第65話 収穫祭の準備だそうだが、わたしは呪いに忙しい
帝都から黒狼騎士団本部に帰ると、秋だった。
東部辺境の秋は早く、短い。
それはともかく、わたしは消えたい。
「許しませんよ」
鋭いトラバントの声。
わたしは膝を抱えて奴を見た。
「口に出していないが」
「顔に書いてあるんですよ、『やっちまったなあ、今すぐ消えたい』って!! 帝都で大活躍したんですって? しかも、死んだ皇帝の剣を持って? なんでよりによって皇帝の剣? そんなのめっちゃ跡継ぎっぽいじゃないですか!!」
「一番手近だった……」
「そんなとこだろうと思いました。知ってた。あなた、雑なんですよ。見た目がうるわしくて騙されるけど、根本的に雑!! もっとちゃんと物事考えろ! ほら、大の男が寝台の隅で三角座りしないで! ロカイが心配してべったりじゃないですか」
おおまじめに叱ってくれるあたり、こいつほんとにいい奴だな。
わたしは、さっきからわたしの頬をなめている狼に向き合う。
「ロカイ、少し離れろ。わたしは針仕事をしているからな」
「で、その人形の山は? 売るんですか、嫌がらせですか?」
「気晴らしの呪い人形だ。あとで燃やして、セレーナに手を出した男を呪う」
フェルトで作ったリヒト人形を見せる。
トラバントはよろめいた。
「ばっ……ば、ばっっかじゃないですか!? セレーナに? 手を出された???? あんなにダダ漏れで惚れてるセレーナに? そんな金髪チャラ男に? 直接ぶん殴れ、そういうのは!! えっ、ちゃんと殴ったんでしょうね、さすがに」
「殴った。殴ったが格好つけて一発ですませてしまったので気が済まない」
「わかりました、その呪いは許可します。とはいえ夏至祭の効果が薄まってくる時期なんで、ほどほどにしてください。またいつもの祝祭が必要ですから、準備してくださいね」
そこでわかってくれるあたり、やっぱりほんとにいい奴だな。
わたしはこくんとうなずく。
「わかった」
「一応助言しときますが。女性に遠慮しすぎても、たいしていいことありませんよ。お互い、明日があるのかなんかわからないんですから。それでは」
トラバントは真顔で言い、寝室から出て行く。
わたしは針を止めて考えた。
わたしはセレーナに遠慮しているんだろうか?
……しているのかもしれない。
騎士団服の彼女には慣れてきた。
でも、ドレスを着たとたんに、彼女は十五歳のお嬢さんになってしまって。
正直なところ、とまどった。
ためらいもした。
わかってしまった。
セレーナは、もふもふふわふわの小動物なんかじゃない。
いくらでも有利な結婚ができるはずの、美しいお嬢さんだ。
君は多分、わたしのもとにいるべきじゃない。
君はまだ、東部辺境の本当の姿を知らない。
たぶん、婚約者が死んでヤケになったんじゃないのか?
君を守ってくれなかった婚約者に絶望して、自分で戦おうと決めたんじゃ?
だとしたら、それは不幸なことだ。
君は誰かに守られるべきひとだ。
――多分。
本当なら、わたしが君を守りたかった。
守ろうと思ってもいた。
でも。
……ヴェーザの夜を覚えている。
フローリンデの理不尽劇場で疲れ果てた夜に、やってきた君を。
その声も、香りも、触れた肌も、何もかもが甘くて、しびれて、頭がぐらっときた。
そんなわたしとリヒトと、一体なにが違う?
「……顔か……?」
「わふ?」
「ああ、心配するな、ロカイ。大丈夫だ、こいつより顔はいいなって思ったら、少し立ち直った。よし! 気を取り直して収穫祭の準備だ」
わたしはリヒト人形の顔に針を刺し、寝台脇の円卓に放る。
次の瞬間、扉が開いた。
「フィニスさま!!」
うっわ!!!!
かわいいが来た!!!!
