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第74話 ザクトって、案外強いんですね!?

 どどどどどど、と、ものすごい地響きが伝わってくる。

 それと入り交じって、おおおおおおお、という人々の雄叫び。

 まるで雪崩か土石流みたいだ。

 これ、湖の氷、割れないのかな!?


 ――ほとんど底まで凍っておる。その心配はあるまい。なんならうっすら土かぶっておるし、寒冷地を好むコケも生えとる。


 ――それでも溶けない湖って、一体なんなの?


 ――さてのー。ま、この辺りでは有名な古戦場じゃ。敵騎兵はこっちのど真ん中を突っ切る気で突進してきとる。基本戦術だの。


 シロは面白そうに首を伸ばして言う。

 そのくらいなら、私も知ってる。

 今世では、すきあらば図書室で好きな本を読んだから。


 戦争の基本は、とにかく数だ。

 数が多いほうが勝つ。

 ものすごく簡単な話。

 じゃあどうやったら勝てるのかっていうと、『相手の数を減らす』わけ。

 減らす方法は色々あるけど、『分断』も、そのひとつ。

 どんな大軍だってひとりひとりの人間が集まってできてるわけでしょう?

 だったら、万より千、千より百、百より十って感じで小さな集団に分断する。これを一個ずつ叩けば、敵は『大軍』じゃなくなるわけ。

 で、分断のメジャーな方法が騎兵の突撃。

 圧倒的な速さと攻撃力で、敵を真っ二つに切り分ける。


 今回の敵の狙いも、それです。


 ザクトは、敵騎兵を見てもゆるがなかった。

 軽く片手をあげて叫ぶ。


「全員、弓構え!! で、構えた奴からテキトーに射ろ!! じゃんじゃん射ろ!!」


「て、テキトーだね!!??」


 ざっくり指示に叫びつつ、私は弓を構える。

 辺りの騎士たちも、歩兵たちも、みんなばらばらの動きで弓を構える。

 みっともないくらいばらっばらに飛んだ矢は――量が多かった。

 目の前がちょっと暗くなるくらい、多い。

 

 ――ふむ。両側に伏せてる味方も、同じように矢を射ておる。突撃中の騎兵は避けられん。


 ――だね。普通は、騎兵の速さを生かして突っ切っちゃうんだろうけど……。


 今は矢の数が多すぎる。

 私たちが射た矢は、次々と馬や騎士に当たった。

 あっちこっちで馬がもがき、派手に倒れる。

 

「貴様ら……!! 騎士ならば堂々と出てこい!! 見てくれだけのなまくらが恥ずかしいか!! ――ひぃ!?」


 威勢よく叫んで飛び出した敵騎士。

 その足下に、ジークが放った矢が落ちた。

 直後、ぼんっ!! と音がして、矢から炎が燃え上がる!

 ぶるるるるる! と馬が前足を跳ね上げ、騎士は馬から転がり落ちた。


「相変わらずいい腕だな、ジーク!!」


 ザクトがうきうきと叫ぶ。

 ジークは素早く次の矢を放ってから言う。


「君が挑発に乗って一騎打ちすると困るからね」


「えっ、俺、そこまでアホだと思われてる?」


「そこまでアホだとは思ってないよ。でも、一騎打ち好きでしょ?」


「大好き!!!!」


「させないから」


 喋ってる間にジークが射た矢は、五本? 六本かな。

 とにかく速い。

 敵も矢を打ち始めていたけど、石弓なんだろうな。

 つがえるのが遅いし、私たちは全然動いてないから、ぎりぎり射程外だ。


「ジーク、今爆発したのって、魔法の矢?」


 私は聞く。

 ジークはもう一本放ってから、うなずいた。


「そう。セレーナも要る? ちなみに一本の値段、僕らの月給と同じ」


「遠慮しときます!!」


 そんなの、緊張で絶対外す!!

