第59話 黒狼騎士団と楽園守護騎士団、一触即発です!
「フィニスさまーーーーーー!!」
私は全力で叫ぶ。
フィニスがこちらを見る。
「セレーナ!!」
殺気がぱちん、と消える。
私に向かって、手が伸ばされる。
――嬉しい!!
やっぱり私、あなたが好き!!
「……下手打ちやがって」
楽園騎士が舌打ちをする。
私はフィニスの腕に飛びこんだ。
フィニスは一度だけ、ぎゅっと抱きしめてくれる。
強い力。でも、ぜんぜん痛くなんかなくて。
とろけそうな熱だけがあって。
「心配した」
耳元で、囁き。
え、あ、ちょっと、すっごい。
推しの、こんな弱々しい声、初めて聞いてしまった……。
こ、こここここれは聞いていいやつ? だめじゃない? 多分だめだけど、忘れたくないし逃したくないし……とりあえず耳、ふさいどこ!!
「……? どうした」
「すみません、今、あなたの声を永久保存する方法を検討中です」
「そうか」
ここで流してくれるのがフィニスだなあ。好き。ほんと好き。
フィニスは私の肩を抱いたまま、楽園騎士たちに向き直る。
「さて。何があったか、説明できる者は?」
声が一気に氷点下。
そ、そういうところも、好き……だけど、その。
物騒なことは、しないでね?
私はハラハラする。
楽園騎士はうすら笑った。
「彼女が勝手に宮殿に忍びこみ、迷子になったのではないですか? 我々の仲間がここまで案内してきた可能性はありますね。親、切、心、で」
め、めっちゃ親切心強調してくる~。
こいつ、リヒトが何やったか、完全に察してるな。
「宮殿というのは、身分のある女性がつきそいもなく歩き回るところか? しかも陶器の肌まで汚して」
フィニスは言い、言い、言い、言い、言い……あ、思考が空回りしたわ。
フィニスは言い、私を、顎クイ……した!!!!
で、であえであえーーーーー推しの顎クイだぞ!!
ぎゃーーーー!!
フィニスは私の顔の汚れを見てるだけなんだけど、だけどだけどだけど顎クイとか、必殺技にもほどがあるわーーーーー!!
「さて? ときにあなた、行方不明になったのは盟約者だとおっしゃっていたのでは? どう見ても、彼女は年若い貴婦人ですね。しかも、あなたのファンの。野生動物ばかりの東部でファンを獲得するとは、さすがは顔で有名なライサンダー卿」
えっ、フィニス、顔で有名なの!?
やっぱり!?
フィニスの顔、いいよねえ!!!!
って、盛り上がったけど、まあこれ、侮辱ですよね。
そのとき、楽園守護騎士たちを掻き分けて、リヒトがやってきた。
「おい、セレーナ!!!!」
「あっ、お疲れさまです!」
痛かったでしょ、とは、さすがに言わない。
リヒトは引きつって笑った。
「なんだ、その返事は。おかしいな。まったくおかしい。おかしいが……僕は君が気に入った!!」
「なんで!? あ……ひょっとして、ご褒美でしたか……?」
「ッ、違うわ!!!! いい加減にせーよ!!!! そうじゃない。僕は、慈悲の心で、お前が今謝るなら、もう一度求愛を受けてもいいと言ってるんだ!! ちなみに、無礼にも僕のこの申し出を断るなら、『ただの真実』が世間に流れる」
ふむ、これは脅しの香り。
でも、ねえ。
「真実……。あなたが夜の宮殿を案内するって言って押し倒してきて、私が急所蹴り上げたこと以外に、何かあります?」
「ある!!!!!! そこの!! 黒狼騎士団団長のフィニスが、結婚前から暴力的なエロガキ愛人を盟約者にすえて辺境でやりたい放題していることだ!!」
ウッ。そっちかあ。
そっちは、正直、イヤですね……。
フィニスが盟約者うんぬんを口にしなければ、隠し通せたんだけど。
私が黙ると、リヒトは余裕を取り戻した。
「これはスキャンダルになるぞ。なんなら、彼の将来にも響く」
うーうーうー。
暴力はともかく、エロ……いや、脳内はエロいことあるけど、現実の私はエロくない。
ただまあ、噂はなんとでも流れるからな。
帝都でそんな噂が流れたら、フィニスの悪評に繋がるのは明らかだ。
……まずかった、よね。
しゅんとしていると、フィニスの手に力がこもる。
「セレーナ。気にしなくていいのはわかっているな?」
すっごい、優しい声だ。
めちゃくちゃ胸にしみる。
「……あなたがそうおっしゃるのなら」
どうにか答える。
フィニスはちょっと微笑んだ。
「わたしが手を放したら、我々の後ろへ走れ。フローリンデが馬車で来ている」
……この人、やる気だ。
喧嘩、する気だ。評判も何も関係なく。
確かに、皇帝になりたくないなら、いっそそれもありなのかな。
ああ、でも、フィニスが傷つくのはイヤだ!!
