第63話 あなたが皇帝暗殺犯なんですか!?
「な、に……? あ……皇帝陛下を、お守り……」
楽園守護騎士団の騎士がためらう。
そりゃそうかもしれない。
守るべき皇帝陛下は、すでにぐったりしてる。
あれは、十中八九、亡くなってます、ね……。
異様な空気の中、フィニスがよく響く声をはりあげる。
「医術の心得がある者は!!」
「は、はい……!!」
騎士団の中から数人、さらに魔道士服の女性が、やっと皇帝に近づいていく。
フィニスもあとに続いて、皇帝の顔を見る。
そうして、すぐに顔をあげた。
「セレーナ、ザクト、行くぞ」
「は!」
「はい! でも、どこへ?」
私は聞く。
「この部屋に入ったとき、わずかに動いたものがあった。玉座の後ろの鏡だ」
フィニスは言い、恐れ多くも皇帝陛下の剣帯から剣を引き抜いた。
……あ、そうか。
謁見の間で帯刀してるのは、陛下と楽園守護騎士だけ。
敵を討とうと思ったら、どっちかから剣を借りるしかないんだ。
「団長、い~な~! 俺も真似しよ」
ザクトが、楽園守護騎士の腰からサーベルを抜き取る。
私は騎士たちの中から、きらきらの金髪を探し出した。
「リヒト!! ちょっと急ぎのお願いがあるんだけど!」
「な、なんだ? それ以上近寄るな、暴力娘!!」
「大丈夫だよ。おとなしく指輪をくれたら、これ以上痛いことはしないから」
「完全に悪人のセリフだな!? おい、サーベルまで! 扱えるのか!?」
リヒトは焦るけど、私、騎士ですので。
私はリヒトから指輪とサーベルを奪って、フィニスを追った。
「フィニスさま! 隠し扉、開けます!!」
「頼む」
私がリヒトの指輪を押しこむと、額縁入りの鏡が開く。
目の前に現れるのは、影宮殿だ。
薄暗い空間にかすかに響くのは……足音と、ひそひそ喋る声。
――いる。人の気配がある!!
「――はぐれるなよ」
フィニスは囁き、一気に駆け出す。
私はハイヒールを蹴り出し、ドレスのスカートを一段階ひっぺがした。
ザクトがびくっとして叫ぶ。
「えっ、そのドレス、そんな仕組みなの!?」
「当然そんな仕組みにするでしょ? 私、フィニスさまの騎士なんだから!」
「――っはは! やっぱお前、サイコーだな!?」
ザクトは叫び、フィニスを追った。
私も走る。
影宮殿に反響する、足音。ざわつき。
誰かが、フィニスに気づいて悲鳴をあげる。
「追ってきたぞ!!」
「ここから先は……っ、ぐうっ……」
押し殺した声が、すぐに消える。
フィニスが斬ったんだろう。
先を行くフィニスの前に、黒装束の敵がばらばらと出てきたのが見える。
フィニスはそれを、草を刈るみたいに左右に切り伏せていく。
「おっ、セレーナ、あぶねーぞ!!」
ザクトが軽く言って剣を振った。
私の脇から飛び出した敵が、くるんと一回転して倒れる。
そんなザクトの後ろにも、敵!
