第81話 やっぱり、あなただったんですね?
「お前! 実家に帰ってくるのに、誘拐も何もあるか!!」
父は青ざめた。
もっと簡単にごまかせると思ったんだろう。
なんだかんだ言って、私のことを小娘だと思っていたんだろう。
確かに私は小娘だ。でも、一度死んだ、小娘だ。
「お父さまとお母さまには感謝しています。それだけはほんとう。私を愛してくれて、たくさんのものを与えてくれて、嬉しかった。――でも、未来だけは、だめ。あなたたちの与えてくれる未来には、私の大切なひとがいないんです」
「……セレーナ」
父がつぶやく。その体から力が抜ける。
代わりに、母が一歩前に出た。
「許しませんし、許されませんよ、セレーナ。あなたが背負っているものを考えなさい。この地に染みこんだものを考えなさい。あなたに血を繋いだ一族が、そして、この地に流れた血潮のすべてが、あなたをけして許さない」
母の言うことは正しい。
正しくないのは私のほうだ。
『二度目』を生き始めてから、私は少しも正しくない。
私は正しさの逆を選び取って、歩いていく。
「許されようとは思いません。私も、あなたたちの罪を許しません。帝国騎士、セレーナ・フランカルディの名において、あなたたちを誘拐の罪で告発します。――そして、『奴』と取引されたことも、すべてを明るみに出します!!」
「!?」
「あなた、なぜそれを!?」
両親の顔色が変わった!
当たりだ!!
私が『奴』なんて言い方をしたのは、これが引っかけだったからだ。
今回の誘拐、どう考えても両親だけの企みじゃない。
私を気絶させたのは小鳥ちゃんだ。
小鳥ちゃんを操れるのは、きっと――小鳥ちゃんの主だけ。
フィニスの父、シュテルン・ライサンダー!!
「お父さま、お母さま……!! やっぱり、あんな男に頼ったんですね!? よりによって、あの、全然顔が覚えられない怪しい男に!!」
つめ寄る私。
両親はしどろもどろだ。
母はハンカチを鼻に当ててすんすんし始める。
「ひょっとしてかまをかけたの!? セレーナ、あなた、小さい頃は動物好きで活発で授業からの脱走常習犯で不思議なくらい大人びていただけで、普通の可愛い女の子だったのに!!」
「自分で言うのもなんですけど、それは全然普通じゃないです!! お父さま、ライサンダー家ってなんなんですか!? フィニスさまはどこからどう見ても光に包まれた完璧な素ボケ美男子でしたけど、父親は完全におかしくないですか!?」
「おかしくないですか、と言われても、その……わたし、彼の顔、覚えられなくて……」
指をいじいじする父。
私はシュテルン・ライサンダーとの初対面を思い出す。
普通の顔で、普通の声で、普通の態度の男。
顔を思い出そうにもはっきりしない。
私も、彼を、思い出せない。
「いやいやいやいや……そこがすでにおかしいですよね!? 誰も顔を覚えられないんだったら、どんな悪事もやり放題じゃないですか? その場から逃げさえすれば捕まりませんよね!?」
私は主張する。
父は答えた。
「セレーナ、お前は誤解しとるよ。彼は悪事を働くわけではないんだ。ただ、すさまじく信心深いんだよ」
「信心深い……!?」
「そう。確かに誤解されがちな人ではあるが、彼は神だけを信じ、世界のために働いとる。そうでなくてあそこまで他人に尽くせるか? 彼はちょっとしたお礼さえすれば、誰の頼みでも聞く。
お子さんたちが残らず有能でな、どんなところにも顔が利くのだ。あれはちょっとびっくりするぞ。なのに自分は、けして出世しようとしない。実に信心深く、無欲な、奇跡のようなひとだ!」
くらっとめまいがした。
信心深く無欲なひとは、自分の子どもを無差別大量魅了兵器にも、暗殺者にも育てません!!
ええい、説明する時間が惜しい!
