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第72話 今度は隣国と戦争ですか?

「戦争、ですか?」


 きょとん、として私は言う。

 トラバントはわざとらしくうなずいた。


「そうなんですよ。実は僕らの本業、戦争と布教だったんです。びっくりしました?」


「完全に忘れてました」


 私は素直に言った。

 ここは東部辺境、黒狼騎士団団長執務室だ。

 収穫祭の数日後、私はこの部屋に呼ばれた。

 そして、聞かされたわけ。

 

 戦争が始まる、ってことを。


 戦争。

 ……戦争。戦争か。

 せ、戦争かああああ!!

 それってつまり、フィニスが傷ついたり傷つけたりするってことだね!?

 なんなら、殺したり殺されたりもするわけだね!?

 この宇宙の奇跡が! 美の固まりが! 万能空気清浄装置が!!

 刃物で、野菜や果物みたいに切ったり切られたり……。


「今さらながら、すっごい怖いですね、戦争!!」


 私が叫ぶと、びき、とトラバントのこめかみに血管が浮いた。


「で、しょうね!! 春から平和が続いてましたから、すっかり神さま呼び出しては焼いて食う集団みたいになってましたし。だけどこれが現実です! 気合い入れなさい!!」


「はい! 了解、です!!」


 私はあわてて敬礼する。

 覚悟ができてないわけじゃない、と、思う。

 でもあんまりにも唐突だ。

 ついさっきまで、いつも通りバカ言いながらご飯食べてたのに。


「でもそういえば、昨晩からめっちゃ帝都の馬車が来てましたね」


「そういうことだ」


 フィニスがつぶやく。

 彼は執務机の向こうに座っていた。

 トラバントは、執務室を歩き回りながら続ける。


「敵はカグターニ大公国。スヴィル帝国の属国で、もちろん異教徒です。ずーっとこの辺の領地をとったりとられたりしてる相手ですから、開戦の理由はそれだけでも充分ですが、おそらくスヴィルとの関係で色々あったんでしょう。去年の不作も響いてる。それと――」


「皇帝の不在がバレたな」


 フィニスが口をはさんだ。

 トラバントは軽く肩をすくめる。


「です。こっちがゴタゴタしてる隙に国境線を変える気だ。昨晩遅く、カグターニ大公国ただいま侵攻準備中、と『楽園』より第一報が入りました」


「で? 先にこっちから相手を殲滅せよ、か?」


「『完璧な布教を期待している』そうです。つまり、いけそうだったら逆侵攻して徹底破壊」


「いつもの『楽園』だな」


 フィニスが唇だけで笑う。

 ――完璧な布教、かあ。

 最初は多分、そのまんまの意味だったんだろうな。


 このリビストーク大陸は、宗教的にばっきり二分されている。

 六門教を信じる国と、信じない国。

 私たちのいる黒狼騎士団本部より東は、六門教を信じない国だ。


『楽園』の魔道士たちは、六門教の司祭でもある。

 昔は東方の『異教の地』でもせっせと平和的な布教をしていて、黒狼騎士団は布教中の魔道士を護衛するために作られたらしい。

 だけど他の大陸の影響が濃い東方での布教は難航。武力衝突が起こる。

 最終的には魔道士たちも、「異教徒を殺して左手を『楽園』に届けてやることで、来世は六門教徒になる! いっぱい殺して布教完了!!」とか、雑な感じになったんだそうだ。


 そんなこんなで現在、黒狼騎士団は、帝国一の武力集団になった。


「どちらにせよ衝突回避は不可能。敵の準備が整う前に叩くしかないだろう。こっちの準備は最速でやってるな?『楽園』から援護の魔道士は何人来る?」


 フィニス、慣れてるな。

 こういうことに、慣れている。

 返すトラバントも、慣れている。


「ルビン猊下が大喜びではせ参じるそうです。となると、あとはザコが数名でしょう」


「構わない。半端なのが十人二十人来ても守りきれん。ルビンとザコ数名なら、少なくともルビンだけは死なないから楽だ」


 ひぇ~、ルビン、すっごい信頼されてるな!

 でも、よく聞くと、怖いこと言ってるな……。

 大丈夫ですか? そのザコ数名は死んで当然みたいになってませんか?

