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第58話 私、黒狼騎士なので乱暴です!

※R15には入らないと判断しますが、怪談的こわい話などがさらっとあります。ご注意ください。

「宮殿には幽霊がつきものだ。なぜなら……宮殿では、たくさんの人が死ぬからね。陰謀、術策、そして呪い。覚悟はいい……?」


「はい! 今から、どきどきわくわくしてます!!」


「うん、元気な返事だ! どきどきはいいけど、わくわくは何か違うね!?」

 

 リヒトは言う。

 私たちは帝都の旧市街のはしっこ、シュテルンビルト宮殿の中にいる。

 白亜の宮殿は美しいけど、増築を重ねたせいで、端と端じゃ様式に三百年くらい幅がある。まだ端っこは工事中で、永遠に完成しないだろうって噂すらあるんだ。


「まあ、僕が一緒にいるから幽霊なんか怖くないってことだと受け取っておくよ。たった半日で信頼してくれるなんて嬉しいけど、当然と言えば当然だね。僕って強いから」


「えっ、そうだったんですか? ……あー、なるほど。うん。でも、〇.七フィニスくらいでは?」


「何その基準。今の間で一体なにが見えたの? とりあえず、中に行こうか」


 リヒトに導かれ、私は中庭から建物内に入った。

 昼間は無数のロウソクやオイルランプで輝いているであろう廊下は、薄闇に沈んでいた。それでも最低限の一夜ロウソクは燃えているあたり、さすがは帝都だ。


「あれ、この先って?」


「お披露目か何かで来たことあるだろ? こここそ、宮殿内でもっとも華麗なる悲劇を生んできた場所。謁見室だよ!」


 リヒトは携帯用オイルランプを持って、くるりと回る。

 明かりが壁の鏡に反射して、びかびか光った。

 だだっ広い広間は天井が高く、壁にはめちゃくちゃ高価な最新鋭の鏡がびっしり貼ってあるのだ。


「まさか、夜にこんなところまで入れるなんて、思ってもみませんでした」


「言っただろ? 楽園守護騎士団は楽園と帝都の守護が仕事なんだよって。皇帝陛下をお守りするためには、宮殿の隅々まで歩き回れる権限が必要だ。おかしなことを言うなら、僕らは皇帝陛下よりも自由に宮殿を使える。――つまりは、この場所の、真の主さ」


 リヒトはめっちゃドヤ顔だ。

 ……ふむ。

 フィニスが皇帝になったら、こういうのが部下につくのか。

 首はねるな、多分。いやいや、はねるまではいかないか?


「どうしたの? 僕に見とれてる? 僕のちっちゃなキラ星ちゃん」


 あ、駄目ですね、はねます。はねると思います、このノリの男。

 やだなあ、そうなったらフィニス、暴君として歴史に名が残っちゃう。

 傲慢冷徹氷の美貌、その髪は永遠に明けぬ夜を表す漆黒、肌は年月に洗われた白骨の白、瞳はひとの情を知らぬ金色にして魔性の輝き、彼は怒りと恐怖を剣としてふるい、人々を永遠の虜囚とした――うううう、めっちゃすらすら出てくるし残念ながら萌えました!! はーーー、残念!!! 自分の萌え幅の広さが残念だわ!!


 っていうか、駄目でしょ!?

 そんなの、フィニスが幸せになれないじゃない!?

 私は、推しの不幸を願うなんて、絶対ごめんだ!!

 やっぱり戴冠は、絶対阻止!!!!


「セレーナ……震えてる? やっと震えてるの!? ここに関する幽霊話はまだこれからするんだけど、それでも君がおびえてる顔が見られて嬉しいよ!! 思った以上にかわいいなあ……!」


「あっ、すみません、別件で怖いことを考えてました。で、ここでの幽霊話って?」


「ん、あ、はい。そうだね。ここに出る幽霊は、『白い男の子』。ただの下働きだったんだけど、宮殿の隠し通路、通称『影宮殿』に迷いこんでしまったんだ。そこから、この謁見の間で行われていた秘密の話を聞いてしまった。その『影宮殿』がこっちさ」


「『影宮殿』!! 噂には聞いてましたけど、入れるなんて!!」


「ふふ、特別だよ。……おいで」


 私は目の色を変えた。

 リヒトは満足そうに笑い、壁の鏡の額縁に指輪を押しこむ。

 かちゃり、とかすかな音。

 鏡が額縁ごと扉みたいに開き、薄暗い部屋が出現した。


「すごい……本当に、表と同じくらい豪華な部屋なんだ」


 私はつぶやく。

 『影宮殿』のこと、前世では、いくらか教えてもらったことがある。

 実家のフランカルディ家は皇帝を出したことがあるから、そのとき『影宮殿』の図面を持ち出して、裏の家宝として伝えているんだそうだ。

 でもそれも、一部でしかない……。


「皇帝陛下が休憩所として使うこともあるからね。ここで秘密を聞いてしまった少年は、どうなったと思う?」


「殺されたんでは?」


「ふふ。閉じ込められたのさ。新たに作られた壁の中に――永遠に」


「うわ、それは……っ!!」


 さすがにグロい、と言おうとしたとき、私の体はふわっと宙に浮いた。

 足を引っかけられた!?

