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第87話 今さら悩殺もなにもなくないですか!?

 お姫さまだっこのまま馬車に乗せられ、たどり着いた先はホテルでした。

 皇帝の離宮を改造した、帝都一の高級ホテル。


 ――待って。


「ままままままま待ちましょう!! ごうぎょ! こうじょりょりょりょく!!」


 ホテルの最上階ロビーで、私は叫ぶ。


「公序良俗?」


 フィニスは言う。

 私は、びし、と彼を指さした。


「そう、それ!! それに反しますって、私たち婚約もまだですし!! フィニスさまにはフローリンデもいますし!!」


「彼女、明らかに君のほうが好きだろう。ご実家には詫びを入れるが、個人的には離宮に萌えサロンでも作って、最新の印刷機械を貸すつもりだ」


「あっ、それで話つきますね。……じゃなくってーーー!!!! すかさず後ろのひとたち、動くのやめてーーーー、待ってーー!!」


 うしろのひとたちっていうのは、フィニスのお供の楽園守護騎士団と侍従たちだ。

 フィニスの後ろに十人くらい並んでる。

 このひとたち、さっきから私を部屋に押しこもうとするんだよ!


「お嬢さま、そろそろ覚悟されたほうがいいんでは」


「そうですよ、お疲れでしょうし、早く楽になりましょ?」


「この階と下の階は貸し切りですから、助けとか来ませんし」


「セリフが完全に誘拐犯なんだけどーーーーー!!??」


 私の叫びはむなしく響いた。

 フィニスは腕を組む。


「わたしは君がいいというまで待ってもいい。何せ二十年以上待ったし、今さらあと十年二十年待っても誤差のような気がする」


「倍は誤差じゃありません、遠慮しすぎ!!!! くっ……。わ、わかりました、私も、ここは覚悟を決めます!! えー、まず部屋の明かりを消して、フィニスさまは目隠ししていたく方向……うわああああああ、だ、だめ!! 目隠しフィニスさまはえっちすぎるからだめ!! それなら私が恥を捨てます!!!!」


 私が錯乱しかけたとき。

 背後で、ばーん!! と扉が開いた。


「お嬢さま!! いつまではしたないことを叫んでいらっしゃるんです!!」


「すみません!! って、あれ、乳母や? なんでここに」


 懐かしい顔を見て、私はやっと正気になった。

 乳母は何人もの侍女を従えている。


「なんでも何も、プルト伯の御厚意です! フランカルディ家の別邸は少々遠いですし、例の一件の後始末でてんやわんやでございますから。今夜はお嬢さまにここでお過ごしになるように、とお申し出があったんですわ」


「なるほど。えっ。あっ……?」


 これってつまり、乳母公認? いやいやいや。

 違うよね。

 ちら、とフィニスを見ると、彼は肩をすくめた。


「身分的に、こういうところに泊まるときは最低二階ぶん貸し切りになってしまう。正直持て余してるんだ。わたしの寝室と騎士たちの控え室以外は好きに使ってくれ」


「あっ、なるほどー……」


 フィニスはあいかわらず紳士でした。

 知ってた。

 ちょっと、残念なような……。

 ざ、残念? な、ななななないないないない!!

 さすがにそこまではしたないことは思ってない!

 多分、思ってない、よね……?


 真顔で考えるけど、結論は出ない。

 フィニスは私の手をとって、軽く口づけた。


「では、よい夢を」


「は、はい……」


 そうなんだよね。こういうひとなんだよね。

 ここでさらっと退けるひとなんだ……。

 だから好きなんだけれども。

 でも、ここで退かせるのも、甲斐性なしじゃないだろうか。


 私はぎゅっと拳を作る。

 あなたの唇が触れた爪の先が、じぃんとしてる。


「……あ、あの!!」


 私は叫んだ。

 背を向けていたフィニスが、振り返る。


「どうした」


「あ、あの。……身繕いしたら、ちょっとだけ、お話しに行くので。……待ってて欲しいです。あ、また待ってって言っちゃった」


 これくらいなら、きっと許されるよね。

 今までだって、普通に話してたんだし。

 そう思うのに、私の心臓はドキドキしている。

 ドキドキがのどまでせり上がって、息が詰まりそう。


 フィニスはゆっくりまばたきしてから、少し笑った。


「楽しみにしている」


 こ、声~~~~~~~!! 

