第70話 超変形水陸両用ドレスのお披露目です!
「待って、シロ! 神さまがいる湖で、飛び込み大会なんかしていいの!?」
――さてのー。わしが湖の神だったら、ブチギレ案件じゃがのー。
「だよね、そうだよね!! でももう止められる気がしないよ!!」
私は走りながら叫ぶ。
フィニスは、小鳥ちゃんを小脇に抱えたまま叫んだ。
「そろそろ着くぞ!!」
回廊の下を抜けると、湖!!
紅葉し始めた森に囲まれた、深い緑の湖だ。
そこにびっしりむらがった人、人、人!
「フィニスさまーーーー!!」
「お待ちしておりました、お美しい!!」
「早く優勝してください、美味い酒が飲みたい!!」
勝手に盛り上がる騎士たち。
巻きこまれたお客さんたちは――ノリノリが三分の二、残りがドン引きですね。
まあ、いい数字だと思うよ。
「東部辺境は野蛮とは聞いておりましたが、噂以上じゃありません……?」
「そうだな。さすがにこれは、ご婦人に見せるものではないような……」
囁きあう男女。
そこに、ぐい、とご令嬢が入ってくる。
「まったくですわ!! こんな大会、言語道断!! 何より品が足りません」
「そうですわよね!! あなたは、ええと、ヴェーザー家のお嬢さん。フローリンデね」
貴婦人は大喜びで言う。
対するフローリンデは、きれいに一礼した。
「お見知りおきいただいて光栄ですわ。この湖の神は、女性の生け贄を欲しているとのこと。でしたら、やはりここはわたくしたちが体をはらないと筋が通らないのではありませんこと?」
「えっ? それって、つまり?」
「ふふ。このフローリンデ・ヴェーザー、飛び込みの一番手を務めさせていただきます!!!!」
「「「「おおおおおおーーーーーー!!」」」」
女装騎士たちは盛り上がり、トラバントが拡声器を持って走ってくる。
『フローリンデ嬢、まさかの飛び込み大会への殴り込みです!! もはやここは無法地帯! 強い者だけが生き残る大地!! ますます盛り上がって参りました!!!!』
トラバントは私たちに軽く合図をした。
これは……フローリンデが注目を集めてるうちに、隠れろってことかな?
それはありがたいけど。
でも。
「ご覧あれ、わたくしの優美な着水を……!!」
ばっ!! と華麗に宙に舞うフローリンデ。
広がるドレス。
どよめく人々。
「い、いやいやいや!! フローリンデ!!」
ドレスで水泳は無理だよ!!
そう思ったときには、私も走っていた。
桟橋を蹴って、跳ぶ!
冷たい。水。泡。
目を開く。
フローリンデの姿は……。
あれ? 見えないな。
「ぷは!! フローリンデ!?」
湖面に浮かび上がる。
そこには、きらめく金色の水鳥が浮かんでいました。
「!!??」
「セレーナ、大丈夫ですの!? つかまってください、私の水陸両用完全変形水鳥ドレスに!!」
「フローリンデ、ドレスのとんちきレベルがあがってない!? そもそもどうしてこんな事態が予測できたの!?」
「予測はしてませんでしたけど、辺境は危険だと聞きましたから。万全の準備をしたまでですわ。ほら、ここには携帯食料が入ってるんですのよ」
ドレスの謎機構で湖面に浮かびながら、フローリンデはお菓子を引っ張り出す。
元気そうで何よりです。
岸ではトラバントが舌打ちし、拡声器で喋る。
『いきなりの大技が出ましたが、採点はフラウエン伯爵にお願いいたしましょう』
トラバントは拡声器を貴族に押しつけた。
フラウエン伯爵は、さっき文句を言ってたひとだ。
『えっ、わたし? できないよ、わたし。割とまじめで通してて、こういうノリはあんまり、その、ええっと、す、素晴らしい演技であった。意外性という点では満点と言っていい! しかし技術に偏りすぎ、飛びこむ際の芸術性には欠けがあった。よって、技術点十点!! 芸術点八点とする!!』
『いきなりの高得点です!! さあ、あとに続く者は!?』
……なんだかんだ、みんなノリがいいんだよなぁ。えらいなあ。
私は遠い目で岸の盛り上がりを眺める。
そのとき、湖面にすっと白い顔が浮かんだ。
「ひゃっ!? だ、誰ですの!?」
「あっ、小鳥ちゃん!」
フローリンデはおびえ、私は声をかける。
音もなく泳いできたのは、フィニスの弟。小鳥ちゃんだ。
「静かに。こっち」
小鳥ちゃんは唇に指をあてて囁く。
彼はフローリンデの水陸両用ドレスを押して、そっと湖の岸につけた。
私たちはこっそり上陸し、狭い階段を上る。
階段の果て、小さな塔の部屋でフィニスが待っていた。
「無事で何よりだ」
「フィニスさま!! フィニスさまこそ、ご無事で。ひぇっ!!」
駆け寄ろうとして、奇声を上げる私。
フィニスの顔がけわしくなる。
「どうした、セレーナ。負傷か」
「いえ、その、あの、お化粧取っちゃったんですね……!?」
「ん? ああ、すまない。どうにも皮膚がぺたぺたして耐えきれなかった。もう一回するか?」
フィニスは自分の顔を手ですりすりして首をかしげる。
私は慌てて首を振った。
「大丈夫です、単に、その、普段のお顔になると、まれに見る露出度がまぶしくてですね!!」
そうなんです、お化粧はとったけどドレスはそのままなので。
な、なんかこう、ええっと、星座神話の男神みたいで、これはこれで戸惑いますね!!!!
フィニスはちょっとほっとしたようだ。
「なるほど。普通に寒いな、これ。へくちっ」
「はーーーーーー!!?? くしゃみかわいいか!!!!????」
いけない、叫びが野太くなった!!
いやでも、野太くなるとこだろ、ここは!!
「くっ、セレーナ!! 実はわたくしもくしゃみがかわいいんですのよ」
フローリンデがなぜか袖を引いてくる。
私はその手をがしっと握った。
「フローリンデは生きてるだけでかわいいよ、大丈夫だよ!!」
「まあ!! そんなことをおっしゃいながら、視線はフィニスさまに釘付けじゃありませんの!?」
「ごめんね、フローリンデ。視覚の暴力なんだよ、あのひと。たとえるなら、いっぱい釘を打った棍棒で視覚をガンガンぶん殴ってくる系の美形なんだよ!!」
「くぅっ、その暴力的な比喩、好みじゃないのに生の実感が伝わりすぎますわ!!」
「……わたしにだけ伝わってこない。さみしい」
ううううう、フィニスがしょぼんとしている!!
なぐさめたいけど、フローリンデを放り出せない!
どうしたら?
どうしたら???
私が固まっていると、小鳥ちゃんが口を開いた。
「……楽しそう」
「小鳥。――ずっとこの呼び方もなんだな。父には名をもらったのか?」
フィニスは言い、小鳥ちゃんに布を放った。
小鳥ちゃんはもそもそと頭をふきながら言う。
「いいえ。僕は生まれなかったはずの子どもですし、いないはずの子どもです。ライサンダー家にはそういう人間も必要なんだって、父さんはいつも言ってました。お前は長生きはしないだろうけど、この世界を救う人間のひとりだって」
「世界を救う、って」
私はつぶやく。
……よりによって、その言い方は、ひどくないですか?




