第61話 プロポーズは、ちょっとだけ遅すぎました!
「ままままままままままま、ままま」
「落ち着けセレーナ。俺はお前が落ち着くまで待つ気満々だ」
「あ、ありがとうございます……。ええと? それって、つまり、二度目がどうこうっていうのが、私の妄想の可能性も……!?」
「だとしたら妄想の天才だな。この俺も騙したんだから、その才で食っていけるぞ。安心しろ」
「安心できるかなあ、それ!? 自分すらだませる妄想の天才って、逆に不安しかないですよ!! えええええ、やばい、まずい、自分で勝手に不幸な過去をねつ造する系はさすがに痛い……ん……?」
私はふと、顔を上げる。
「でも、私、宮殿の裏構造まで思い出せましたよ? それが妄想っていうのはキツくないですか」
「なるほど。確かにだな。何か、デカい星の動きに紛れたか、予言や透視の力があるか……あー、それと、『二度目』の証拠にはならんが、お前が生まれた辺りで妙な星の動きはあった。それが何を意味するのかは解析中だ。ちなみにお前、兄弟は?」
「私の他に四人います。ちなみに、私以外は全員普通です」
「ふーん……そうか……。いや、さっき言った妙な星の動き、お前の他にもうひとつ、そっくりな動きをしたのがあったのだ。似たような運命の奴が身近にいそうだが、まあ、誤差の可能性もある」
「なるほど……????」
全然わからん。
混乱した私を、ルビンはあっさり追い出した。
「何かわかればまた教えてやる。それまでは絶望せずに元気に生きろ」
「努力します……。色々、ありがとうございました」
私はとにかくルビンにお礼を言って、楽園を出る。
どうしよう。
どうしようもないけど……どうしよう。
私が『二度目』じゃなかったら。
『二度目』じゃなかったら……あれっ。
別に、悪くないのでは?
地獄行きはなくなるし、知識はあるし。
二度目だろうが一度目だろうがフィニスが死にやすそうなのは本当だし。
今後やることも、変わらないのでは……?
「セレーナ、魂が口から出てるぞ」
「あ……フィニスさま」
顔を上げると、フィニスがいた。
本物? 妄想?
私の妄想が、『二度目』を錯覚させるほどに超高精度なら、フィニスの幻覚を作り出して好き勝手喋らせることもできるかもしれない。
よーし、やってみよ!
フィニスに言わせたいセリフってなんだろ。ぐっ……ぐぬぬぬぬぬぬ。
いざとなると思いつかない!! 大体、本人のほうが軽く妄想を飛び越えて萌えをぶっこんでくるから!! 萌えの強襲騎兵か!! すき!!!!!!
「……またルビンがおかしなことを言ったなら、今から少し踏んでくるが」
「あ、これ本物のフィニスさまですね。ルビンにとってフィニスさまの靴の裏はごほうびだと思いますけど、彼は何も悪いことはしてないです。むしろ、超過密な仕事のすきまで親切にしてもらいました」
「そうか。ならばよかった」
フィニスはちょっと笑う。
かわいいなあ。こうやってちょっとだけ笑うときのフィニス、最高かわいい。
きっと小さいころはこうやって笑ってたんだろう。
私たちはゆっくりと歩き出す。
「ルビンは本来、賢くて物知りで研究熱心ないい男だ。奴に比べれば、わたしは何も知らない」
「フィニスさまはそれでいいと思いますよ? みんなに慕われるし、それを受け止められますから。ひとりで全部知ろうとしなくても、みんなが教えてくれる。代わりに、みんなを支えてあげればいいんじゃないでしょうか?」
「……父も、そう言った」
あれ、ちょっと笑顔が消えちゃった。
それにしても、フィニスのお父さんってどんな人だろ?
幼少期のフィニスとセットで知りたい。っていうか、幼少期のフィニスが知りたい。
「フィニスさまって、生まれつきフィニスさまだったんですね。幼少期の記録集みたいなのが存在したら言い値で買いま……いやいやいやいや、金で解決、私の悪いくせ!!」
私は頭を抱える。
その頭が、ぽんぽんと叩かれた。
「ふえ?」
顔を上げると、フィニスが手をひっこめて言う。
「いつか、君自身のことについても、もっと話してくれるか?」
「へ、は、話してる、つもりです、が」
フィニス、ちょっと悲しい顔になってる。
私の過去に、悲しいこととかありました?
筋トレか?
