第76話 死者は、思い出の中に生きるものです。
「セレーナ、気をつけて! こいつら、結構強いよ!!」
ジークの声で、私は我に返る。
剣を構え直すと、他の真っ白な騎士が斬りかかってくる。
斬り結ぶ。
力が強い――!!
――セレーナちゃん、剣に任せよ!!
シロの声。
ばちん!! と火花が散って、相手の剣が弾かれる。
刀身に刻まれた魔法文字が、うっすら明るい。
これも魔法なんだ。
相手がよろめく。
踏みこんだ。
剣をぐるりと回し、切り上げる!!
相手も踏みとどって、次の攻撃のために剣をかつぐ。
だけど、私が、速い!!
ぱりん、ときれいな音がして、私の剣は白い騎士の顔を半分にした。
血は出ない。表情も変わらない。
まるで人形みたいだ。
……え?
動きも、とまらない!?
白い騎士は、ぎくしゃくともう一度剣を握り直す。
「やっべーなこいつら。馬鹿力だし、痛みも、恐怖もねえじゃん!!」
ザクトの声だ。
それなりに焦ってる。それなりに、だけど。
――黒狼たちはおびえちゃっとるのう。仕方あるまい。奴らは見たことがなかろうから。
――シロは、見たことあるんだね?
――じいちゃんだからの。『屍人』とでも言おうか。動けなくなるまで、徹底的に砕くしかあるまい。
――わかった。
私は唾を呑みこむ。
白い騎士が、じりり、と動く。
後ろのほうで、アクアリオの声がした。
『――知ってたよ。昔、君はわたしのことが好きだった。だから女と逃げるわたしを許せなかった。わたしの名誉とか、死後とか、どうでもよかった。悔しくて殺したんだ。そうだろ?』
…………………………?
……………………は?
え、今、なんて?
今さら、なんて?
十代のフィニスに自分を殺させた奴が、今、なんて言いました?
ううううう、振り返りたいけど、振り返れないのがつらい!!
『君は出世した。そして、きれいになった。ねえ、今ならわかるだろ? 人に好かれやすくふるまうのは戦略なんだって。好かれたら楽ができる。だけど、好かれたからって全員を本気で愛することなんかできないよね』
フィニスの答えはない。
アクアリオの甘い声だけが続く。
『今の君なら、わたしのことがわかるはずだ。なのに……もう一度、殺すのかい?』
「だあああああああ!! お前が!! それを!! 言うかーーーーー!?」
私は雄叫びをあげた。
目の前の白い騎士がびくっとする。
その胸に、ひと思いに剣を突き立てた。
剣の柄を握ったまま、思いっきり振り返る!!
『!!!!????』
私の剣に刺さった白い騎士は、頭からアクアリオの背中に突っこんだ。
『何……!?』
前のめりになるアクアリオ。
その後頭部に、フィニスが剣をたたきつけた。
ぱり、りりりりん――と、鈴みたいな音が立つ。
アクアリオの頭は無数の白い破片になって、ぱあっと辺りに散らばっていく。
「フィニスさま!」
私は、フィニスを呼んだ。
フィニスは私がぶん投げた騎士にもとどめを刺し、静かに言う。
「アクアリオだった。本人だ。左手もなかった」
フィニスの横顔が幼い。
困り果てた子どもの顔だ。
アクアリオ、許さない。
大体さーーーー、相手の気持ちがわかるのと、相手をゆるせるのは、まったく別の話じゃない!?
気持ちがわかっても、ゆるす必要、なし!!!!
ひどいことされたんなら、恨んでてよし!!!!
忘れられたら、もっとよし!!!!
どっちにしろ、アクアリオは死んでるんだから。
「どんな魔法かわからないけど、アクアリオさんご本人なんでしょう。昔に、死んだ人です」
私はなるべくはっきり言った。
フィニスは視線を上げる。
私たちの目が合う。
いいんですよ、フィニスさま。
あなたは、憎んでていいんだ。
「ああ。そうだ。彼はとっくに、死んでいる」
フィニスはゆっくりと言い、そっとまつげを伏せた。
「……これがシロの言う外法とやらの結果なら、対策を講じなければならない」
あ、いつもの完全完璧美声だ。
私はほっと息を吐いた。
「ひとまずルビンに見解を――と思ったら、来たな」
「あっ、ほんとだ。めちゃくちゃ遠くからでもよく見えますね。馬に乗った赤と青」
私もフィニスと同じ方向を見る。
ド派手なルビンを先頭に、数騎。屍人たちを蹴倒しながらこっちへやってくる。
火花が散って派手な音がしてるのは、銃かな。
魔法使いだけが携帯する武器だ。
「あいつの派手好みは理解できん。多分、子どものころ泥とか枯れかけた草みたいな色の服しか着なかった反動だろう」
「あれ?『楽園』では、今でも灰色のドロドロ服着てましたよ?」
「本当か? いやみでクソ高い私服でも送ってやるか」
「それより、フィニスさまのお古のほうが喜ぶとは思います」
「…………?」
「おーーーーーい!! そこ、ろくでもない話をしているな!? 聞こえてるからな? なんなのだ、せっかくこの、大魔法使いルビンさまがやってきたというのに!!」
ルビンが私たちの前に馬を止める。
お目付役のトラバントが怒鳴った。
「状況は魔道通信の通り! 敵の本隊は総崩れですが、外法の影響でこっちにも被害が拡大してます! ほんともう、これ以降は魔法使いだけで戦争やらせません? それで全部解決しません!?」
「トラバント、お疲れさま……今度、胃にいいお茶あげるね」
ほろりとする私。フィニスですら、ちょっと可哀想なものを見る目になる。
「そうしたいのは山々だが、こいつら大技は十日に一回しか無理とか場所がどうだ方向はどうだとか飯がまずいとか、とにかくうるさい。『策を弄せばたまーに使える生きた攻城兵器』だ。そう思え」
「知ってます。知ってますけどね……!!」
「貴様ら、ほんと勝手なこと言っとるな~。それはともかく、実に面白いことになった。死者の復活か? 過去にも記録はあるが、これほど大規模、かつ意図的に戦争に組みこまれたものは初めてだ。敵も無策でやってきたわけではないということだ!! 面白くなってきたぞ、ふはははははは!!」
ルビンって相変わらず、一切空気読まないね!!
フィニスのこめかみに、びき、と青筋が立ったのが見えた。
「対策は?」
低い声で聞くフィニス。
ルビンはさらに胸を張る。
「ひとまず、ない!!」
「ええええ!? 役立たずでは!?」
私は思わず叫んだ。
「アホ!! ひとまずと言っただろうが! 見て即対策が立つことばかりなら、『楽園』なんぞいらんのだ!!」
ルビンは怒鳴り、銃帯につけた銃を抜く。
近寄ってきた死者の頭に銃口を向け、雑に引き金を引く。
死者の頭は、アクアリオのそれと同じように、きれいに砕けた。
ルビンは堂々と告げる。
「ひとまず、これからありったけの火薬でこの一帯の魔法の力を最低まで押し下げる!! 太古の諸々は火薬の火を嫌うからな」
「はああ!? そんなことしたら、こっちの魔法も使えなくなりますよね? 少なくとも通信だけは維持したいんですけど!」
トラバントが血相を変える。
ルビンはあっけらかんと続けた。
「そんなもんは貴様らでどうにかしろ!! おすすめは、『とっとと尻尾を巻いて逃げる』だ!! さあ、早く撤退命令を出せ!! 対策は帰った後だ、後!!」




