表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/106

第63話 あなたが皇帝暗殺犯なんですか!?

「な、に……? あ……皇帝陛下を、お守り……」


 楽園守護騎士団の騎士がためらう。

 そりゃそうかもしれない。

 守るべき皇帝陛下は、すでにぐったりしてる。


 あれは、十中八九、亡くなってます、ね……。


 異様な空気の中、フィニスがよく響く声をはりあげる。


「医術の心得がある者は!!」


「は、はい……!!」


 騎士団の中から数人、さらに魔道士服の女性が、やっと皇帝に近づいていく。

 フィニスもあとに続いて、皇帝の顔を見る。

 そうして、すぐに顔をあげた。


「セレーナ、ザクト、行くぞ」


「は!」


「はい! でも、どこへ?」


 私は聞く。

 

「この部屋に入ったとき、わずかに動いたものがあった。玉座の後ろの鏡だ」


 フィニスは言い、恐れ多くも皇帝陛下の剣帯から剣を引き抜いた。

 ……あ、そうか。

 謁見の間で帯刀してるのは、陛下と楽園守護騎士だけ。

 敵を討とうと思ったら、どっちかから剣を借りるしかないんだ。


「団長、い~な~! 俺も真似しよ」


 ザクトが、楽園守護騎士の腰からサーベルを抜き取る。

 私は騎士たちの中から、きらきらの金髪を探し出した。


「リヒト!! ちょっと急ぎのお願いがあるんだけど!」


「な、なんだ? それ以上近寄るな、暴力娘!!」


「大丈夫だよ。おとなしく指輪をくれたら、これ以上痛いことはしないから」


「完全に悪人のセリフだな!? おい、サーベルまで! 扱えるのか!?」


 リヒトは焦るけど、私、騎士ですので。

 私はリヒトから指輪とサーベルを奪って、フィニスを追った。


「フィニスさま! 隠し扉、開けます!!」


「頼む」


 私がリヒトの指輪を押しこむと、額縁入りの鏡が開く。

 目の前に現れるのは、影宮殿だ。

 薄暗い空間にかすかに響くのは……足音と、ひそひそ喋る声。


 ――いる。人の気配がある!!


「――はぐれるなよ」


 フィニスは囁き、一気に駆け出す。

 私はハイヒールを蹴り出し、ドレスのスカートを一段階ひっぺがした。

 ザクトがびくっとして叫ぶ。


「えっ、そのドレス、そんな仕組みなの!?」


「当然そんな仕組みにするでしょ? 私、フィニスさまの騎士なんだから!」


「――っはは! やっぱお前、サイコーだな!?」


 ザクトは叫び、フィニスを追った。

 私も走る。

 影宮殿に反響する、足音。ざわつき。

 誰かが、フィニスに気づいて悲鳴をあげる。


「追ってきたぞ!!」


「ここから先は……っ、ぐうっ……」


 押し殺した声が、すぐに消える。

 フィニスが斬ったんだろう。

 先を行くフィニスの前に、黒装束の敵がばらばらと出てきたのが見える。

 フィニスはそれを、草を刈るみたいに左右に切り伏せていく。


「おっ、セレーナ、あぶねーぞ!!」


 ザクトが軽く言って剣を振った。

 私の脇から飛び出した敵が、くるんと一回転して倒れる。

 そんなザクトの後ろにも、敵!


「ザクトもね! うしろが見えてないよ!」


 私は思いっきり踏みこんで、ザクトの後ろの敵に突きをみまう。


「ぐっ!! うう……」


「ええっ、フツー見えなくない? それはっ、と!!」


 ザクトはむくれ、背後でよろめく敵を蹴り飛ばした。

 なんだろ、不思議なくらい、ザクトの動きがよくわかる。

 私が動けばザクトが動く。

 逆もあざやか。


「やっぱり、これって……」


「あ、セレーナも思った? 俺たち息ぴったりだよね? いや~~、普段から夜中の萌え語りして、ファン胴着に刺繍してただけあるな!! これからの時代、忠誠より萌えだわ!!」


