第64話 皇帝フラグは立ったけど、私は絶対あきらめません!!
弟!?
弟ってどういうこと?
しかも弟と面識がないって……?
あっ、これ、今深く考えたらだめだな。動きが止まる。
「わかりました」
私は思考停止して言い、ザクトを見る。
彼もうなずいた。
「俺もかまわねーよ。フィニスさまが無理言うとこって初めて見たし。しかもそれが肉親がらみとか、グッとくるじゃん。大事なひとのたまのお願い、俺たちがかなえないでどーするよ?」
「ザクト、すき!! よし、動こう!」
私はフィニスとザクトに手伝ってもらい、拘束した暗殺犯を隠し部屋へ入れた。
その間に、影宮殿は騒がしくなってくる。
「賊はどこだー!! 観念せよ!」
「賊の死体を回収しろ、徹底的に身元を洗い出せ!!」
「うっわ、なんという鮮やかな刀傷よ……。ライサンダー卿の剣か?」
「……残った人間がまともに動き出したな」
フィニスがつぶやく。
青い顔だ。
私はきゅっと拳を作った。
「私たちを追ってきたんです。どれか、適当な死体を持っていきましょう。手ぶらで帰るのは怪しいし」
「そうだな。――君は勇気がある」
「普通ですよ、帝国最強の黒狼騎士ですし。あなたを守るためにここにいるんです」
精一杯ほがらかに言う。
フィニスはゆっくりとまばたきをした。
「不思議だ。わたしは、知っている気がする」
「はい? 私の、何をです?」
私は首をかしげた。
フィニスは黙って私を見ている。
……え、ええっと……?
そういえばフィニスって、私がドレスを着てから、たまにこういう目をするね……?
フィニスはつぶやく。
「君の、」
「フィニスさま、こいつどーです? 割と年配だし、貴族ぽさあって見栄えがする死体ですけど」
ザクトの割りこみに、私はほっとした。
「……いいだろう。こいつを連れて帰る」
フィニスがうなずく。
ザクトはその死体を軽々と肩に担いだ。
「了解です。元来た道を戻るんでいいんですよね? それともセレーナ、他の道わかる?」
「わかるけど、あんまりそのことを他のひとに知らせたくないんだ。普通に謁見室にもどろ」
私たちは言いあい、謁見室へ向かう。
途中、楽園守護騎士団と出会うと、彼らはみんな敬礼をした。
謁見室に続く扉を、真っ白な騎士が一礼して開いてくれる。
まばゆい光が差しこんでくる。
「おお……」
「これは……」
どよめく声。
謁見室には、さっきと変わらない人数が残っている。
……いや?
むしろ、増えてない……?
「黒狼騎士団長、プルト伯フィニス・ライサンダー卿。わたしは……」
年配の貴族がひとり、近づいてくる。
「少し待て」
フィニスは言い、皇帝に歩みよった。
皇帝の死体は、謁見室の真ん中に寝かせられている。
きらびやかな帝国の旗をかぶせられた老人。
その前に、フィニスはひざまづいた。
「――陛下の剣は、確かに敵を討ち果たしました。『楽園』の守護者よ、永遠に」
つやのある声で言い、血濡れた剣を死体の上にそっとのせる。
はー………………。
こういうときに、萌えてはいけないのはよーくわかってます。萌えにも時と場所と場合っていうものがあります。ですが萌えは信仰心と似た心の動きなので、宗教画みたいな場面を見ると心がうずいてしまう。
だめだめ、よくない。
陛下、どうか心安らかに。
「「「『楽園』の守護者よ、永遠に!!!!」」」」
「ひぇっ!? 何?」
いきなり部屋中から声があがって、私はびっくりした。
視線が痛い。みんな、こっちを見てる。
「『楽園』よ、永遠なれ!」
「星は見ていてくださる!」
「陛下はもっともきらびやかな門を行かれた、かの騎士の導きで!!」
ばらばらとあがる声。
真剣な視線。
あっ……これ、まずいですね!!!!
フィニスの見た目がサイコーーーすぎるせいで、私以上にみんなうっとりしちゃってますね!?