「ザクトもね! うしろが見えてないよ!」
私は思いっきり踏みこんで、ザクトの後ろの敵に突きをみまう。
「ぐっ!! うう……」
「ええっ、フツー見えなくない? それはっ、と!!」
ザクトはむくれ、背後でよろめく敵を蹴り飛ばした。
なんだろ、不思議なくらい、ザクトの動きがよくわかる。
私が動けばザクトが動く。
逆もあざやか。
「やっぱり、これって……」
「あ、セレーナも思った? 俺たち息ぴったりだよね? いや~~、普段から夜中の萌え語りして、ファン胴着に刺繍してただけあるな!! これからの時代、忠誠より萌えだわ!!」
「楽園守護騎士団が泣いて怒りそう!! あそこにも会報送りつけようか!?」
「賛成賛成、布教しよーぜ! それはそうとフィニスさま、ご無事ですか~」
「どうせ無事だろうけどー、って声だねえ、ザクト?」
「そらもう、あのひと化け物ですから!!」
浮かれて叫ぶザクト。彼がいるからか、不思議に怖くはなかった。
なにせ私も、一回死んでるしね。大抵のことは怖くない。
血のにおいの中を、私たちは走る。
と、ぽかん、と空間が開けた。
「すごい……地下に、こんな、吹き抜けの大広間!!」
「劇場みてえだな。あっ、フィニスさま!」
一夜ロウソクが揺れる大広間。
その真ん中に、フィニスがいる。
私たちは、広間に下りる階段へ走った。
「ザクト、セレーナ、来るな」
フィニスの低い声。
殺気に満ちた、声。
「へ」
ザクトが不思議そうな顔をする。
フィニスは、上を見ていた。
私たちのいるところじゃない。
吹き抜けの上、渡り廊下を見ている。
薄暗い渡り廊下で、何かが光った――。
次の瞬間、フィニスの剣が何かを弾き飛ばす。
ちりん、ちりんと美しい音。
短剣? 多分、そう。
おそらく、渡り廊下からフィニスに向かって、短剣が投げられてる。
何本も、何本も。
私はとっさに、手首の花飾りをむしり取った。
花飾りの下には、小型の石弓がついている。
迷いなく、渡り廊下を狙う。
そのとき、渡り廊下から、真っ黒な影が飛び出した。
ひらり、不吉な鳥みたいに――フィニスに向かって、落ちて行く。
私は弓を射た。
ひゅっ、と、矢が風を切る。
真っ黒な影がこっちを見た……気がした。
直後に、かすかな手応え。
真っ黒な影は空中で姿勢を崩す。
ドンッ、と鈍い音を立て、そいつは床に転がる。
フィニスのすぐ前だ。
すかさずフィニスがねじ伏せる。
「……ひ、ええええ……。わけわかんねえ身のこなしだな。鳥かよ」
さすがのザクトも顔が青い。
私は、ゆっくりと息を吐く。
ぶわ、と全身が熱くなるのを感じた。
「フィニスさま……!! ご、ご無事、ですか!!」
階段を駆け下りる。
ううう、歯の根が、あわない。
今さら怖くなってきた。
さっきの奴、フィニスを足止めしてから一気にとどめをさす気だった。
私が石弓を隠してこなかったら、どうなってたか。
フィニスに二度も死なれるのは嫌だ。
最推しに目の前で死なれるのなんて、一回で充分すぎるんだよ!!
広間に下りると、フィニスは捕らえた相手に話しかけていた。
「ライサンダーの剣は」
「……ひとのため、ならず」
高い、声。
「嘘……こども……?」
私は、ささやく。
横に並んだザクトが、むずかしい顔で腕を組んだ。
「十二? 十三? 見た目よか歳かもしんねーけど体が小さいから、玉座の裏でも中でも隠れられるな。しっかしまあ、皇帝暗殺とはやっちまったもんだ。だーれに利用されたんだかなあ。……フィニスさま、かわいそうだけど、突き出しましょ」
「………………」
「フィニスさま?」
ザクトが眉をよせる。
フィニスは、押さえこんだ相手を見つめている。
そして、言う。
「殺したくない」
……え。
「なんでです!? 暗殺犯でしょ!? 八つ裂きでも足りねーですよ!?」
ザクト、いらだってる。
そりゃそうだろう。
フィニスはいつも、こういうとき、残酷なくらいきっぱりしていて。
その残酷こそが、辺境の騎士団に愛されていた――。
「わかっている。だが、それでも」
しぼり出すよなフィニスの声。
私は、大きくうなずいた。
「……わかりました」
「おい、セレーナ!!」
ザクトが怒鳴る。
私はフィニスの横にひざまずいた。
押さえこまれてるのは、よりによってかわいい男の子だ。
さらさらの黒髪に、ほとんど透明に近い灰色の瞳。
私は言う。
「影宮殿の、フランカルディ家のみが知っている地区に隠しましょう。後ほど時を見て回収するということで。私はあなたの盟約者、あなたの力になります。……でも、ひとことだけ。ほんのひとことだけ、理由を教えてほしい。フィニスさまは……なぜ、この子を助けるんですか?」
これからやることは、犯罪だ。
皇帝を暗殺した実行犯を隠すなんて、私まで八つ裂きになってもおかしくない。
それでも、私は、あなたがしあわせなほうがいい。
だから。
せめて、理由をください。
私はフィニスを見上げる。
フィニスは……なんだか、ものすごく人間らしい、複雑な顔をしていた。
彼はささやく。
「面識はないが――おそらく、弟だ」




