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第66話 収穫祭の前日はカオスです!!

「収穫祭は明日に迫っています!! というわけで、まずはお肌から作りましょう!!」


「「「そこから!?」」」


 騎士たちが合唱する。

 私はうなずいた。


「そもそもこの収穫祭は、古い神さまに捧げるもの。山の神さまは男だから女性以外の接待は受け付けない、それで女装するって聞きました。だったら半端なものをお見せするわけにはいきません!!」


「やー、でもほら、実際にはただのバカ騒ぎだったわけで……」


「ザクト!! さっき言った手順できっちり洗顔して!! ジークなんかもうパックまで行ってるよ!!」


「うわあ、パック怖っ!! 見た目が完全に『白パンさま』じゃん!!」


「待って、さらっとまた変な神さまの名前出てきてない!? ええい、とにかく、化粧は下地が九割だよ!! 気合い入れていけ!!」


 私が叫ぶと、中庭の騎士たちはびっと背を正した。


「「「は、はいっ!!!!」」」


 ――おーおー、みんな素直じゃのー。ちな、セレーナちゃんは女装せんのか。


 肩でシロが言う。

 私は静かに目を伏せた。


 ――やってもいいんだけど、私には邪念があって。


 ――邪念。はっきり言うのう。


 ――うん。つまり、フィニスさまを完璧に美しい美女に仕立て上げ、騎士姿でエスコートしたいという、溶岩並みに熱くあふれる邪悪な気持ちを、全然抑えきれないのね。


 ――うむ、邪念じゃのう。若いのう。ちなみにおじいちゃん、そういうのきらいじゃない!!


「やっぱり!? シロならそう言ってくれると思ってたー!! は~~~、早くフィニスさまのことおひめさまだっこしたーーーい!! このための筋トレと言っても過言ではないよぉ!!」


 私はシロを抱えて額でぐりぐりする。

 そんな中庭に、大きな人影が現れる。


「ここはなんの儀式だ。いけにえの準備か?」


 見上げると、険しいお顔の大男。

 トラバントの盟約者、シュゼだ。

 頭にふたつ、何かとがったものがついている。


「あっ、シュゼ! みんなで美容講習してるだけだよー。シュゼはなんの準備してるの? ツノあり鬼になったの?」


「犬カフェだ。劇の前後でがっぽり稼ぐ。なお、頭のこれはツノではなくケモミミだな。にゃぁん」


 無表情の「にゃあん」に、騎士たちがざわっとする。

 シュゼってたまにこういう冗談言うよねー。

 わかりづらいけどねー。


「あはは、犬ならわんわんだよ、シュゼ! ちなみに犬はどこで集めるの?」


「集めるまでもなく、ここにはたくさんいるだろう」


 シュゼが見渡すのは、騎士たちが美容に励んでいる中庭。


「えっ、そ、それって……?」


 私の頭にぱっと浮かんだものは。


 ビシッと着こなした軍服に犬耳をつけて、足下にはべってくださるフィニスさまでした。


「は、ははははははははれんちではーーーーーーーー!?」


 ――落ち着けセレーナちゃん!! 心拍数がヤベーことになっておるぞ!? おっ、まずいな、マジまた死にかけとる。


「は、はれんちかなーーーー!? 待て待て待て待て、その妄想は違うと思うぞセレーナ!! 違うと思うけど、想像すると目の前がキラキラッとして真っ白になって、今度はきれいな音楽が聞こえてきやがった……」


 ――ついでにザクトも死にかけとる。気やすく死ぬでない、お前たち。


 よろめくザクトを、ジークが受け止めて膝まくらする。


「ザクト、大丈夫? すっかりセレーナの妄想がわかるようになっちゃったんだね。遠いところへ行ったね」


「待てよジーク……俺はいつでもここにいる……。ちょっと、こう、萌え妄想が共鳴して、ちょいちょい宇宙が見えるだけだ」


「うわあ遠い」


「……なにをそんなに盛り上がってるのかは知らんが、犬カフェの犬は黒狼だ。秋の花で飾りつけるとかわいいぞ。収穫祭は外部からも客が来るから、毎年大ウケだ」


 淡々と言うシュゼ。


「あっ、はい。そう。そうですよね。黒狼可愛いですよね」


 棒読みの私。

 はい、そういうことなんで、脳内にはべっていらっしゃる犬耳フィニスさま、ちょっとこっちへ。はい。そう、帰って。何度も振り返らないで。悲しそうな目でこっち見ないで。尻尾巻かないで。駄目でしょ。本音が出るでしょ。ああああああああ、もう、帰らないで!!!! イヤです、私このまま、この妄想と一生添い遂げます!!!!


