第79話 小鳥ちゃん、一体私をどうする気です!?
「はああああああああああ……」
――セレーナちゃん。
「あああああああああああうううう……」
――魂。出とる。口から。
足下でシロが言う。
私はうつろな顔で肉叩きを握りしめた。
「知ってる……私は抜け殻……。シュゼさん、もっと叩くものありません!?」
「ない。今日の肉はお前が全部ぺっらぺらにした」
シュゼは無慈悲だ。
顔の前に、羊皮紙くらいうすっぺらい肉をぶら下げて続ける。
「アストロフェ風のカツレツってのは、ほんとにこんなに肉を叩き伸ばすのか?」
「嘘だと思って揚げてみてください、美味しいから……。あああああ、でも、もう全部伸ばしちゃったのかあ……。どうしようもない気分のときは、とにかく肉を滅多打ちにするのが一番なんですよ……」
私はうめきながら芋を剥く。
本日、あまりにふぬけている私は、調理係の助手当番を代わってもらったのだ。
今の状態で訓練すると、死ぬ気がして……。
シュゼはもうひとりの助手当番。
神速でぺらぺらの肉に衣をつけながら言う。
「基本的には同意だが、セリフが物騒すぎる。女がそんなこと言ってると、ここの奴らはほいほい好きになるぞ。単純だから」
「えへへ……肝心なひとにはふられがちですけどね」
「団長なら、どうせあんたがふったんだろう?」
冷静なシュゼ。
私はよろめき、積まれた芋の山を崩しかけた。
「うあばばばばばばば、な、ななななんでそういうことににににになりますか!?」
「見るからにそうだ。まあ落ち着け。そのへんがダダ漏れだったから、誰もあんたにアタックしなかった。新しく彼氏募集するなら、きちんと選べ」
いやあああああ、ものすごーーーーく本気で忠告されてる!!
違うんです! いや、何も違わないけどな!!??
私はフィニスに萌えてるだけで、それが周りからどう見えても、萌えてるだけで、ええと、そ、そういうことに、しておきたかった……ん、だけ、ど。
ウッ。まずい。
泣きそう。
「あ、あははははははは、あ、ありがとうございます! 肉の叩き伸ばしと芋の皮むき、すべて終わりましたので、軽食もらって休憩いたします!!」
私は言い、平パンにチーズの分厚いひときれを挟んだ。
さらにベリー酒の小さい壺をひとつ持って、厨房から飛び出る。
シロが短い足で必死についてきた。
――ほんとに大丈夫なのか、セレーナちゃん。わし、フィニスのバカを一発殴ってこようか?
――殴らなくていいよ。殴らなくていいけど、今はひとりにしてもらってもいい……?
――そうか。仕方あるまいが、しょぼんじゃのう。しょぼん……。
ううう、ごめんね、シロ。
立ち止まったシロに手を振って、私はよたよたと進む。
空がぽかーんと晴れている。空気は秋の匂い。
季節は確かに巡っていく。
あの日へと近づいていく。
だから、早く、元の調子に戻らなきゃ。
「小鳥ちゃん、元気してる? お昼ご飯だよ~」
私が向かったのは地下牢だった。
小鳥ちゃんの面倒みるのは、あいかわらず私とザクトの仕事だ。
がんばって笑った私に、小鳥ちゃんは首をかしげる。
「セレーナ。……大丈夫?」
「なななななにが!? 私、そんなに失恋しました!! って顔してる? って、あっ、いや、そうじゃやなく!!」
「兄さまをふったの?」
「だからーーーーーー!! なんで、まんべんなくバレてるのかなあ!!??」
くうううううう、面倒みるどころか、心配されてない!?
超絶不幸な身の上の美少年に、心配されてない?
ふがいない……。
私は膝をついてうなだれた。
「セレーナは賢いよ。兄さまとまともに付き合うなら、ふり続けるしかないと思う」
「冷静にそんなこと言われても、私の心がもたないよ……ー!!」
「そうか。……そうだね。セレーナは頑張ったほう。――これ、ちょっと飲んで。君のほうが必要だと思う」
小鳥ちゃんは、私が持って来たベリー酒をコップに入れてくれた。
「ありがと……。小鳥ちゃん、やっぱりフィニスさまの弟だね。なんか、男前」
私はコップを受け取る。
なめてみたけど、なんか、味がしないな。
落ちこんでると、ここまで味覚がおかしくなるんだな。
小鳥ちゃんは三角座りになって私を見た。
「僕も、兄さまと僕は似てると思う。だから、わかる。セレーナは、本当に兄さまに大事にされてるし、セレーナもうまくやってきたんだって。だけどね」
小鳥ちゃんがひそひそ声になる。
私はいそいで、鉄格子に耳をくっつけた。
「何?」
「あのね。僕らにはもう、関わらないほうがいいよ。知りすぎると人間は不幸になる。『楽園』の連中をごらん。みんな取り憑かれたような目をしている。そして、ささいなことで死んでしまう。知りすぎるからだ」
「小鳥、ちゃん? ほれっへほんな意味……はれ?」
いきなり舌がもつれる。
おかしいな。あ、目もだめ。白っぽくぼやけてる。
指も――力が。はいら、なく、て。私は鉄格子にもたれ、ずるずるっと倒れていく。
ころん、と手の中のコップが、床に転がった。
小鳥ちゃんが私の腰を探り、地下牢の鍵を取り出す。
私はもちろん、抵抗なんかできない。
何が起こってるのかも、よくわからない。
ぼやけていく世界に、小鳥ちゃんの声。
「セレーナ、僕と一緒に来て。僕を、助けるためにも」
□■□
私は、夢をみた。
花畑の真ん中に立っている夢だった。
私はまだ子どもで、花冠をかぶっていた。
これは、一度目?
それとも、二度目?
風が吹く。強い風が。
私は誰かを見つめている。
花畑の真ん中に立つ、不思議な老人を。
――あなたは、だぁれ。
私が聞くと、老人は振り返る。
びっくりするくらい精巧な眼鏡をかけている。
彼は眼鏡を外し、地平線を指さす。
そして、口を開く。
――あちらから、終わりが来る。
――終わり?
――そう。君は、どんなふうに死にたい?
次の瞬間、花畑の花が燃え上がる。
何もかもが炎になって、目の前が真っ白になる……。
□■□
「目が覚めた?」
「覚めてるんじゃない? 覚めたわよ、きっと」
「準備急いで!! ほら、みんな並んで!!」
懐かしい夢をみていた気がする。
そして、懐かしい声がする。
「うう……うーん……? うわ、体痛っ!! ガッチガチだ、何これ……」
私はうめき、どうにか目を開ける。
天蓋の裏が見えた。
私は、天蓋つきベッドの上にいる。
帝国のものより軽やかで伸びやかな花々の細工。
そして、見覚えのある華やかな女性たちの顔が、私をのぞきこんだ。
「おかえりなさい、セレーナ・フランカルディ!! そして、十六歳のお誕生日おめでとう!!」
「は……? え……? な……………………な、なんで私、実家にいるの!!??」




