」


 僕はちょっと笑い、寝台に身を投げ出す。

 全身が痛い。

 でも、この痛みは嫌じゃない。

 誰かのために働いて得た痛みだ。


 ――騎士団に入ったころはひどかった。

 金の力でねじこまれた十代後半。たたき上げ時代がないせいで右も左もわからないし、話が合う奴は当然いないし、かといって帰るところもなかったし。

 何より、僕は、人を殺すのが怖かった。


 で、そんな僕に一番に目を付けたのがシュゼ。


『お前は死ぬ。その前に、尻尾を巻いて帰れ』


『帰るとこがあればすぐに帰ってますよこんなとこ。だけど残念ながら、ここで死んでこいってのが実家のお達しなんで、無力なる僕は言いなりになるしかないんだなあ。情けないとお思いでしょう? ですがもう僕はめんどくさいんです。弁が立つ兄が何人もいましてね、反抗するのもめんどくさい。少しも得にならないし、口げんかの言葉なんか一山いくらになると思います? ならないんですよ、虚無。そんな言葉を費やすくらいなら、僕は詩を書いていたい』


『…………なるほど、詩か』


『えっ。今の無駄話、ちゃんと聞いてたんですか?』


『やりたいことがあるならいい。お前が殺さないぶん、俺が殺そう』


 シュゼはそう言って、僕の盟約者になった。


 後から聞くと、彼の盟約者はコロコロ変わってたらしい。

 つまり、盟約を結んだ相手がよく死んだのだ。

 シュゼは騎士団一弱い子どもと盟約を結んでは、守ってやる。

 そして守り切れずに、自分だけが騎士団で歳を重ねる。


 そういう男だった。


「シュゼはまだ、僕が子どもだと思ってるんですよ。こんなに長く生きて育った盟約者がいないから、いつまでも慣れやしない。……本当に、変な男です」


 僕がつぶやくと、サラは寝台の足下にそっと身を伏せた。


 目を閉じると、まぶたの裏にいつか見た星空が浮かんだ。

 多分、幼児のころに見た景色だろう。

 ただの星空がいきなり美しく見えて、僕は震え上がった。

 僕はこんな美しい世界で生きていられるのか、と感動した。


「この世界と、人が、好きすぎる。……そうなのかなあ、僕。シュゼはほんと、たまに真理っぽいことを言う」


 つぶやいていると、とろりと意識がとろける。

 ねむい。

 ここ数日寝なかったのは、寝られなかったからだ。

 興奮と重責の重みが、さっきの騒ぎで溶けてきた。

 今のうちに寝ておこう。

 自分は生きてここを出る。詩人になるんだ。

 シュゼはきっとここに残る。そして、少し自慢げに語るかもしれない。


 俺の盟約者のひとりは、自分の足でここを出た、と。


『トラバント。シュゼにもう一度会いたい?』


「……は? え? 今、誰……え?」


 頭に声が響き、僕はぎょっとした。

 目を開けて室内を見渡す。

 もちろん、誰もいない。

 足下のサラ以外は、誰も。

 ……ん? え? サラ?


「まさか今の、あなたの声ですか?」


 おそるおそる聞く。

 サラはゆっくりまばたきをした。


『わたしの声が届いたね。あれが近づいているからだ。会いたいひとがいるなら、すぐに行った方がいい』


「あれ、ってなんです? 敵襲ですか?……!?」


 ぴりぴりっとした痛みを感じ、僕は自分の手を見る。

 手が、にじんで見える。


 ……どういうことだ、これは?


「……疲れ? かすみ目にしては見え方が変だけど」


『あの日付。フィニスは、薄々気づいていた。今日、が境界なんだって』


「だから、何を言ってるんだかわかりませんってば!! ええい、シュゼ!! シュゼ、無事ですか……!?」


 僕は飛び起き、剣をひっつかんで扉を開ける。

 どうせシュゼはそこにいるだろうと思ったのだ。

 でも、いない。

 廊下には一切ひとけが無い。


「みんな!! 何が起こった? 何、が……」


 僕は叫びながら廊下を走った。

 中庭に面した渡り廊下に来る。まだ、誰とも出会わない。

 音もしない。

 ひどく静かだ。

 渡り廊下の矢狭間から、やけに強い白い光が溢れている。

 僕は窓の外をのぞいた。


 そして――何か、すさまじく美しいものを見た、ような……。

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