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第62話 それは本当にドレスなんですか!?

 さて、いよいよ謁見と夜会の日が来た。

 シュテルンビルト宮殿の前には次々と馬車が止まり、着飾った男女が下りてくる。


「っていうかさー、セレーナは俺と一緒でよかったの?」


「むしろ、ザクトの他の誰と来るの? リヒト?」


「あ、それは殺す」


 ザクトは明るく言った。

 うん、そういうとこ、好きだよ。

 今日は謁見のあとに夜会がある日……つまりは皇帝陛下に顔見せしたり、貴族の親好を深めるのが目的の日だから、男女ひと組で行かないと目立っちゃう。

 ザクトは一応貴族出身だし、信頼できるし、事情は全部話してあるし、最高の相手なわけ。

 私はザクトの腕に手をかけ、ひそひそ話しつつ宮殿へ向かう。


「ありがたいけど、むかついた相手は剣で殺す前に社会的に殺そうね! そのほうがまだ平和だからね!」


「ほんと~? 社会的に殺すほうがえぐくない? 性癖ばらされたりするんでしょ?」


「性癖より、ありもしない不倫とか、実はあいつ貴族の生まれじゃねーぞみたいな噂のほうがキツいよ。さらっと暗殺されがちだもん」


「社会的っていうか、肉体も死んでない、それ!? やだやだ、俺、貧乏貴族でよかったわ」


 震え上がるザクトと一緒にきらびやかな廊下を抜け、控えの間につく。

 控えの間は社交の本番。

 謁見の間では喋れないし、ご飯中も動けないから、自由におしゃべりするなら控えの間だ。計画では、ここでフローリンデが充分にトンチキをアピールすることになっている。

 で、フィニスとフローリンデはどこかな~……うん?


 ……なんか、卵があるな。


「卵だ」


「卵ですわね」


「どう見ても卵だが……」


 ざわつく控え室。

 遠巻きにされる巨大な……人間サイズの金の卵。

 その傍らでとてつもなく遠くを見ているフィニス。


 うん。

 ……イヤな予感しかしませんね!!??


「あ、あのー……」


 おそるおそる声をかけるけど、フィニス、反応なし。

 普段の殺気も全然なし。

 完全に空っぽ。

 いやー……こうやって空っぽなフィニスもまたお美しいっていうか、殺気がないぶん造形美を充分に楽しめるっていうか、いっそ退廃的な雰囲気すらまとっている今の彼はまさに輝ける星でたったひとり悲しみの杯を手にして世を憂う王子さまって感じで前後左右からめっちゃ見ちゃうけど、それはそうと、大丈夫?


 心、死んでないです?


「ちょっと、フィニスさま!! 戻って来てください!!」


 ザクトがこっそり肘でつっつくと、やっとフィニスに生気が戻った。


「……すまない。ちょっと魂が遠い旅に出ていた。ごきげんよう。プルト伯、フィニス・ライサンダーと申します。お名前をちょうだいしてもよろしいでしょうか、安らぎの花の君」


 よし、お決まりのセリフが出るくらいには回復してきた!

 がんばれ、がんばれ、フィニス!!


「こちらはアストロフェ王家の血を引く公爵令嬢、セレーナ・フランカルディ嬢です。……フィニスさま、頑張ってくださいよ。もうちょっとわかりやすくうんざりした演技して!」


 こちらもお決まりのセリフを言って、ザクトが囁く。

 私もこくこくうなずいた。


「そうですよ、フローリンデの努力を無駄にしないように頑張りましょ! この卵ドレス、こう見えて相当お金かかってますよ!!」


「ドレス……いや……ドレスか、これ? どう見ても卵では……? この卵の中に本当にお嬢さんが入っているかどうかなんて、わからないのでは? わたしは古代の巨鳥を抱えてここに運んできたのでは……?」


「これ、フィニスさまが自分で運んできたんですか!? ほんっっっっといいひと!!!! 家宝にしたい!!」


 ついつい叫んでから、私は自分の口をふさいだ。

 やばい、変に目立ちたくなかったのに、つい本音を言う癖がついてしまった。


 ――視線を、感じる。


 やだな、誰だろ。

 私はおそるおそる辺りを見渡す。

 ……あれ? でも、誰もこっち見てない気がする。

 みんなが見てるのは、卵。

 ま、そりゃそうですよね! 卵だもん!!


「えーっと。その……。プルト伯、お連れの方を紹介していただくことはできますか……?」


 私は勇気を振り絞って言う。

 お連れの方っていうのは、そりゃもう、卵のことです。

 だって、みんな退いちゃってるもん。ちゃんと卵と話せてないもん。

 この計画、みんながこの卵――もとい、フローリンデと交流を持って、「こいつ、やべえな」って思ってくれないと成功しないのだ。

 まずは私が、お手本を見せます……!!


「そうでした。ご紹介が遅くなりました、こちらはレーヴェン公爵令嬢、フローリンデ・エーレンフェルス嬢」


 フィニスがぎこちなく紹介する。


「お久しぶりですわね、セレーナさま!!」


 明るいフローリンデの声。

 次の瞬間、卵が真っ二つに割れた!!


