第67話 このお客さんたち、みんなフィニスさま目当てですか!?
さて、そんなこんなで収穫祭の日。
「やった……」
「やりましたわ……!!」
私とフローリンデは、小冊子を窓に掲げた。
「手書き、手製本、手箔押し!! フローリンデ、この輝く表紙を見て!」
「最高ですわ! 中身は書きためたものの傑作選、前書きと後書きは徹夜テンションの対談!!」
「限定二冊の奇跡の薄い本! やったね、私たち!!」
「セレーナ、やはりあなたは天才ですわ……!! 豊富な語彙と語彙消失をたくみに使い分け、恋情を大胆に描き出して見せる天才!!」
「フローリンデはキャラの書き方がいい!! さすが普段から妄想小説を書き慣れてるだけあって、キャラクターがその場で生きてるみたいにどんどん新しい面を見せてくれる……とにかく最高」
「セレーナ……」
「フローリンデ」
私たちはがしっと抱き合った。
はあ、フローリンデ、あったかくてやわらかいな。
達成感すごいな。しあわせだな。
ふわわ。
……ねむい。
「……お祭りはお昼近くからだし、ちょっと寝よっか?」
「わたくしも、ちょうどそう言おうと思っていたところでしたわ……」
――それがいいそれがいい、と言いたいとこじゃが、どうも外が騒がしいの。
「ん? 外?」
シロに言われて扉を見る。
次の瞬間、ばーん!! と扉が開いた。
「セレーナ! あっ、ごめん、邪魔だった……?」
飛びこんできたのはジークだ。
抱き合う私たちに赤くなる。
「どうしたの、ジーク。徹夜明けだから、寝よっかって話してただけだよ」
「そうですわ。ついでに役得でセレーナをぎゅっとしてただけです」
「そ、そう? あの、外がすごいことになってて」
「すごいこと? また、四番さまみたいなのが来たとか!?」
「そうじゃないよ、人間。収穫祭のお客さんが山ほど来ちゃったんだ。前代未聞なくらい!!」
「人間が、こんなド田舎に!? なんだってそんな。……あ」
そこまで言って、ぴん、と来た。
そっか。
みんな、フィニス目当てなんだ。
□■□
「フィニスさま、ご無事ですか!?」
「セレーナ。死にたい」
「めちゃくちゃ弱気じゃないですか!! と、とにかく外は?」
私は前庭を見下ろす塔で、フィニスと合流する。
矢狭間から前庭をのぞくと――うわあ。
な、なんだこりゃ。
豪華な馬車が大渋滞。
次々と下りてくる貴族と、軍人と、そのお使いのひとたち。
「これがみんな、フィニスさまに媚び売りたいひとたちですか。大人気だなあ」
「死ぬのが駄目なら、貝になりたい」
わあ、とてつもなく遠い目になってる……。
っていうか、あれだよね。
自分のせいだよね、フィニス。
帝都でのフィニスを見て、あっ、これは完全に次期皇帝だなーって思ったひとたちが、重用してほしくて来てるわけだよね。
できればフィニスがさばいてほしい、けど。
できないから、ここまで皇帝になるのがイヤなんだろうなあ。
「……よし、私がお力になります! あと、フィニスさまはフィニスさまだから、貝になってもめちゃくちゃ美しくて高値で売られると思います。トラバントは?」
「とりあえず、客の対処と時間稼ぎに行ってもらった」
「いいと思います! フィニスさまは、なるべくあのお客さんたちと喋りたくない?」
「うかつに喋ると狂信者を作る自信がある」
「そういう自信だけはあるんですよねぇ!! はい、理解。ちょっとこっち来てください」
私はフィニスを女装コンテスト控え室に連れて行く。
まずは変装だ。女装の用意をしてたからちょうどいい。
お化粧してめくらましをしよう。
くーーー、それにしても私の推し、顔がいいな!!