 そんな甘い声出たんですね、フィニスさま……。

 大丈夫? こんなの聞き続けたら絶対太るでしょ……。

 

「はあああああああああ……………フィニスさま、本気やばい」


 ばたん、と閉まった扉を背に、私はめろめろになってしまった。

 が、目の前には鬼の形相の乳母がいる。


「やばいとか言ってる場合じゃございませんよ、お嬢さま!! さ、湯浴みとお着替えです!! どの路線で行きます!?」


「乳母や、路線って何?」


 ぼーっとして聞く私に、乳母は瞳をギラつかせた。


「無垢なかわいい系で行くのか、ギャップ萌えの妖艶系で行くのか、どちら????」


「ふ、ふええええええ!? 乳母や、完全に今夜フィニスさまを落とす気じゃない!? 待ってよぉ、心の準備!!」


「そんなものはあとからでもできる!! さあ、お選びあそばせ!!」


 乳母は叫び、私は埃だらけのドレスをひんむかれたのだった。



□■□



「……で、結果そうなったのか」


「あはは……はい。こうなったわけです。普段着」


 ホテル到着からしばらくして、窓の外は暮れてきた。

 特別室居間のソファに座った私の服は、白シャツにズボン。一番くだけた男装だ。

 フィニスも上着を脱いでいるから似たようなもの。騎士団に居たときと同じ感じ。


「なんていうか、今さら受けを狙うのもどうかと思って。私たち、ずっと同室でしたしね」


「そもそも、とっくに落ちてるものを狙ってどうするんだ? 無駄では?」


 フィニスは言い、私が持って来たぶどう酒の瓶をぽんっと開ける。

 つ、つよい。

 あいかわらず、素がつよい。


「は、はひ……」


「中身が君なら、こっちはなんでもいいしな」


「は…………っ……こひゅっ……」


 おっ、呼吸ができないぞ!

 もうかー、もうこんなか~。

 恋って息苦しいな~、みんな、よく死なないな、えらいな。


 もうろうとしていると、フィニスがさっとソファに寝かせて気道確保してくれた。

 さすが、実戦経験豊富な男。


「その、すぐ酸欠になるのは、どうにかならないか? 心臓に悪い」


「努力します。頑張って慣れます。フィニスさまに」


 うめく私。

 フィニスは苦笑ぎみで言う。


「それは、ずっとそばに居てくれる、という意味だと思っていいのか?」


「えっ」


 さらっと言われたこれは、プロポーズでしょうか。

 ま、まっさかーーー!! といってごまかしたくなる私を、私の中の善なる私が全力でぶん殴った。


 何がまっさかーーー!! だ!!!!

 お前がそういう態度だと、フィニスがまた十年二十年待っちゃうでしょ!!

 その間にお互い死んだらどうするんだ!!

 気合いを入れろ、自分勝手になる勇気を振り絞れ!!

 誰かを傷つけても、自分はしあわせになりたいって言え!!


「私。……私は、元々、死ぬまで……離れる気はなくて……」


 だからーーーーー!! そうじゃないんだわ。死ぬまでとかいうと、フィニスの犬耳がぺたんってなるわ!! ほら、なったよ! 今なったよ! お前のせいだよ!!