「セレーナ、どうした。妄想か?」


「うわあああああ、振り返ると本物フィニスさまがいる!! フィニスさま、一生のお願いです、肝臓差し出しますから犬耳つけてください!!!!」


 私は思わず地面に額をすりつける。

 と、フィニスに腕をつかまれた。

 彼はひょいっと私を立たせ、ていねいに土を払いつつ言う。


「気軽に内臓を差し出すな。奴隷みたいなまねもするな。君は騎士団の紋章を背負っているし、それ以前にすばらしい誇りある人間なんだ」


「好きっっっっ!! そうでした、気をつけます!!」


「で、犬耳は、立ち耳と折れ耳とどっちがいい?」


「やる気満々だ!!!! 好き!!!!!! えええええええと、折れ耳でっ!!」


 ――全然遠慮しないのー、この子。生き急いでるのー。


 シロはぼやくけど、実際、私には時間がないんです!!

 冬の、運命のあの日。

 前世で殺されたあの日のあと、今回の私がどうなるか。

 それは誰にもわかりません。

 わからないので、その日までに、できうるかぎりの萌えを詰めこんでまいります!

 拳を握っていると、フィニスのうしろからフローリンデが顔を出す。


「相変わらずですのね、セレーナ」


「あーーーー!! フローリンデ、もう来てたの?」


「ええ! 収穫祭の観光ついでに婚約者に会いに行く、というの、案外すんなり通りましたわー! でも、わたくしの本当の目当ては……おわかりでしょう!?」


 きらきらと目を光らせるフローリンデ。

 うん、目当ては私ですね。

 目を見ればわかる。

 だけどここで、それを認めるわけにはいかない!!


「……私と一緒に、禁断の萌え会誌作りをするためでしょう!?」


「くっ、それはそれで魅力的だけども!!」


 フローリンデは歯を食いしばる。

 私はすかさず彼女の腰を抱いた。


「フローリンデ……私と一緒に、夜通し萌えについて語り合おう? 眠気覚ましににっがいお茶飲みながら、必死に会誌作ろう? 指紋がなくなるまで製本しよう? そう、二人っきりで……」


「ああっ、誘惑ッ!! なんという誘惑!! 絶対楽しいやつ!!!! わたくし、徹夜におあつらえ向きの甘いお菓子も持ってきてしまいました……!!」


「ふふ。フローリンデだって、そのつもりで来たんじゃない。強がって見せても無駄だよ」


 ……なんか私、変なモード入ってきたな。

 フローリンデの目はキラキラを増していく。


「ああああん、もっと、もっとください……!!」


「私の誘惑の前に膝を屈してしまうといいよ、フローリンデ。甘美な夢だけみせてあげる……」


「最高!!!!!!!! 一緒に徹夜しましょう、セレーナ!!!!」


 がばっ!! と首に抱きついてくるフローリンデ。

 なんとなくお姫さまだっこしてあげる私。

 フィニスはうらやましそうにこっちを見ている。


「徹夜なんかしたら、セレーナの美肌はどうなるんだろ?」


 ジークは首をひねり、ザクトはこっちを見た。


「だな。っていうかその会誌、俺も読めるやつ?」


「むしろザクトは読んじゃいけないやつじゃないかな?」


「んんん? つまり、その会誌の中身って、一体なんだ?」


 ザクト、あなたはわからないほうがいい。

 私はザクトがピュアに生きて死ぬことを心から祈った。

 フィニスは小さなため息をつき、ザクトに言う。


「今夜のセレーナは多忙か。では、今夜はザクトが小鳥に餌をやってくれ」


 あ。これって、地下牢の話だ。

 フィニスは今、地下牢に弟をかくまっている。

 彼の世話は、秘密を知っている私とザクトしかできない。


 世話は苦じゃないんだけど、彼、いまだに全然喋らないし、ご飯も最低限しか食べないんだよね。

 あれじゃ体を壊しちゃう。

 せめて何か気晴らしがあるといいんだけどなあ。


 ……それこそ、ちょっとだけでも、お祭りを見る、とかね? 

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