私は父に聞く。
「今回は、何をお礼にしたんです? 私を誘拐してくる代償に何をあげたの?」
「だからそう怖い顔をするな! たいしたものじゃない。別荘だ。使っていない別荘をひとつ、進呈した。楽園のそばに、買うだけ買って放置してたのがあってな」
父は言った。
私の頭で、遠い記憶がひらめく。
「楽園のそば。……二階建てで、うす水色に塗られていて、古典主義風のテラスが、あって?」
「おや、知っているのか? 行ったことがあったかな?」
父は不思議そうだ。
行ったことは、ありました。
十六歳の冬に、一度だけ。
一回目の人生、私は、そこで死んだ。
「……見つけた。あの人を殺した、犯人」
「どうしたの、セレーナ。そんな、暗い目をして」
母が囁く。
心配かけてごめんね。
でも、もうすぐそれも終わりそうです。
私の胸は熱くなる。
暗い炎が燃え上がる。
――セレーナちゃん! 捕まえたぞ!!
そのとき、頭の中にシロの声が響いた。
私は叫ぶ。
「おいで、シロ!!」
「何……? き、きゃああああああ!!」
母が悲鳴をあげた。
窓ガラスが、びりり、と揺れ、粉々に砕け散る。
割れた窓から入ってきたのは、真っ白な竜の頭だった。
「竜……竜だわ、本当!?」
「は、初めてよ! ねえ、よく見えない! 見せて!!」
「きれいじゃない? すごく……」
うん、姉たちは割と冷静。
――遅くなったな、セレーナちゃん。
シロは言い、私の横にくわえてきた人間を転がす。
小柄で黒ずくめの少年。
小鳥ちゃんだ。
「遅くなんかないよ。むしろ早すぎてびっくりしてる」
――だって、そのへんの森におったもん。隠れるのが上手だったから、ちと時間がかかった。
シロは言う。
なるほど。小鳥ちゃんは、私を実家に届けたあと、このへんにとどまっていたのか。
父は目を丸くした。
「君、帰っていなかったのか!? 『仕事は終わりだ』。伯爵は、そう言えばいいと言っていた。そう言えば、勝手に帰ると……」
「僕も、父にそうするよう言われていました」
小鳥ちゃんは静かに答える。
父はうろたえた。
「父……? 君も、ライサンダー伯爵の息子さんか? いや、しかし、何番目だ……?」
「小鳥ちゃん」
私は小鳥ちゃんを呼ぶ。
小鳥ちゃんは、まっすぐに私を見た。
「ごめんね、セレーナ。収穫祭のときに忍びこんだ兄さんのひとりが、僕に魔法動物の小鳥を預けてくれてて……ずっと、父さんと連絡は取れてたんだ。父さんは、『セレーナはもう充分役目を果たした。これ以上は邪魔だ。ご実家からの依頼もあるし、家に帰そう』って言ってた」
「それで、本部から私をさらったんだね」
私は静かに言う。
部屋は静まりかえっている。
「うん。だけど」
小鳥ちゃんは一度言葉を切る。
そして、言った。
「僕、君が起きるのを、待ってた。君が、すべてをぶち壊してくれるような気がして」
「え……? ほんと? 自分で、ここに残ってたの!?」
私は叫んだ。
私はただ、フィニスのお父さんの悪事をあばきたかった。
そのために小鳥ちゃんを利用しようとした。
『信心深いライサンダー伯爵』の隠し子が私をさらったと、父に知らせたかった。
でも、小鳥ちゃんは、自分の意志でここにいる。
私が企んだからでも、シロに連れて来られたからでもなく。
自分で、ここにいるんだ。
小鳥ちゃんは続ける。
「そう。僕は、父さまは絶対だと思ってた。でも、父さまはひとつだけ間違ってた。セレーナの隣にいるときの兄さまは、父さまが言うのと全然違ったんだよ。優しかったし、かわいかったし、幸せそうだった。……兄さまをあんなふうにできるセレーナは、きっと、父さまよりも強い」
ふ、わ。
ふわ……わわわわわわ……。
小鳥ちゃんが、喋ってる。
自分の言葉で、喋ってる!!
小鳥ちゃんは、ぎこちなく笑った。
「セレーナ。僕。僕も、たぶん、幸せになりたい」
「小鳥ちゃん……!! ぎゅっとしよ!!」
私は両手を広げる。
小鳥ちゃんは笑ったまま、父のほうを見た。
「セレーナのお父さん。僕は、シュテルン・ライサンダーの隠し子です。そして僕は、皇帝陛下を殺しました」




