第80話 それでも私は、黒狼騎士です!
寝室の扉がバーン!! と開き、父であるフランカルディ公爵が入ってくる。
「セレーナ!! 我が娘よ、よくぞ無事に帰ってきた!!」
「お父さま、お久しぶりです!!」
私は寝台から飛び降り、父にがっしと抱きつく。
父は叫んだ。
「おお、久しぶりだ! いや、待って!! 誰だ、セレーナに武器を渡したのは!?」
「武器……? きゃあああ!! セレーナ、どうしてお父さまに短剣を!?」
「こんなもの渡してませんわ!! むしろ全力で武装解除したはずです、私たち!!」
真っ青になる姉と侍女たち。
父ののど元には、小さな湾曲した短剣が当たっている。
私が下着から取り出した暗器だ。
「おはようございます、お父さま。あまりにも盛大かつ唐突なお誕生日のお祝いで、セレーナ、びっくりしてしまいましたわ。で、どうして私を無理矢理呼び戻したんです? 戦争のせいですか?」
私は暗い目をして聞く。
父は、たらり、と冷や汗を流した。
「さすが我が娘、話が早い!! 落ち着いて話したいから、短剣はしまってくれんか?」
「私はこの状態でも落ち着いてますが」
「そうかあ、そういう方向に育ったかあ、予想外だな!!」
「どういう予想をされてたんです。私が行った先、黒狼騎士団ですよ?」
「確かになー。あ、はは、あははは……」
父は乾いた笑いを放つ。
私はそっとシロを呼んだ。
――シロ。シロ、ついてきてる?
――おー、起きたか、セレーナちゃん。おるぞー。外の木の上で昼寝しとった。セレーナちゃんはな~、小鳥と他の男数人に連れられて、長い馬車旅をしてきたんじゃ。ずっと眠らされてたようじゃが、体の調子はどうかの?
のんびりした声。
シロって基本的にこうだよなあ。
基本は見守っててくれるだけ。
積極的に助けてくれるわけじゃないんだ。
だからお願いしたいときは、ちゃんと私から言わないと。
――体はね、めちゃくちゃあちこち痛い。だけど、それ以上にバチバチに怒ってるから元気だよ!!
――おお~~、これは相当じゃの! 燃えとるのう!!
――うん。それで、怒りのセレーナから、お願いがあるんだけど。
――ふむふむ。なるほど? ほー。ああ、了解じゃ。では、さっそく行ってこよう。
シロは、私の心を手早く読んで動き出す。
これで、あとは時間を稼ぐだけだ。
ほっとしていると、今度は母が近づいてきた。
「セレーナ、退きなさい。あなたが剣を向けているのは誰か、今一度考えなさい。黒狼騎士団の騎士は、フランカルディ公爵家に刃を向けるのですか?」
母は、なんなら父より度胸がすわってる。
私は、父に短剣をつきつけたまま確かめた。
「お母さま。私はまだ、黒狼騎士なのでしょうか?」
「あなたが騎士の誓いを撤回し、盟約者と騎士団長が認めないかぎりは、そうですわ」
……よかった。まずはほっとした。
そこまでうやむやにされたら、心がくじけかけたかも。
私は、まだ、騎士だ。
なら、やるべきことはわかる。
「フィニスさまが私を捨てるわけがありません。東部辺境は大変なとき。私は一刻も早く戻らなきゃいけない。残念ながら、お誕生日のお祝いをやってる場合じゃありません」
「プルト伯はもう東部を発たれたんじゃないかしら? あの方は戴冠されるのです」
「――え?」
私は変な声を出した。
そりゃ、いつかそうなるかも、とは思ってたけど。
今、このときに、もう!?
母は私を見て、少し余裕を取り戻したようだ。
「皇帝陛下の不在は動乱を招きます。プルト伯なら、戦いながらでも楽園にたどり着き、戴冠することが可能でしょう。あの方は皇帝になる。そして東部は戦場になります。お遊びの騎士などおいておける場所ではなくなるのですよ」
「私は!! 私は、お遊びで騎士をやってたわけではありません!!」
怒鳴ってしまった。
心の底から、勝手に出てきた叫びだった。
てのひらに、ぶわっとイヤな感触が蘇った。
ひとを斬ったときの感触。
遊びで、あんなことができるか。
私は。私は、この手で、剣を取ると決めた。
私は――。
「お前の剣一本で何ができた」
父だった。
私は、顔を上げた。
父は私を見ていた。
初めて見るような、目だった。
強く、険しく、哀れむような、目だった。
剣一本で、世界は変わったか?
私ひとりで、どれだけ戦況を変えられたか?
足手まといにならない、それ以上の何かを、実現できたか?
父の目は、そう聞いてきた。
「私は……」
「一本の剣では何もできない。お前は、それを学ぶために騎士となったのだ」
父は静かに言う。
あまりにも、正しかった。
とっさに、何も言えなくなった。
母が小さくため息を吐く。
「セレーナ、お父さまに謝罪なさい。そうして、もう一度やり直しましょう。あなたの、誕生日を」
姉や侍女たちが、少しだけ微笑む。
うなずく。手をさしのべる。
帰っておいで、大丈夫だよ、と。
私は、口を開いた。
「……確かに、私の剣一本で守れるものはたかがしれております。だからこそ、人は繋がる。繋がって、もっと大きなものを守る。お父さまもお母さまも、そうおっしゃいたかったのではありませんか?」
「セレーナ、お前は本当に賢い。わかってくれて嬉しいぞ。では、この短剣をだな」
父が微笑む。
私は、ぐっと短剣を父の喉にめりこませた。
きゃあ! と辺りから悲鳴があがる。
私は父をじっと見つめ、言った。
「私は帝国騎士です。一人の力はたかがしれていようとも、盟約者と、帝国騎士団と繋がり、騎士団が守る楽園と繋がることで、帝国を、アストロフェ王国を、リビストーク大陸を、世界を、お守りしております。――その私を、誘拐させましたね? これはれっきとした犯罪です!!」