 私が耳を澄ませていると、フィニスがこっちを見た。


「セレーナ、質問は?」


「ひゃっ! あっ、はい!! 久しぶりに氷みたいな視線を向けられてありがたみのあまり這いつくばらないように必死ですけど……えーっと、出陣のときは私、ザクトの隊でいいんでしょうか? 訓練はいつもそうですけど」


 私は言う。

 フィニスは考えこんだ。


「……配置するならそうなるな。だが、無理に着いてこいとは言えない」


「えっ!! まさか、置いてく気ですか!? あなたの盟約者を!?」


 思わず声が大きくなる。


「そう言うと思っていた」


 フィニスはかすかに微笑んで言う。

 トラバントは肩をすくめた。


「そのへんはお二人でどうにかしてください。僕は準備の指揮を執ってきます」


「任せた」


 トラバントが出ていき、ぱたん、と扉が閉まる。

 私は勢いよく続けた。


「私、戦場のフィニスさまのおそばにいるために騎士になったんです! お嬢さまのままじゃ絶対について行けないところまでついていきたかったから。ついていって、戦場のフィニスさまの頭の先からブーツのつま先までをこの目に焼きつけるために、あ、あと、戦場の空気とか土の匂いとかをこの鼻に焼きつけるために、あとあとあとですね、声も! 靴音も! とにかくあらゆる情報を頭からじゃぶじゃぶ浴びる気満々で来てるんです!!」


「……そう言うと思っていた」


 えっ、ほんと?

 フィニスも随分私に慣れたな。


 フィニスは立ち上がった。

 椅子の後ろからするっと黒狼のロカイが出てきて、彼に付き従う。

 フィニスはゆっくりと、私に歩みよってくる。


「ではセレーナ・フランカルディ。我が盟約者よ。お前はザクトの指揮下に入れ」


 地の底から響くみたいな美声。

 つめたい、靴音。

 天窓からの光で、金の瞳がぎらっと光る。

 私は――私は、なんだか、ぐらぐらした。


「共に、血の滴る道を行こう」


 ものすごい、甘い、囁き。

 待って、待って。体の芯から、ぶるっと来た。

 ぼうっとしてしまった私に、フィニスはやさしく手をさしのべる。

 一緒に、行きたいです。どこまでも、一緒に行きたいです。

 この手にすがって、ひざまずいて、口づけて。

 あなたと一緒に死にます、って言いたい。

 そうしたら、怖くなくなる気がする。

 うっとり戦場に行ける気がする。


 ――でも、だから。

 私はひざまずかないことにした。


「はい。必ず、お守りいたします」


 無神経に、にっこり笑う。

 フィニスはゆっくりまばたきした。


「逆だ。わたしが守る。最初からそう言っている」


「はい。知ってます。あなたは私を守ってくれる」


 私は断言する。

 フィニスは黙ってしまう。

 そうして、少し困った風情で言う。


「――君は、たまに、不思議な目をする」


「気づきました? 今日のフィニスさま、まつげに寝癖ついてるんですよ。あまりにうかつ可愛いのでガン見しててすみません。それでご相談なんですが、戦闘になるときは寝癖つけないでもらっていいですか? 私がよそ見で死ぬ可能性があるんで」


「全力で努力しよう。……それはともかく、わたしは、君の目を知っている気がする」


 どくん、と心臓の音が響いた。

 え?

 え? それって……どういうこと?


「それって、私のことを知ってる、ってことですか? それはないと思います。私、全然社交界に出てなかったので」


 明るく否定しながら、私はぎゅっと拳を握る。

 どくん、どくんと心臓は鳴り続けている。

 どういうことなんだろう。

 フィニスが、私を知っている?

 そんなことない。あるわけない。きっと勘違いか人違いだ。

 そうに決まってる。

 そうじゃなきゃ、おかしい。


「確かに、知っているはずがないんだ。――多分、夢にみたんだろう。わたしはよく、夢をみる」


 フィニスはつぶやく。

 私はなぜか、彼の腕をつかんだ。


「私はここにいます、フィニスさま」


「……? もちろんだ」


 フィニスが私を見下ろす。

 金眼の中に、私がいる。

 私が。二度目の、私が。


「夢の中ではなくて、ここに」


 変な力が入ってしまう。

 私、どうしてこんなこと言ってるんだろう。

 なんでだろう。わからない。


 ただ、彼が、妙に遠くを見ている気がした――。


「フィニスーーーーーーーーー!!!! 元気そうで何よりだ!!」


 ばぁん!! と扉を蹴倒し、ルビンが入ってくる。

 私は慌てて手を引っこめた。

 フィニスは虫を見る目をルビンに向けた。


「早すぎる。そんなに殺しが楽しみか」


 ド派手な正装のルビンは、目を輝かせて言い放つ。


「ふははははは、もちろん楽しみに決まっている!! お前と共に征く戦場ならば!! あらゆる殺しも残虐も、六門教と天書の名のもとに、このルビンが許してやろうではないか!!」

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