「楽園守護騎士団が泣いて怒りそう!! あそこにも会報送りつけようか!?」


「賛成賛成、布教しよーぜ! それはそうとフィニスさま、ご無事ですか~」


「どうせ無事だろうけどー、って声だねえ、ザクト?」


「そらもう、あのひと化け物ですから!!」


 浮かれて叫ぶザクト。彼がいるからか、不思議に怖くはなかった。

 なにせ私も、一回死んでるしね。大抵のことは怖くない。

 血のにおいの中を、私たちは走る。


 と、ぽかん、と空間が開けた。


「すごい……地下に、こんな、吹き抜けの大広間!!」


「劇場みてえだな。あっ、フィニスさま!」


 一夜ロウソクが揺れる大広間。

 その真ん中に、フィニスがいる。

 私たちは、広間に下りる階段へ走った。


「ザクト、セレーナ、来るな」


 フィニスの低い声。

 殺気に満ちた、声。


「へ」


 ザクトが不思議そうな顔をする。

 フィニスは、上を見ていた。

 私たちのいるところじゃない。

 吹き抜けの上、渡り廊下を見ている。

 薄暗い渡り廊下で、何かが光った――。


 次の瞬間、フィニスの剣が何かを弾き飛ばす。

 ちりん、ちりんと美しい音。

 短剣? 多分、そう。

 おそらく、渡り廊下からフィニスに向かって、短剣が投げられてる。

 何本も、何本も。


 私はとっさに、手首の花飾りをむしり取った。

 花飾りの下には、小型の石弓がついている。

 迷いなく、渡り廊下を狙う。


 そのとき、渡り廊下から、真っ黒な影が飛び出した。

 ひらり、不吉な鳥みたいに――フィニスに向かって、落ちて行く。

 私は弓を射た。

 ひゅっ、と、矢が風を切る。

 真っ黒な影がこっちを見た……気がした。

 直後に、かすかな手応え。

 真っ黒な影は空中で姿勢を崩す。


 ドンッ、と鈍い音を立て、そいつは床に転がる。

 フィニスのすぐ前だ。

 すかさずフィニスがねじ伏せる。


「……ひ、ええええ……。わけわかんねえ身のこなしだな。鳥かよ」


 さすがのザクトも顔が青い。

 私は、ゆっくりと息を吐く。

 ぶわ、と全身が熱くなるのを感じた。


「フィニスさま……!! ご、ご無事、ですか!!」


 階段を駆け下りる。

 ううう、歯の根が、あわない。

 今さら怖くなってきた。

 さっきの奴、フィニスを足止めしてから一気にとどめをさす気だった。

 私が石弓を隠してこなかったら、どうなってたか。

 フィニスに二度も死なれるのは嫌だ。

 最推しに目の前で死なれるのなんて、一回で充分すぎるんだよ!!


 広間に下りると、フィニスは捕らえた相手に話しかけていた。


「ライサンダーの剣は」


「……ひとのため、ならず」


 高い、声。

 

「嘘……こども……?」


 私は、ささやく。

 横に並んだザクトが、むずかしい顔で腕を組んだ。


「十二? 十三? 見た目よか歳かもしんねーけど体が小さいから、玉座の裏でも中でも隠れられるな。しっかしまあ、皇帝暗殺とはやっちまったもんだ。だーれに利用されたんだかなあ。……フィニスさま、かわいそうだけど、突き出しましょ」


「………………」


「フィニスさま?」


 ザクトが眉をよせる。

 フィニスは、押さえこんだ相手を見つめている。

 そして、言う。


「殺したくない」


 ……え。


「なんでです!? 暗殺犯でしょ!? 八つ裂きでも足りねーですよ!?」


 ザクト、いらだってる。

 そりゃそうだろう。

 フィニスはいつも、こういうとき、残酷なくらいきっぱりしていて。

 その残酷こそが、辺境の騎士団に愛されていた――。


「わかっている。だが、それでも」


 しぼり出すよなフィニスの声。


 私は、大きくうなずいた。


「……わかりました」


「おい、セレーナ!!」


 ザクトが怒鳴る。

 私はフィニスの横にひざまずいた。

 押さえこまれてるのは、よりによってかわいい男の子だ。

 さらさらの黒髪に、ほとんど透明に近い灰色の瞳。

 私は言う。


「影宮殿の、フランカルディ家のみが知っている地区に隠しましょう。後ほど時を見て回収するということで。私はあなたの盟約者、あなたの力になります。……でも、ひとことだけ。ほんのひとことだけ、理由を教えてほしい。フィニスさまは……なぜ、この子を助けるんですか?」


 これからやることは、犯罪だ。

 皇帝を暗殺した実行犯を隠すなんて、私まで八つ裂きになってもおかしくない。

 それでも、私は、あなたがしあわせなほうがいい。

 だから。


 せめて、理由をください。


 私はフィニスを見上げる。

 フィニスは……なんだか、ものすごく人間らしい、複雑な顔をしていた。

 彼はささやく。


「面識はないが――おそらく、弟だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