「フィニスさま、ちょっとその光、弱めることできます?」
「……? 光るものは持っていないが」
「そうじゃなくて、こう、全身から発してるやつ。美形オーラ的なやつ。やっぱ駄目か。えーと、じゃあ、すっごいくだらない話でもしてください」
「くだらない話……。黒狼騎士団に着任直後、わたしも子狼を育てたのだが、育て方がさっぱりわからなくて困ったものだ。弱っていくロカイを軍服の胸元に入れて暖めていたら、すっかりそれが普通になってしまってな。ついにはそのまま出歩いてしまい、しばらく他の騎士たちに『狼ママ』と呼ばれていたらしい」
「はあああああーーーん? それのどこがくだらない話なんですか!? 尊みで星座になりそうですけど!? 徹夜明けの寝不足がぶっ飛んで、空っぽのお腹までいっぱいになってきましたけど、なんなんですか、完全栄養食ですか? とにかく、お化粧終わりました!!」
私は早口で言いつつ手鏡を渡す。
フィニスは不思議そうな顔をした。
「――……? これが、わたし? 顔の皮一枚取り替えたのか?」
「そんなもったいないことはしてません。さ、あとは着替えて! その格好なら、ぱっとはフィニスさまだってわかりません。逃げますよ!!」
フィニスを急かし、手をとって走り出す。
すると、ちょうどザクトたちが階段を上がってきた。
「よぉ、セレーナ! と、え、あ……あれぇ……?」
「フィニスさまだよ、フィニスさま。ザクトたちも早めだけど女装して! お化粧はフローリンデと、フローリンデの侍女が手伝ってくれるはず。お客さんたちの目を奪って、フィニスさまを隠すのを手伝って!!」
「なるほど、承知した! しっかしスゲーな……コワいほど化けてますね、フィニスさま。やべえ。語彙がなくなっちまう。なんか、新しい扉が開きそう。怖い」
「開ききる前にとっとと行って! またね!」
おびえるザクトを追い払い、私たちは進む。
「まずは中庭を抜けて自室を目指しましょうか。あそこが一番奥まってるし、お客は来ない――」
「おお、そこな騎士とうるわしきご婦人よ。道に迷って困っていたんだ、助けてくれぬか」
いるし……!!
すでにお客さん、こんなとこまで攻めてきてるし……!!
刺繍で重くなった上着を着た、白髪のおじいちゃんだ。
彼はフィニスを見上げる。
「……デカいな」
わあ、失礼。
ここは怒ったふりで逃げよう。
私はフィニスを見上げて目配せする。
フィニスは浅くうなずいた。
――えっ、通じた?
フィニスにも、私の気持ち、通じるようになった……!?
フィニスはお客に向き直る。
「……この近辺の山には、食べるとゴムのように背が伸びる実がなる。わたしはとある複雑な事情からそれを食べてしまい……」
「ぜんっぜん通じてない!!!! そんな小一時間かかるような話は今はしないでください!! ええと、とにかくデカいとか失礼ですし、私たちには行くところがあるんです!」
「それは失礼した……! 実はわたし、長身女性が大好きすぎるのだ!! その実のありかも知りたいが、うるわしの君はどちらのお嬢さんだ!?」
「えっ。……わたしか?」
凍りつくフィニス。
頭を抱える私。
「うううううう、よりによって狭い性癖のひとを引き当ててる!! 引きのよさが宇宙レベルで異常!! とにかく私たち、急いでるんです!!」
「待ってくれ、どうか、せめて名を……!! はあああ、なんという美脚だ……!!」
「美脚は!! 認めるけども!!!!」
なんだ? このろくでもない押し問答は!?
私は困り果てる。
と、フィニスが手を引いてきた。
「ん? ――あ」
フィニス、真剣だ。
視線を追うと、中庭から地下へ向かう人影。
あの身のこなし――騎士じゃない。
おそらくは外部の人間。
えっ、誰?
私たちが長身女性好きのおじいちゃんに構ってる隙に、入りこんだ……?
フィニスは真顔のまま、お客の顔を両手で挟んだ。
「――いずれ、どこかの夜会でお会いしましょう。それまではいい子にしていることです」
静かに言い、つるっとした額にキスをする。
おじいちゃんはぽわわわんとした顔になった。
「ほ、ほわ……なんと……な、なんと……」
……いいいいいいいいいいいなあああああああああ!!!!
フィニスさま、私も!! と怒鳴れないのがつらいところです!!
「行くぞ、セレーナ。あの先はまずい」
フィニスはおじいちゃんをほったらかして冷たく言う。
その言葉で、私も我に返った。
そういえば、あの先にあるのは……フィニスの弟がいる、地下牢だ!!




