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第71話 紅葉狩りって、食べるものでしたっけ?

「すっとんきょうな話だな。子どもだましだ」


 フィニスはそっけない。

 それは、もちろん、そうなんですけど。

 私はのろのろと口を開く。


「……子どもはだまされます。っていうか、夢中になります。だからダメ」


「セレーナ」


 フィニスが私を見る。

 私は、ちょっとの間、フィニスを見れない。


 申し訳ないけど、フィニスのお父さん、全然好きになれないな。

 小鳥ちゃんにこんなことさせてる時点で、最低だけど。

 認知しないで、名前もあげないで。

 夢だけはみさせてるの、ひどくない?


 自分は何かの役に立つ。

 自分の不自由は何かのためだ。

 その『何か』のために、死になさい。

 貴族の家としても、まあまあ、珍しくない教育ですけど。


 私は、きらいです。


「いざというときには戦って、楽園や名誉のために死ぬんですよ、っていう教育ならわかります。貴族ってそういうものです。でも、小さい子から何もかも奪ったあげく『死は誇りだ』っていう光だけ見せるのは、違うと思います。手足を切って、気持ちよくなる痛み止めをあげてるみたい」


 うう。本当のことを言ってしまった。

 小鳥ちゃんの夢を、殴りつけてしまった。

 フィニスも似たような育てられ方なのかな、と思ったら、がまんできなかった。

 余計なものを全部奪って、大人にとって都合がいいコマにする。

 あなたも、そうだったのかな。


「……私は、自分の大切なひとには、しあわせに長生きしてほしい。世界なんか救わなくていいです」


 私は言う。

 小鳥ちゃんにも、フィニスにも長生きしてほしいなって思いながら。

 それって私のわがままだなって思いながら、言う。

 男の子たちは、ボロボロになって、誇り高く死ぬほうがいいのかもしれない。

 ……私は、本当に、わがままだ。


「――おいで、小鳥」


「……?」


 小鳥ちゃんが首をかしげる。

 フィニスは、小鳥ちゃんに手をさしのべていた。

 指の長い、きれいな――でも、剣を握るひとの、皮の硬くなった手だった。

 小鳥ちゃんは、逆らわなかった。そっとフィニスの手を取り、顔を見上げる。


「にいさまは、思っていたのと、ちょっと違いますね」


「父上はわたしのことをなんと言っていた?」


「最高傑作。美しく、残酷で、ゆらがない。人々を見知らぬ明日へ連れて行ける」


「なるほど。それが、あのひとの作りたかったわたしか」


 フィニスは鼻で笑う。

 小鳥ちゃんは続けた。


「にいさまは、聞いていたより優しすぎる。僕はにいさまを窮地に追いこみます。にいさまは、今すぐにでも僕を殺して湖に沈めるべきだ。あそこには神さまがいるんでしょう? 僕を食べてこの世界の一部にしてくれる。怖くはないです」


 かなしい。

 ……かなしいな。

 なんで、小鳥ちゃんがこんなこと言わなきゃいけないんだろ。

 こんなことまでして、守らなきゃいけないものって、なんだろ。

 一代限りの帝位が、そんなに大事?


「生まれてから、ずっと窮地だった」


 フィニスが囁く。

 私は、フィニスを見た。

 小鳥ちゃんも、ずっとフィニスを見ている。

 フィニスは、小鳥ちゃんの頭をくしゃくしゃっと撫でて笑った。


「生きたお前を見ていると、少しだけ息ができる」


 ――フィニスさま。

 なんて顔で笑うの。心から嬉しそうに。

 子どもみたいに。

 胸が、苦しい。


「僕」

 

 小鳥ちゃんの声がとぎれる。

 フィニスはそのまま、小鳥ちゃんをぎゅっと抱きしめた。

 小鳥ちゃんはちょっともぞもぞしていたけど、やがて抵抗を諦める。

 かわりに、ぎゅううっとフィニスにしがみついた。


「ふ……ふええええええーーーーん!! 悲しい、悲しいですわ!!」


「あ、そういえばいたんだっけ、フローリンデ」


 ライサンダー家の秘密、めっちゃ漏れてるな。

 まあ、私がどうにかしよう。

 私はがっしとフローリンデの肩をつかんだ。


「フローリンデ。兄弟萌えもいけるほうなんだね」


「むしろめっちゃ弱いですわ!! うるわしく禁欲的で切っても切れぬ絆が残酷で尊い~~!! うえええええん!!」


「そうだよね、わかる、わかるよフローリンデ!! 私たち、一生このうるわしい兄弟を応援していこうね!!」


「しますうううう!! なんならわたくしの美少年軍団に就職していただいてもよくってよ!!」


「うん、それはやめとこうか、いろんな意味で」


 私が微笑んだ、そのとき。

 湖のほうがどよめいた。


『おおーーーーーっと、出ました!! 驚異の合計点千点越え!! 来ますよ、紅葉が!!』


「紅葉? っていうか、点数無茶苦茶になってない?」


 窓からのぞくと、湖面から何かが立ち上がるところだった。

 ざぱあああああああ!! と水を振り落として立ち上がったのは……。

 えー。

 えー………………。

 葉っぱ。

 湖面に落ちた、紅葉した葉っぱですね。

 たくさんの葉っぱが繋がって、ペラッペラ、ふらっふらしながら湖面に直立してます。


 ……なんだ、これは??????


「行けーーーー!! 今年の紅葉狩り優勝は、犬カフェ班が頂くぞ!!」


「「「うおおおおおおーーーーーー!!」」」


 シュゼの号令で、犬耳をつけた騎士たちが一斉に小舟でスタートする。

 太古の神さまって、基本、狩られる運命なのかな。


「さすがの辺境、いい感じで野蛮ですわ~。でも、成人男性の犬耳、案外いいですわね」


「フローリンデの許容範囲のバカでかさ、私、好きだよ」


「わたくしはセレーナのすべてがすき、ですわ!」


 フローリンデはかわいく片目をつむる。

 うう、かーわいーなあ!! かわいいかわいい。腰抱いて頭なでたい!

 でもがまん、がまん!! フィニスがめっちゃこっち見てるしね!

 小鳥ちゃんは首をかしげた。


「……あんなぺらぺらじゃ、食べてもらえないね」


 フィニスはぽすっと小鳥ちゃんの頭に手を置く。


「あれは、軽くあぶると結構美味い。てきとうに持ってこさせよう」


「むしろ食べるんだ!? えっ、一応神さま、ですよね? お腹壊しませんか、それ!?」


 叫ぶ私。フィニスは淡々と返す。


「ついでに山ほど酒を飲むと、腹を壊した原因がうやむやになってちょうどいいぞ」


「壊してる!! それ、絶対壊してるよ!! お腹を大事にしてーーーー!!」


 私の叫びもむなしく、騎士たちは元気に火を起こし始めていた。



 そしてこれが、フィニスが単なる「黒狼騎士団長」として参加した、騎士団最後の公式行事になったのでした。

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