「待ってください。私もやります。いけます!」
せめて、あなたと一緒にいたい。
私は必死で言う。
フィニスは私の肩から手を放し、かわりに片手を取る。
そして――手袋の上から口づけた。
「今夜くらいは、君の騎士でいさせろ」
金の瞳を静かに光らせて、彼は言う。
私の。
私の、騎士。
「――はい」
他に、何も、言えなくて。
フィニスはにっこり笑った。
彼が手を放す。軽く、背中を押してくれる。
私は、言われた通り走った。
「ザクト、わたしの剣を持っていろ」
「はぁーい」
背後で、そんな声。
よかった、剣は使わないんだ。
走りながら振り返ると、フィニスとリヒトが話しているところだった。
「……なんだ。セレーナではなく、卿のほうが謝るのか。よほどあの愛人に執着があると見える」
「彼女が謝る必要はない。ひるがえって、卿らの節度のない行動と言葉には指摘すべき点が山ほどあるな。つまり……彼女がエロガキ愛人だったらどれだけわたしの悩みが消滅すると思っているんだ卿らの人生はどれだけ単純にできているのだ正直羨ましいぞ今すぐわたしと交換しろいやするな卿らの人生に彼女はいないだろうからそれで減点一万点だ」
「えっ……」
フィニスさま!! 私の早口がうつってますよ!!!!
リヒト、退いてますよ!!
あとなんか、フィニスさま、変なことを……おっしゃってる、よう、な……????
「――と、いうのは呑みこむ。今夜は一言だけ」
フィニスは言い、手袋の上からしていた大きな指輪をポケットにしまった。
そのあと、リヒトの耳元に口を寄せる。
なんて言ったのかは、聞こえなかった。
聞こえなかったけど、多分、こう言ったよね?
「腹が立つので一発殴らせろ」
……って。
「セレーナ! こちらですわ!」
「フローリンデ、ありがとう……! でも、ちょっと待って」
馬車に乗りこむ前に振り返る。
同時に、バキッ!! と、聞くからに痛い音が響いた。
どよめく両騎士団。
ぱったりと倒れたリヒトは、立ち上がる気配がない。
「わーお……。一発気絶じゃん、こっっっわ」
ザクトの声は楽しそうだ。
「さすがです団長! 死体はムギが片付けます!」
ジークの声も楽しそうだ。っていうか、君のほうがひどいな。
「殺してはいない。行くぞ」
フィニスは冷淡に言い、指輪をつけなおす。
楽園守護騎士団は色めき立った。
「それで素直に帰れると思ったか!? 行くぞ、お前たち!!」
ひっくり返った声で叫ぶ楽園騎士。
おう、と応じる声。
身構えるザクトとジーク。
直後、どざざざざざざざーーーーーー!! と、その頭上から水がかかった。
「わぷっ!!?? な、ななな、なんだ? 魔法か!?」
ずぶ濡れになった楽園騎士が叫ぶ。
その頭に、きらきらする金色の鳥が止まった。
金属の鳥、なのかな?
きれい。時計についてる飾り物みたい。
そんな鳥が、甲高い声で叫ぶ。
『暴力的な遊びはそのへんでやめておけ!! これだから騎士どもは嫌いなんだ!』
「――お前、ルビンか」
こちらも濡れたフィニスが答える。
はー、なるほど、この鳥、ルビンか。魔道士の魔法機械だ。
ひとことで中身がわかるとか、さすがは幼なじみだな。
ルビンの鳥は、フィニスを見て言った。
『フィニス、今宵の貴様もまた血の香りがして実に麗しいぞ……!! ほんとよく育ったな~、大昔は女の子みたいにかわいかったのにな~、あのころは可愛くて凜々しくてちっちゃくて、ほんっとアクセサリーにして持ち歩きたいくらいだった……』
「いきなり変態的な趣味をひけらかすな。なぜ、お前が使い魔を送ってきた。わざわざ我々の仲介をするためではあるまい」
フィニスは冷静だ。
そして、ルビンの返事は、とっても意外なものだった。
『おー、バレたか。セレーナについて、わかったことがある。セレーナも一緒に来てるな? 彼女を楽園へよこせ。彼女の生まれについての話だと言え!』




