第60話 楽園の魔法使いって、そんなことまでわかるんですか!?
「楽園。……ここが、楽園、かあ」
「どこからどう見ても楽園だろうが。異論は認めん!!」
肩でルビンの使い魔がギィギィと鳴く。
私は正直に言った。
「思ってた楽園感はないというか、汚いですね?」
「だから!! 異論は認めんと言ってるだろうが!! ほんっとに失礼な子狼だな、お前は!」
楽園守護騎士団のリヒトと宮殿を巡った翌日、私は楽園にいた。
『楽園』。
それはこの世界の魔法と、六門教の中心地だ。
円い人工島の上に無数の建物が散らばり、中央には巻き貝を立てたみたいな塔がそびえ立つ。
帝国は、この塔を抱きかかえるように広がっている。
――で、この楽園。
遠目にはきれいなんだけど、中に入ると、いつ洗濯したのかわからないズルズルした格好のひとたちが、あっちこっちで行き倒れてるんだよね。
私は頭をかく。
本日は騎士団服だ。
「すみません……。魔法使いって激務だって聞きますもんね、行き倒れくらい普通ですね。みんな目が死んでて顔色が土気色で明らかに栄養状態悪いけど、きっとやりがいがあるから頑張れてるんですね……って……やっぱりだめじゃないですか!? 優秀な人材ぞろいの魔法使いが、こんなに行き倒れてるのはだめなんじゃ!?」
「なんだ、優しさか? 魔法の秘密を守ろうとするとあんまし下働きも増やせんし、楽園は昔からこうだ。外の感覚を持ちこんでもろくなことはないぞ。ここは魔法使いの宇宙なのだ。――過保護フィニスは、よくぞお前をひとりでよこしたな? 竜もおらんようだし」
「シロを連れてきたら、即捕まって実験されると思ったんです! フィニスさまは……昨日おやすみなさいを言って、それっきり……」
うー、思い出してしまった。そうなんだよね。
昨日は色々あったのに、別れ際のフィニスは無口だった。
私をフローリンデの馬車に預けて、やさしく『いい夢が訪れるように』ってだけ言って扉を閉めた。
私はその男前っぷりがまぶしくてまぶしくて、いやだって、ひとをぶん殴ったあとにあんなに穏やかな顔ができるの、すごくないですか? 奇跡じゃないですか? フィニスにだって言いたいことは百も二百もあったと思うんですけど、私がショックだったかなーとか思って何ひとつ言わなかったんですよ、言わないで、私のいい夢だけ祈ってくれたの、紳士の極み!! もう最高の中の最高、至上、至高、宇宙!!!!
はー……。
でも、ほんとは。
もうちょっとだけ、お話したかった気もします。
「大丈夫か、セレーナ。一瞬で目が死んだが、フィニスのことを考えていたのか」
「当たりです。ですけど、さすがにここについてきてもらうわけにはいきませんよ。『私の出生の秘密について話す』って言われたんだから。――ルビンさまの本体は、この行き倒れの中のひとりですか?」
橋を渡っていくつもの堀を越え、私たちは楽園の中央塔に入っていた。
中央塔は、神の記したる『天書』が伝える宇宙の形そのもの……らしいんだけど。内部はますます行き倒れが増えますね。
っていうか、壁のくぼみにめちゃくちゃひとが寝てる……。
えええ、この人たち、生きてる?
ち、地下墓地?
いや、塔だから、塔墓地……???