 私は震え上がり、ザクトは言う。


「さーて、そろそろ充分に敵騎兵は突出した! そろそろ本番だ。さっき言った通り、セレーナは俺と一緒だからね」


「わかった! 頑張ります……!!」


「大丈夫大丈夫、セレーナは狼と仲いいから、ぜってー上手くいく!」


 うう、ザクトのこの軽ーい感じ、癒やしだなあ。

 と、思った直後。

 耳の奥がきぃーん、とした。

 

 ――咆吼のときだ。身構えよ。


 頭の中で響く声。

 これ、フィニスの声だ。

 魔法使いたちが、私たちの後方にいるフィニスの声を、味方全員に届けている。

 そして。


 ぐるるるるる。


 狼のうなりが聞こえた、気がした。


「黒狼騎士団、第一隊!! 全員、抜剣!!!!」


 ザクトが嬉しそうに吠える。

 私はいつものレイピアじゃなく、背負ってきた魔法剣を抜いた。

 重いはずのそれは、なまあたたかくて、びっくりするほど軽い。

 

 ――セレーナちゃん、剣の制御はわしにぶん投げてええぞ。並みの狼なら重さを制御することくらいしかせんが、わしはこう見えて竜じゃしのー。棒きれ動かすくらい、朝飯前じゃ。


 ――ううん。私も、重さだけ制御してくれたらいいよ。私のやったことをシロのせいにしたくない。


 ――なるほど、若さじゃのー。青くさいのう。その青さは、好きじゃぞ。


 シロが笑う。

 直後、風が吹いた。

 真っ黒な、疾風が!!


「セレーナ!!」


 ザクトの声。

 私は、黒い風に手を伸ばす。

 温かいものに触れる。その中の、硬いものを掴む。

 これは、狼の首輪だ。

 背後に潜んでいた黒狼たちが、一気に私たちのところに駆けこんできたんだ。

 私たちはその首輪をひっつかみ、巨大な狼にしがみつく!!


「死んでも放すなよ!!」


「はいっ!!」


 ザクトの声に、必死に返す。

 訓練のとおり、あぶみを捜して、つま先をかける。

 ものすごいゆれ。視界の端で、ザクトの赤毛が躍る。

 私たち二人をくっつけたまま、黒狼はすさまじい速度でつっこんでいく。

 敵のもとへ!!

 

「ひいいい!!」


「煙玉だ!! 狼の嫌う煙を!! ぐうっ……!」


 あわてふためく敵。

 黒狼騎士の大剣がひらめき、軽々と生き残りの騎兵たちを斬り伏せていく。

 私はしがみついているので精一杯。

 でも、やっとわかった。

 作戦を聞いたときはぴんとこなかったけど、敵も黒狼を警戒してたんだ。

 だからこそ、味方は最初、黒狼を隠した。

 敵に、騎兵の数と歩兵の数を数え間違えさせるため。


 そして――。


「卑怯者どもが!! このウコール・プラトーノヴォチ・ボードゥレフが相手である!!」


 ひとり、踏みとどまる敵騎兵がいた。

 両刃の戦斧を掲げ、歯を剥きだして怒鳴る大男。

 馬も大きくて立派だし、周りには貴族の紋章を掲げた旗持ちがいる。かなりの貴族なんだろう。


「おー! 割と強そうじゃん!!」


 ザクトは楽しげに怒鳴った。

 ザクトの心を読んだ狼は、大地に爪を立てて急停止する。


「っ……!!」


 ものすごい反動で、私は振り落とされないように必死だった。

 でも、ザクトはその反動を利用して――跳んだ!!


「何っ!!」


 敵が目をむく。

 その両目の真ん中に、落下してきたザクトの刃が触れる。

 

「…………!!」


 ……わ、わあ……。わあ……。

 わあああああああ…………。


「おっ、きれいに真っ二つ!! えーっと、うご? うごーる? うこーる? だっけ? お前、名前なげえんだわ」


 敵を馬ごと両断したザクトは、けらけらと笑って敵にツッコミを入れた。

 ひ、ひええ……。案外どころじゃなく、ザクト、強いね!?

 あ、でも、横からジークにはたかれた。


「何かっこつけてんの。馬まで殺すことないでしょ!! 軍馬は資源!!」


「ごめんごめん、なんかやる気があふれすぎちゃって、うっかり体が動いたわ!!」


「私はむしろ、びっくりして動きが止まったよ!!」


 私は怒鳴る。ザクトは明るく笑った。

 びっくりした。びっくりはしたけど、とにかく、強い。

 この調子なら、きっといけるのかもしれない。

 最低限の損害で、この戦争の先へ。


 運命の冬へ――!

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