第82話 怪物って、誰のことです?
「……なんということだ」
父がうめく。
私はあわてた。
「小鳥ちゃん!! そんなこと言ったら……!」
皇帝暗殺に関わったとなったら、どう考えたって死ぬしかない。
フィニスが助けた意味がなくなっちゃう!
「しあわせになるには、罪を償わなくちゃいけないと思った。間違ってた?」
小首をかしげる小鳥ちゃん。
ぶわっと涙がこぼれた。
「……間違ってない。間違ってないよ。あなたは、自分で考えて、自分で立ってる。正解を、選んで、る」
うう、だめだ。もっと、しゃっきりしてなきゃいけないのに。
今、大変なのは、小鳥ちゃんのほうなのに。
涙がどうしても止まらない。
小鳥ちゃんはちょっと頬を赤くした。
「泣かないで、セレーナ。あんまり可愛くて、ちょっと殺したくなる」
「強っ!! キャラ強!! 思ったより個性的な趣味だね、小鳥ちゃん……」
「そうかな。ありがとう」
「いや、そこでもじもじされましても!?」
ついつい突っこんでしまった。
ライサンダー家、見た目より相当アクが強い。
父は、と見ると、まだまだうろたえている。
「それは本当なのか? 伯爵はなぜ暗殺を? ああ、そうか、自分の子に帝位を継がせるためか……? いや、それにしても極端だな。元から彼の息子は有力な皇帝候補で、わざわざ暗殺なんて危険な橋を渡る意味が薄い。この彼が本当にライサンダーの血を継いでいるのかも、定かではないし……」
父の様子を見ていた母が、小鳥ちゃんに聞く。
「あなた。自分の身分を示すものと、暗殺の証拠は?」
「ありません。父さまはそんなものを残さない。だから、父さまに直接罪を認めてもらうしか、告発する方法はないと思います」
うっ。小鳥ちゃんはひとつ、嘘を吐いた。
私とフィニスとザクトは、小鳥ちゃんが謁見の間から逃げたのを知っている。
でも、それを言ったら、フィニスが小鳥ちゃんをかばったのがバレる。
……小鳥ちゃんは、フィニスを守っているんだ。
父は難しい顔になった。
「――だとすると難しいな。ライサンダー家に世話になっている人間は帝都にも山ほどいる。半端な情報では動かんぞ」
「あなた!!」
怒鳴る母。父はびくっと震えた。
「はい!!!!」
「かつては皇帝を輩出した名家、フランカルディ家の血について散々語っておきながら、皇帝暗殺の告白には『半端な情報では動かんぞ~』って、一体どういうことなんですの!? 筋が通っていないでしょう、筋が!!!!」
「は、はい……」
「相手が罪を認めないなら、認めさせればよいでしょう!! 色々あります、不意打ちとか!! 圧力とか!! 拷問とか!!」
「お母さま、拷問はちょっと」
さすがに私が口をはさむ。
小鳥ちゃんもぽそりと言った。
「うちの父さま、多分そういうの得意だよ。するのも、されるのも」
「小鳥ちゃんも冷静にそういうこと言わないで!?」
私が叫ぶと、小鳥ちゃんは自分で自分の口をふさいだ。
父は腕組みをしてうなる。
「認めさせるといっても、うかつにこの話を広めるわけにはいかん。誰がライサンダー側かもわからんし、別件で告発……も、難しいな。やはり、まずは信頼できる者だけで自白を引き出すか……」
そっか。やっぱりそうなるよね。
そうなるんだったら。
「あの。その役目、私がやります!!」
私は、勢いよく手をあげた。
□■□
ところ変わって、帝都。
私はなぜか、ちょっといかがわしい店に居ます。
「こ、これは……。なんで店の中で色っぽいお姉さんが空中ブランコしてるの……?」
――色っぽいお兄さんが猛獣とからんだりもしとるのう。人間って危ないことが好きなんじゃな。
「その結論でいいのかなあ。ほんとに、いいのかなぁ……」
私はドレスのすそをつかんで、遠い目になった。
この怪しげな店は、帝都の地下にある。
地上はお上品なサロンだけど、合い言葉を言うと案内してもらえるのだ。
お屋敷の大広間くらいの広さに、たくさんの高級家具。天井は高くて、空中ブランコやら逆さづりやら人間の入った鳥かごやら、怪しげなものがたくさん。
店の中央にも鉄格子つきの舞台があって、やっぱりきれいな人間がたくさん……。
「なのに、お客さんは割と普通のひとたちなんだよね……闇だわ」
「お嬢さま、こちらへどうぞ」
「あ、はーい」
呼ばれるままに豪華なソファに座る。
付き添ってくれているのは、実家の使用人の中でも一番美男子で、一番忠義な青年だ。
彼は私に囁きかける。
「こんなところでお辛いでしょうが、ここしかシュテルン・ライサンダーと『ばったり出会える』場所はないそうですので、ご辛抱なさってください」
「私は大丈夫だよ、ありがとう。それにしても、大人って、こういうところで内緒の話をするんだね。いや、私ももう大人の歳ですけど」
こんなところに来る奴が真面目で信心深いわけがない――と思っちゃうのは、子ども感覚なんだろうか。
使用人は言う。
「ソファの周辺には、フランカルディ家のお味方を配置してあります。シュテルンさまが自白したら、ただちに取り押さえる手はずです。けっして危ないことにはなりませんので、ご安心ください。わたしはどうにかしてシュテルンさまをこちらに誘導してきますから、お嬢さまはここでお待ちくださいね」
「わかってる。信じてるよ。お願いね」
私が言うと、使用人はうなずいて去って行く。
両親は私を信じて、できるかぎりのことをしてくれた。
とはいえ、シュテルンを見つけるのって至難の業だと思うんだよね。
なにせ、全然個性のないひとだし。
……やっぱりここは、私が見つけなきゃいけないのでは?