「安心しろ、そいつらは自分で考えて行動するより、魔力の供給源になったほうが効率がいいザコどもだ。魔力を吸われ続けているが、かろうじて生きてはいる。俺の本体はこの先だ」
「うわあ、うわあ、うわあ……」
なんにも言えなくなった私は、使い魔の言う通りにぐるぐる階段を上った。
やっとたどり着いたルビンの部屋は、お椀を伏せた形。天窓に向けて、きらびやかな大砲みたいな機械が設置されている。
その周りには本の山がいっぱい。
山の上には、赤い雑巾がのっていた。
「……さて、よく来たな、『二度目』の娘」
「うっわっ、雑巾が喋る魔法だ!? あっ、違……えっと、ルビンさまの本体ですか?」
「その、いきなり本心を口にするの、やめたほうがいいぞ。いまさらだが」
ぶつくさ言い、ルビンが体を起こす。
私は彼を見上げてまばたきした。
「すみません、てっきり本の上に雑巾がのってるもんだとばっかり。……ルビンさま、なんていうか、その、騎士団本部に来たときとは大分違うというか――ちゃんと寝てます?」
「三日に一度くらいは」
「いやいやいやいや、毎日寝てくださいよ、毎日!!」
「安心しろ、今日は寝る。あと、俺は元々推しが目の前にいないときはこんなもんだ」
ルビンは答え、くは、とあくびをした。
騎士団にはキラッキラの格好で来たルビンだけど、今日の服装は灰色でだらんとしてるし、きらびやかな赤毛は適当にくくってて雑巾みたいだし、分厚い眼鏡してるし、顔にはものすごい隈がある。
私はぽん、と手を打った。
「あっ、それはわかります。おしゃれは、いずれ推しに会えると思うからこそ!」
「そのとおり!! 推しの前に出ないときは舞台裏みたいなもんだ。死んでもこんなところは推しには見せん。あー……でもな~。フィニスは優しいからな~~。こうしてぐだぐだな俺を見たら見たで、ちょっと優しく踏んでくれるかもしれんな~、それはいいな~……」
フィニスの話になったとたんキラキラし始めるルビン、正直かわいい。
趣味はあいかわらず独特だけど、それはそれでありだと思うよ!
私は資料鞄をもちあげた。
「そんなルビンさまのために、実はお土産を持って来ました。ご覧ください、フィニスさまが普段履いてるブーツの注文先と型の一覧です!!」
ルビンはくわっ!! と目を見開くと、びたーんと床に這いつくばった。
「おおおおおおおお、な、なんという心づくし!! セレーナ、お前は女神だ! その資料、殺してでも奪い取る!!!!」
「待って、出てる!! 心の声が、いいのから悪いのまで全部出てる!!!! 大丈夫、これはプレゼントします! 同志ですから!」
「ありがたい。この恩は死んでも忘れん。お前の萌え思想とやらに出会ってから、俺の心はかつてなく穏やかなのだ……。まさに救い主。は~~~~早速作ろう~フィニスとおそろいのブーツ!!」
ルビンはかさかさと近づいてきて、書類を受け取った。
私はあいまいに笑う。
「あははは……。ありがとうございます。でも私、できれば萌え仲間、くらいの立ち位置がいいなあ」
「基本はそっちだから安心しろ。――で。そんなお前の地獄行き、どうにかならんかなーと思ってせっせと星の観察をしてたんだが、妙なことがわかったぞ」
すっと平静になるルビン。
このひと、頭いい顔もできるんだな。
っていうか、こっちが本体だったっけ?
「妙なこと?」
私が聞くと、ルビンは天井を見た。
そこは藍色に塗られ、金で無数の星座が描かれている。
「うん。お前も知っているだろう。この世で起こるすべては、星の動きと連動する。お前が本来くぐるべき死者の門をくぐらずに生者の門をくぐり直したとしたら、当時の星にもそれなりの大きな異常があったはずなのだ。……だが、ない」
「ない。……え? どういうことです?」
私はきょとん、としてしまった。
ルビンはあごをなでる。
「どういうことか、詳しくはわからんのだな、これが。お前、門をくぐったときの記憶はあるか? 神さまっぽいのはいたか?」
「か、かるーくそんなこと聞かれても!! 覚えてないですよ。覚えてるのは……前世、婚約者だったフィニスさまと一緒に殺されたってことです。猛烈な炎にあおられて、気が遠くなって……次に目が覚めたら赤ん坊でした。一歳くらいだったかな?」
「んーーーーー。それだけだとなんとも言えんなあ。『二度目』の人間が前世の記憶に目覚める年齢はまちまちだ。お前もまだ忘れていることがあるのかもしれん」
考えこむルビン。
私はまだまだきょとんとしている。
星は絶対に嘘を吐かない。
ルビンも嘘を吐いていないとしたら……。
私……本当は、『二度目』じゃないの!!??




