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第8話 朝ご飯は静かに食べたいものです!

 開け放たれたアーチ型の扉をくぐると、うわっと熱気が押し寄せてくる。


「わあ、壮観!」


 私はついつい歓声をあげた。

 騎士団の大食堂は、訓練用の広間に負けず劣らず大きい。

 壁では代々の騎士団長の肖像画がにらみを利かせており、その下には長い長い長卓が三本も並んでいる。飢えた騎士たちは食堂の隅に用意された長机で食事を受け取り、あとは好きな席についてわいわいと食事を楽しんでいた。


「席はどこでもいいんですが――」


 トラバントが解説を始めかけたとき、どたばたと駆けこんできた若い騎士がいる。

 彼は血相を変えてトラバントに囁きかけた。


「トラバントさま! 帝都から鳥が来たんですが、フィニスさまが手を放せず……」


「わかりました。セレーナ、食事はひとりでできますね? 好きなだけ盛ってもらってください」


 トラバントはふたつ返事で若い騎士に応じる。

 私は騎士団風の敬礼で答えた。


「了解です! ほどほどにたくさん食べます!」


「あなたが言うと机ごと食べそうで怖い。用事が終わったら戻ります」


 嫌そうなひとことを残してトラバントは去って行く。

 私はうきうきと食事を取りにいった。

 今世では何があっても生きられるよう、こっそり台所に忍びこんで料理を学んだり、庭で野外料理を試したりもした。それでもどうしても給仕つきの食事をすることが多かったから、自分で料理を取りにいくのは新鮮だ。

 調理担当の大男たちは、私を見ると面白そうにつつきあい、にかっと笑った。


「いよっ、お嬢ちゃん! 昨日はご活躍だったじゃねえか。冷製肉食うか? 骨角鹿の血の腸詰めもあるぜ!」


「血の腸詰め、初めて! 食べてみたい!!」


「おっ、勇気あるねえ。そら、マメも食え」


 皿に盛られる大量のつぶし芋と、ゆでたマメと、真っ黒な腸詰め、分厚く切られた冷製肉。

 初めての料理に鼻を近づけると、つん――、と野生臭がする。

 この匂い、狩りのシーズンの野外料理を思い出すなあ。貴族の令嬢をやっていると、血の臭いがする肉を食べるのは狩りの時だけだった。あれって女は男性連中が狩りから帰ってくるのを待って噂話をするだけで、あまり好きな行事じゃなかった。

 でも、これからは自分が戦えるんだ。

 そう思うとすっごくわくわくしてきて、私はへにゃりと笑った。


「すっごい、いい匂いする~。命の匂いだ」


「そうかそうか、田舎料理いけるんだなあ! 食え食え、これも食え」


「パンは何枚食うんだ? こっちは酸っぱいやつ、こっちはそうでもない。どっちも美味い!」


 調理担当たちは大喜びで皿に色々盛り付けようとする。

 私は笑って、メインの他は黒パンだけを受け取った。


「残念だけど、これ以上は食べられないよ。ね、今度作り方も教えてよ」


「おう。いつでも忍びこんでこい! 甘い芋で揚げ団子も作ってやる」


 芋団子を揚げる! しかも甘いやつ!

 芋団子自体が帝国以東の料理だから、実家では食べたことのない料理だ。でも、絶対美味しそうな予感がある。


「楽しみにしてる!」


 明るく答え、私は浮かれた気分で適当な席に盆を置いた。

 と、そのとき。

 座ろうとしていた椅子が、けたたましい音を立てて床に転がった。

 えっ、何? 何が起こったの?

 私は驚いて一歩下がり、椅子を見て、長卓を見た。


 果たして、椅子が転がった原因は、長卓の向こう側にいた。

 私の真向かいの席に座っていたのは、赤毛の騎士。

 昨日の試合の時に私の入団に反対し、今朝の訓練を仕切り、トラバントには「理想主義者」と呼ばれていた男。――ザクトだ。


「おっ、ごめんなー。ちょっと俺の足が長すぎちゃって」


 ザクトはにんまり笑い、机の下でブーツを履いた足を動かして見せる。

 なるほど、椅子を蹴り倒したのは、あなたか。

 どうやら彼は、まだ私の入団を認めてはいないらしい。

 私はどきどきして……少しだけ、わくわくした。

 私は、とびきり大人っぽく笑って言う。


「気にしないで、ザクト。あなたの足、フィニスさまの足よりは指一本ぶん短いよ」


 びきっ、と音がした気がした。

 周囲の騎士たちがはっと顔を上げ、机の下から狼たちもはっとした顔を上げる。

 黒狼、普通の食事は要らない魔法生物のくせに、人間の雰囲気に流されやすくてめちゃかわいい。


「なんだ? やんのか?」


 ザクトは真っ青になったあと、顔を真っ赤にして立ち上がった。

 私はその隙に、転がった椅子を元に戻して座る。


「私はこれから朝ごはん。それ以外の何もやる気は無いよ。あと、足の長さはほんとの話だから。今度試しに測ってみなよ」


「ばっかやろ、フィニスさまの足の長さを直々に測らせてもらうとか、そんな失礼な真似ができるわけねーじゃねえか!!!!」


 絶叫してザクトが長卓を殴る。

 すかさず、私も真顔で叫んだ。


「わかる! あの足の至近距離に行ったら『踏まれたい』しか頭になくなるよね!」


 ザクトは目をまんまるにし、はわ、はわ、と口を開け閉めする。

 あ、このひと、若いな。こうしてるとまるで男の子だ。私と何歳かしか違わない感じ。

 私が彼を観察しているうちに、ザクトはますます真っ赤になって、目の端に涙すらにじませて叫んだ。


「ねーーーーよ、きもちわりぃ!! そんなこと、俺、一度も考えたことねえんだからな!」


 ほほー、一度もねえ。

 私は腸詰めにぷつりとナイフを入れ、たっぷりのつぶし芋と共に口に放りこんだ。クリームでなめらかにされた芋の甘みの上に、ちょっと暴力的なくらいのしょっぱさとこゆい旨みが広がってくる。


「あ、美味しい」


「ばかーっ!! 俺をこんな気持ちにさせといて、なんで悠長に飯食ってんだ!」


「――そこは随分とにぎやかだな」


 背後からよく響く美声が聞こえ、私はナイフとフォークを放り出して立ち上がる。ザクトもはっとした面持ちで固まった。

 私は超高速で振り向き、心からの喜びと萌えをこめて叫ぶ。


「フィニスさま!!」

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