フィニスの髪の毛一本、爪のひとつひとつまで楽勝で記憶してる私なら、どこかに似たところを見つけられるのでは――!?
私は、くわっと眼を見開いた。
そのとき。
「ごきげんよう、お嬢さん。十六歳にはちょっと刺激的な環境でしょう」
「――ええ! けれどこれも、一種の社会勉強にはなります……わ?」
後ろから声がかかり、私は振り向く。
そして、固まった。
「どうも。わざわざ僕に会いに来てくれたんだろう? 嬉しいよ」
ソファの後ろで、年齢不詳の男が笑っている。
よくもなく、悪くもない、どうでもいい顔で。
だけど、よくよく見ると……耳だけが、フィニスとほとんど同じ形だ。
「ライサンダー伯爵、お久しぶりです。こんなところでお会い出来るなんて。あの、謁見の日以来ですね」
私は立ち上がり、丁寧にお辞儀する。
平気な顔はしてるけど、体は緊張でガチガチだ。心臓が勝手に熱くなる。
わざわざ僕に会いに来てくれて、ってどういうこと?
私がここに来るのがバレてたの?
……わからない。ただのハッタリかも。
シュテルンはお辞儀をして、私に座るようにうながす。
「そうお久しぶりでもないよ。僕はずっと君を見ていた。僕の目はたくさんあるから」
優しい声でイヤなことを言う。
やっぱりバレてたんだ。一体、どこから?
小鳥ちゃん……のわけはない、と、思う。でも。
「恐ろしいことをおっしゃらないでください。それじゃまるで、化け物のよう」
私はどうにか笑い、ソファに腰かける。
シュテルンも隣に座り、にこにこと身を乗り出した。
「化け物か~。わからないでもないけど、本当に化け物なのは、君の大切なフィニスのほうだと思うね」
は? 倒す。
……うん、いや、待って、私。
ちょっと今のははしたなかったな。
でもやっぱり、倒すぞ?
フィニスが化け物って言ったの? 今?
「フィニスさまが、どうして?」
ばりばりに低音になりかける声を、どうにか高くする。
シュテルンは平気な顔で言った。
「君はフィニスが好きだろう?」
「好きか、嫌いかは、今は関係ありません」
きっぱり返す。
でも、心は震えている。
気持ち悪い。そんなことまでバレてるの。
まるで心の奥底までのぞきこまれてるみたい。
イヤだ。だめ。落ち着いて、私。
相手は、私をうろたえさせようとしてるのかもしれない――。
シュテルンは、ほっとしたように続けた。
「あ、そう。だったら遠慮せずに言おうかな。フィニスは生まれたときからちょっとおかしな子だったんだよ。何しろ金眼だしね? 金眼って昔っから、魔法使いになるか、殺人鬼になるか、どっちかだって言われてるんだ。知ってるかい?」
何言ってるんだろ、このひと。
金眼が、何?
「知りません、そんなこと」
「うーん、知らないかあ。若いからなあ。とにかく、金眼はよく言えば神さまに近くって、ひとの気持ちがわからないんだよ。フィニスは生まれつき笑わない子でねえ。実の母親にもまともな反応を返さなかった。ひどいもんだ、まさに怪物って感じ。母親は可哀想に、それを気に病んで自殺だよ、自殺」
金眼。神さま。怪物。自殺。
よくわからない単語がどんどん並ぶ。
……ぺらぺらよく回る舌だなあ。
舌を切り取ったらこの話、終わるのかな。
――おい、セレーナちゃん。セレーナちゃん!! 思考が暗黒になっとるぞ!!
ソファの下から、シロの声がする。
私は、シュテルンだけを見ている。
シュテルンは大げさに頭を左右にふってみせる。
「あのときは、さすがの僕も悲しかったなあ。悲しかったけど、もちろん実の子どもを殺すなんてできないからね。魔法使いの養成所に入れたんだ。せめて魔法使いになってくれたら、殺人鬼にはならないと思ってさ。だけど、駄目だったな。
あの子は人間としては失敗作だ」