待って、それはただの萌えだよ!! 次代皇帝の器とか関係ないよ!!
「フィニスさま……! あの、無理だとは思いますが、もうちょっと全体的にアホな感じでいけませんか!?」
私はフィニスに駆け寄り、必死に囁く。
フィニスは無表情だ。
「全体的に、アホ。アホ……アホ、とは……?」
「あっ、だめ、ぼーっとすべてを受け流すモードに入ってる!! いや、今へたに人気を取るとですね、……!」
「プルト伯、もういいかな」
さっきの貴族が、また声をかけてくる。
えーーーっと、このヤギみたいな長い髭、見覚えがあるぞ。
確か、もっとも豊かと言われる帝国南部を治める、マルーク侯爵では。
………………よりによって、選帝侯のひとりだった気がしますね!?
「構いませんが、まずは陛下に祈りを」
おっ、いいぞ! フィニス、いい感じで無礼に出た!!
権力のある老人は、そういう無礼がだいっつっきらいなはず!!
「な、なんと……。なんという……忠誠だ……。そうしてとことん筋を通す姿勢、わしの若いころを思い出す。んむっ、その意気やヨシッ!!」
「ぐあああああ!! 駄目だ、このひと、威勢のいい若者大好き系老人だーーーー!!」
私は頭を抱え、マルークおじいちゃんは頬を赤くして言う。
「わたしは君を歓迎する。そのことを伝えたかったんじゃ!! さあ、皆もこの若者を、皇帝の剣に復讐の血を吸わせた者を讃えるがよい!!」
「「「『楽園』!!」」」
「「「永遠!!」」」
謁見室がみんなの叫びでびりびりと震える。
あの楽園守護騎士団だって、何割かはうっとりしている。
まずい。これは、明らかに……フィニスを次期皇帝に、って、そういう空気ですね!?
「フィニスさま……」
私はフィニスの顔を見る。
その横顔は――はっとするほど、前世で見た肖像画そのものだ。
びっくりした。
私、どうして前世では、こんなフィニスに萌えられたんだろう。
こんな、悲しそうな――何かに耐える顔に。
私は、とっさにぎゅっとフィニスの手を握った。
誰に見られても構わなかった。
でも、なるべく体の影で、ぎゅっと握った。
フィニスのまつげがちょっと動く。
私を見ようとして、ためらって。
フィニスは、ぎゅ、と、私の手を握り返してくれた。
嬉しい。
……嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。
あなたは、私を支えにしてくれる。
私が、あなたの悲しみを薄くできるなら。私が、あなたを助けられるなら。
私、どこへでも行きます。
「フィニスさま。共に行きます。あなたを、絶対にひとりにしない」
私が囁く。
フィニスの手に、もっと力がこもる。
痛いくらいに握って、彼は立ち上がった。
フィニスは静かに、みんなが求めていた言葉を、言った。
「――『楽園』よ、帝国よ、永遠なれ」
わあっ、という興奮が爆発する。
熱気が肌に痛かった。
炎に焼かれるみたいに、痛かった。
私はフィニスのお父さんの姿を探した。
見つからなかったけど、彼も、きっとこのどこかにいるんだろう。
……わかりました。理解しました。
フィニスは、もう結婚なんか関係なしに、皇帝になる。
皇帝暗殺の真犯人をかくまったまま。
――でも、まだ生きている。
私もフィニスも、生きている。
だったらきっと、どうにかします。
あなたをしあわせにするために、私はここまで来たんだから。
来れたんだから。
婚約者の地位も、恋も捨てた。
あるのは、萌えと筋力、そしてあなたと直接手を握りあえる『今』。
私、あなたのしあわせを、絶対にあきらめません――!!
第二部もおつきあいありがとうございます! またラブとバカだけの番外編を挟んで、次の第三部で完結させる予定です。気が向きましたら、最後までおつきあいください。
面白かった! 続き頑張れ! と思われた方は、↓に【評価欄:☆☆☆☆☆】がありますので、ぽちっと押してみてくださいね。レビューや感想も大歓迎、助かります。いつもありがとうございます!