 理解したときには、きれいな長椅子に押しあげられている。

 両肩にリヒトの手が乗った。

 

「昼間、僕の足を引っかけただろ? お返し」


 強い力。甘ったるい声と、こぼれかかる金の髪。

 はねのけなきゃ。

 でも、なに、これ。

 なんか、猛烈に、きもちわる。……吐きそう。


「何かの、勘違い……」


「君さあ、僕のこと甘く見過ぎだと思うよ? 僕だって、もちろん君のこと甘く見てたけど。帝都に屋敷もあるし、『影宮殿』のことも知ってるんなら、相当なお嬢さまじゃない。頭も回る、体も動く。君、何者?」


 くらくらする。苦しい。

 うまく答えなきゃ。でも、なんで。

 なんでこんな、気持ち悪いの?


「放してください。お話をする体勢じゃ、ないです」


「呼吸が乱れてる。やっと怖がってくれたね。嬉しいよ。今の君の目は死んでないな。憎悪とか嫌悪とか色々あって、生きてるーって感じする。その目を、もっときらめかせてあげる。人生を楽しむやり方を、僕が教えてあげる」


 やだ。そんなの勝手にやっててよ。

 私にかまわないで。私はうめく。


「人生は楽しむものじゃない。正しく、思うように生きるためのものです」


「それが婚約者の教えなんだろ? 死んでまで君を縛ってる婚約者のことは忘れな。そんなの、ただの呪いだよ」


 ………………。

 ………………。


「………………放して」


「わかってくれた? 痛いことはしないよ……へぶっ!!」


 うっとりと近寄ってくるリヒトの顔に、力一杯頭突きする。

 命中。いい音。

 相手の力が緩んだところで、急所に蹴りの一撃。

 

「う……う、ううう……!!」


 こちらも命中。

 うめくリヒトを、長椅子から蹴落とす。


「色々ご教授ありがとうございました、ここまでで失礼いたします!! 正式な抗議はのちほど、実家のほうから行きますんで!!」


 私は叫ぶと、『影宮殿』の奥へと駆けこんだ。

 来た道を戻る手もあったけど、こっちはドレスだ。足が遅い。

 『影宮殿』の道は、実家で教わったぶんしか知らないけど――父は言っていた。

 『影宮殿』の道は、みんな一部しか知らないんだ、と。

 それってつまり、フランカルディ家の知ってる道は、他の人は知らないってこと。

 リヒトは『影宮殿』のことならなんでも知ってるって言ってたけど……それがはったりである可能性に、私は賭ける!


「待て!!……っく、待て、この、とんだ暴力女が!!」


 リヒトの叫び。ごもっとも。

 私、黒狼騎士ですので、乱暴です。

 私はいくつもの階段を下り、上がり、狭い廊下をすり抜け、はしごを登って、ドレスの肩で重い金属扉を必死に押した。

 ぎ、ぎぎ、ぎぎ――ばたん。開いた。

 夜風が通り過ぎる。外だ。


「やった、抜けられた……! ん?」


 ……ぐるぐるる。


 聞き慣れた獣の声が、かすかに聞こえる。

 あれは、黒狼の鳴き声だ。

 しかも――フィニスさまの。

 私がきょろついていると、建物の陰からシロが飛び出してきた。


 ――おーい、セレーナちゃん、ここであったか!! はよ来い、はよ。


 ――一体どうしたの、シロ!! 黒狼の声がしたよ?


 ――言われたとおり、フィニスの黒狼を呼んできたんじゃが……。ちょっと、一触即発になってもーた。


 一触即発!?

 それって、つまり……!?


 私はシロを抱え、とにかく走った。ここはまだ宮殿の城壁内だ。

 城門にたどり着くと、そこには、白い集団と、黒い集団がいた。


 白集団は楽園守護騎士団で、ざっと二十人ほど。

 黒い集団は人間三人、黒狼三匹の黒狼騎士団で――フィニス!!

 フィニスだ。フィニスがいる。

 ああああああーーーーー、目が、目が洗われるよー!!

 半日ギンギラに付き合った私の目が、今、じゃぶじゃぶ浄化されていくよーーー!!


「わたしの盟約者が王宮に向かって行方不明になったのだ。ここを通して頂きたい」


 フィニスの斬れるような声! 氷の刃! えーっと、あと、なんかこう、いい声!

 語彙力、すぐ死ぬ!!

 私がもだえている間に、楽園守護騎士はにっこり笑う。


「だから、さっきから申し上げておりますでしょう。『おととい来やがれ』と」


 おっ、待て待て。

 直接的だぞ?


「フィニスさま~、何人殺ります?」


「落ち着け、ザクト」


 よかった、ザクトは青筋立ってるけど、フィニスはまだ理性がある!!


「わたしに勝つには、もう二、三度生まれ変わってから来い」


 だめだ、全然なかったわ、理性!!!!

 私の推し、めーーーーちゃ剣呑でお美しいし、魔法剣持って来てるわ!!


 待って待って、フィニスさま!!

 暴君フラグは、駄目ですよ!!

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