「ひ、開いたーーーーー!!??」


 うっかり叫ぶ私。


「なん……だと!!??」


「開くもんだったのか、あれは!!」


「待って、嘘、変形してるわよ!?」


 どよめく控え室。

 卵はあっという間に変形し、フローリンデの背中で羽の形になる。


「これは……ある意味芸術なのではないか……?」


「すごい!! 最先端の技術と職人技の無駄遣いがすごい!!」


 ザクトを始め、男性陣は感動し始めてるみたいだ。

 フローリンデは七色のドレスに黄金色の羽根を背負ってにこにこしている。


「本日のドレスは『誕生』もしくは『再生』がテーマですの。セレーナさまのドレスもすてきね、清楚な花束のよう」


「お褒め頂いて光栄です。『誕生』と『再生』、そんな深遠なテーマをドレスに仕立て上げるなんて、深い思慮のある令嬢でなくては為しえないことですわ。感動いたしました」


 私がどうにか微笑んで言うと、また辺りがどよめく。


「ああ言えばよかったのか!!」


「見事すぎる返しだ。どこのご令嬢だ、あの方は」


 うっ、やだな。

 どんなピンチも乗り越えそうだから、こいつを嫁に欲しい。

 そういう視線を感じるな。


「では、夜会でまた!! ――フィニスさま、生きてくださいね!」


「努力する」


 うつろなフィニスに囁きかけて、私は引っこんだ。

 周囲の貴族たちも、どうにか勇気を出してフローリンデに挨拶を始める。


 いやー、ひやひやした。

 でも、結果的にはよかったんじゃない?

 フローリンデのドレスは充分トンチキだし、かといってフィニスが即死するほどいたたまれない事態にはなってないし。

 あとは謁見のときに、どれだけトンチキをやれるか、だけど――。


「ごきげんよう、北の一番高いところで輝く星のようなお嬢さん。ご挨拶しても?」


「へっ? あっ、はい、もちろんですわ。ごきげんよう」


 えっ、いきなり話しかけられた?

 っていうか、どこから? 誰? 全然気配なかった。

 私はあわてて声のほうを見る。


 目の前にいるのは、黒髪をひとつにまとめて片眼鏡をかけた紳士だ。

 身長は、高くもなく、低くもなく。

 顔も、悪くもなく、よくもなく、

 歳は……いくつだろ?

 なんか、ものすごく特徴がないひとだな!?


「アルテイア伯、シュテルン・ライサンダーです。お初におめにかかります」


 あーー!! フィニスのお父さんだ、このひと!!

 そうか、お父さんか。

 そういえば……えーっと……。

 に、似てる……?

 う、うーん、わかんない。


 不思議だ、このひと。

 戸惑いつつも、ザクトに紹介してもらう。


「こちらはアストロフェ王家の血を引く公爵令嬢、セレーナ・フランカルディ嬢です」


「初めまして、アルテイア伯。お目にかかれて光栄ですわ」


「こちらこそ――――――――――かと」


 ………………………………。

 はっ!!

 えっ?

 い、今、何を喋ってたの、このひと!?

 喋り出した途端に眠気に襲われて、全然内容覚えてないわ!!


「――――――――――――――――で、………………ですね。――とは!」


 ぐ、ぐぬぬぬぬ!!

 や、やっぱり聞き取れない。

 聞こえるけど、あんまりにも平凡でどうでもいい話ぎる。

 頭が全自動でスルーする。なんなの、これは!?

 寝ないようにするだけで必死!


 フィニスのお父さん、シュテルンは、そんな私ににっこり笑う。


 そして、言った。


「フィニスは変わりました」


「え? あ、はい」


 この話は聞き取れる。

 フィニスの話だからかな。

 推しの話は、どれだけつまんなくても、百万回聞きたいもんね。


「あなたに会ったせいなんでしょう。あなたはひとの運命を変えかねない、輝ける星だ。きっとフィニスの運命も変わる」


「……伯爵?」


「ですが、人間が行きつく先は、いつだってひとつです」


 シュテルンは指を一本立てて笑った。

 同時に、控えの間の扉が開かれる。


「皇帝陛下のお召しです!!」


 着飾った楽園守護騎士団が叫ぶ。

 貴族たちがいっせいに動き出す。

 立ち止まっているわけにはいかなくて、私たちも歩き出した。

 

 心臓が、どきどきしている。

 なんなの。

 なんだったの、今のは。

 ひとが行き着く先が、ひとつ?

 どういう意味? みんなが行き着く場所なんて、ある?


 人々は歩いて行く。

 廊下の先の扉が、また開かれる。

 まずは楽園守護騎士団が中に入る。

 そして次に、貴族たちが深く一礼して――。


「……陛下?」


 誰かが不思議そうに言う。

 次に、悲鳴が響き渡った。


「きゃあああああああああ!!」


「誰か! おい、誰か! 陛下が!!」


 空気が変わった。


「どいてください!! どいて!!」


 私とザクトは、人波を掻き分けて謁見の間に駆けこむ。

 そこには、一足早く駆けつけたフィニスがいた。

 視線の先には、豪華な台座にのった、鉄の玉座。

 皇帝陛下は、前のめりで玉座からずりおちている。


 その背には、短剣が深々と刺さっていた。

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