違う!! セレーナだセレーナ。落ち着け、わたしの萌える心。
「……どうした、ノックもせずに」
「あっ、すみません。やり直します?」
ううう、小首をかしげないでくれ、子犬だ~~その角度が完全に子犬だ、かわいさで世界征服できるやつだからやめてくれ、優勝です優勝、やっぱり絶対手放したくないし飼い殺したいしずっとそこにいてくれ~~~!!
「かまわない。その両手に持ってきたものは?」
「収穫祭でやる劇の衣装です! フィニスさま、お色は何がお好きですか?」
そんなもん君が似合う色に決まってるじゃないか。
でも似合わなくっても可愛いから、正直なところなんでもいい。
「帝都で着ていたドレスはよく似合っていた。皇族の肖像画がかかる廊下を歩いても、見劣りしなかっただろう。むしろ肖像画が振り向いたかもな」
「ええええ、それは言い過ぎですよ!! その……。フィニスさまは、ドレスの私のほうが、お好きなんです?」
好きです!!!!!!!!!!
でも、騎士団服も大好きです!!!!!!!!!
つまり、中身が一番好きです!!!!!!!!
「ドレスも騎士団服もさして変わりはしない。どちらも、君が戦うために選んだ服だ」
「……わかっていただけて、嬉しいです。嬉しい。嬉しいな。フィニスさまって、ほんと、私の盟約者なんだなって思いました!」
はあああああ~~まぶしい~~自分の弱い心を握りしめて笑う、その笑顔がまぶしいぞ!
もはや神域で光る星とどっこいどっこいのレベル!
だめだ~~まかりまちがって彼女と結婚できる未来が来ても、ことあるごとに祭壇に祭り上げてしまって、気軽にあんなことやそんなことができない気がする~~!! 楽しそうーーーー!!
……けほん。
しかし、だな。
強がって騎士団服を着ているのなら、それはよろしくない。
死んだ婚約者のことは、とっとと忘れたほうがいいと思うぞ。
君の心も体も守れなかったような奴なんだから。
「それはともかく、これ、フィニスさまの衣装だそうですよ?」
「ん? わたし?」
「はい。毎年やってらっしゃるんでしょ? 女装劇」
あー。
あー…………………。
………………………。
やってた、けれども。
それはもう、ド田舎の男所帯だから、収穫祭は年一でバカをやってきたけども。
それを今年は、君の前で、やるわけか!!??
別に、要らなくないか?
女の子いるんだし、今年はまじめバージョンでやればよくないか?
「……その話、トラバントに聞かされたのか?」
「はい。なんかウッキウキでしたよ? トラバント、元気になったみたいで、ほんとによかった!」
はいはいはいはい、理解。
それは元気というより、わたしに対する嫌がらせでウキウキしてるやつだ。
トラバントを気持ちよく死なせてやらなかったわたしへの、『僕のことは引き留めたくせに、自分は皇帝になりそうだからって落ちこんでんじゃねーですよ』的な嫌がらせだ。
トラバント、ゆるさん。
いずれもっと、壊滅的にホレさせる。
「ということで。せっかくですから、今年は私が衣装選びとお化粧を担当することにしました!」
「頼んだ」
「即答ですね!? フィニスさまの美貌は元が神に迫る勢いなんで、きっとものすっごい美人になりますよー! やったやった~、新たな萌え開拓だ! またまた宇宙が生まれちゃう!!」
きゃっきゃとはしゃぐセレーナが可愛い。
そういう君の姿を見るためなら、女装のひとつやふたつやみっつやよっつ。
わたしはすばやく覚悟を決めた。
セレーナはふと、わたしを見る。
「あと、そうだ」
「なんだ?」
「……『彼』にもお祭り、見せてあげたいですね」
そう言って、セレーナはかすかにほほえんだ。
なるほど。
彼、というのはきっと、地下牢にいる少年のことだろう。
帝都で初めて出会った、わたしの弟。
自分の名すら言えない、うつろな瞳の――。