「ご、ごめんなさい! 死なないです。死ぬ気はないです。死ぬのは嫌です。私……私、ほんとは。ずっと、あなたのそばに、いたかった。今も……」


 はい、頑張った。言い切りました。

 フィニスはソファの端に座り、あおむけに転がった私の顔をのぞきこんでいる。

 長い指がていねいに、私の髪を整えてくれる。


「フローリンデとの婚約を解消したあと、改めてわたしのプロポーズを受けてくれるか」


 静かな声。金の瞳。

 目の前がチカチカする。

 あなたは今夜も、夜空にかかる月のよう。

 美しすぎて、震え上がる。

 ――でも。

 このひとは、人間だ。

 さみしくて、孤独な、ひとりの人間。


 私の、たったひとりの、大切なひと。


「……はい。あなたのためだけに、ここまで来ました」


 よかった。

 今度こそ、はっきり言えた。

 本当のことを、言葉にできた。

 ほっとした私の額に、フィニスが軽く口づける。


「ありがとう」


 花がほころぶような、やさしいやさしい声。

 額が熱くて、胸が熱くて、全身が熱くて、私はぎゅっと目を閉じる。


「う、ううううう~~……」


「大丈夫か、生きてるか?」


 うううううう、めちゃくちゃやさしくなでてくれるのはいいんだけどーーー、いいんだけど、割と、こう、その優しさにとどめを刺される気がする!!


「か、かろうじて……あの、でも、できれば、不意打ちはやめて……心の準備、したいです……。な、なんかこう、しばらくは、特別なときのみにしてください……」


 必死に伝えると、フィニスは考えこんだ。

 そして、何かひらめいた顔で言う。


「なるほど。そのほうが萌えるな」


「理解が深い……!! そ、そうですそうです。そういうことです!!」


 そうか? ほんとうにそういうことか!?

 自分にツッコミながらも、私は飛び起きた。

 フィニスは深くうなずき、私にぶどう酒のグラスをくれる。


「わかった。萌えといえばフローリンデのことだが、本当に印刷機で話がつくと思うか?」


「いけると思いますよ。彼女なら、印刷機の開発も頑張りそう。自動変形ドレス、すごかったですし」


 するするっと会話がいつものものになっていく。

 私はどきどきの残る心臓を持て余しながら、ぶどう酒をなめた。

 帝都のぶどう酒は、東方のより辛い。


「確かに。あれが発達すると、魔道士の三徹が二徹になるかもしれないから、きっと儲かるぞ」


 いつもの調子で喋るフィニス。

 でも、いつもより大分、力が抜けてる感じだな。


「結局二徹はするんだ……かわいそう」


「奴らはあれが趣味みたいなところもあるからな。仕事を取り上げると、多分死ぬ」


 まつげ長いなあ。かわいいなあ。

 ……好きだなあ。


「またそんな、魔道士を虫みたいに言う! でも、そうですね。魔道士との繋がりも深くなるなら、ご実家も反対しないと思います。私、フローリンデ好きなんですよね、はっきりしてて……。もうちょっとお友達になりたいなあ」


「なったらいい。なんだってできる、君には」


 フィニスはつぶやき、ことん、と私の肩に頭を預けた。


「そうですか? って、えっ!? ちょ、ま、フィニスさま!! だから、そういうのは特別なときにって、お約束したじゃない、です、か……?」


 とっさに混乱する私だったけど……これは、あれだね……?

 フィニス、寝てるね。


 すぐにすよすよと寝息が聞こえてくる。

 子犬だ。かわいい。

 よく考えたら私、眠ってるフィニスを見るのって初めてだな。


 推しの、寝顔見放題。

 なんたるご褒美!!

 ……と、思ったけど。


 ぶわっと萌えあがる心が、すとんと落ち着く。

 多分フィニスは、やっと安心したんだろうな、と思ったから。


 私はフィニスの頭をそーっと撫でる。私も、安心した……って思いたいんだけど。

 なんだろう。何かが引っかかってる。


 ………………そうだ。

 このホテルに入るころから、シロの気配が、しなくなったんだ!!

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