筋肉はいいものですよ?
「……あ!! も、もしかして!?」
「……君の婚約者殿のことは、知らなくて失礼をした。今までずいぶん無礼だったと思う」
はあああああああああああ、それかーーーーーーー!!
そ、それかあああ……。
私がリヒトにぽろっと言ったやつだ。
それで、ものすごく礼儀正しい騎士行動に出てたんですね!?
「ち、ちちちちち、違い、ます、違わないかもしれないけど、その、あの」
「無理に話すことはない」
「は、はい、まあ、話せることもない、と言いますか……」
死んだ婚約者はあなたです、なんて言ったら呪いだし。
それも私の妄想かもしれないし。
黙る私。
その頭を、もう一度ぽんっとして、フィニスは話を変えた。
「いよいよ明日が作戦決行日なわけだが。無事に婚約破棄ができたら、わたしは一生独身でいられると思うか?」
「……わかりません。ご親族のご意向もあります、から」
フィニスはうちより落ちるとはいえ、有力貴族の長男。
生涯独身は、ものすごーーーーく、風当たりが強いと思う。
不能とか変態とか、変な噂立てられるしね……。
「そうだな。…………わたしは、どうしても結婚しなくてはならないなら、君がいいと思っていた」
「は、はあ。は? はああああああああああああああ!?」
少々お待ちください。
混乱しております。
混乱。混乱。混乱。深呼吸。すー……はー……。
……待ってください、フィニスさま。
世間一般では、今の、あのー、ぷぷぷぷぷぷぷろぽーーーーーーーずですよ!!??
過去形、だけども!!!!
「けれど、君の胸にはいまだ亡くなった婚約者がいる」
「い、いますけど!! そりゃあもうどっしりといますけど!!」
いますけど、それは、あなたです!!!!!!!!!!
「だから、これはただの夢だな。忘れてくれ」
忘れられるかボケ!!!!!! と叫ぶガラの悪い私と、フィニスの消えそうに儚い笑顔、あまりにもお美しい、死に際にも見たいし毎日眠りに落ちる前にも見たいから羊皮紙に念写して寝台の真上に貼りたい、と身をよじるいつもの私が胸の中に生まれ、お互いに殴り合ったあげく、しっかと抱き合って仲良くなりました。
はいはいはーい、落ち着いて、私。
冷静になって。
これって、どーーーしても結婚しなきゃいけない場合の話、でしょ?
私は咳払いした。
「――あの。私との結婚を考えるフィニスさまのお気持ち。私、わかります」
「え」
「つまり、偽装結婚するなら手近な友達と、ってことですよね!? わかりますし、すっごく光栄です。自分が女でよかったーと思う瞬間です。できることならめちゃくちゃお手伝いしたいのですが……私、あいにく家柄が割とよくてですね」
「……うん」
あっ、久しぶりに、フィニスの狼耳がぺったーんとなるのを見たぞ!!
かわいいかわいい、でもここでひるんではだめ!
「な、なので、私と結婚すると、やっぱり皇帝になっちゃいがちだと思うんですよ。フィニスさまが皇帝になりたくないのは、よーく知ってます。だから、目一杯応援はしますが、結婚は、できなくて。その……すみま、せん……」
うーうーうー。
私はなんで、泣きそうになってるのかなぁ。
フィニスの耳がちょっと上がる。
「そんな顔をするな。わかっていたことだろう。わたしたち、二人とも」
「……ですね。わかってました」
私はうなずく。
わたしたち、って、フィニスが言ってくれたのが、嬉しい。
わたしたち。
夫婦にはなれなくても、わたしたちは、わたしたち、ですよね。
空が青い。
帝都の夏は、もうすぐ終わる。
夏が終わったら、秋が来て、冬が来る。
フィニスが死ぬかもしれない冬。
……がんばるぞ。
何がほんとか、どんどんわからなくなるけど、それでも。
がんばる。がんばるんだ。
あなたのしあわせな未来が、私の夢です!!
「とりあえず、まずは婚約破棄を頑張りましょうね!」
「ああ。そうだ、明日は、父も宮殿に来るらしい。ちらっと挨拶してくれるか」
「もちろんです! フィニスさまのお父さまか~、楽しみですね!」
私、フィニス父にはずっと面識がない。
……このひとのお父さんかあ。
きっと、ものすごーーーーく、非凡で美形で。
きっとどこか、ごっそり欠けてるんだろうなあ。




