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第56話 光の騎士は、強引です!

「そういえば、狼は連れていらっしゃらないのですね。黒狼騎士団はいかなるときでもあのケダモノと一緒だという噂だったので、つい期待してしまいました。案外匂いもないみたいですし」


 リヒトは言う。

 うーーーーーん。

 これってつまり……。


「田舎者、獣くせーぞ、帰れ!!」


 ってことかなあ。

 帝都っぽい言い回しだなあ……。

 っていうか、さすがに失礼では?

 基本は戦わないお飾り騎士がさー、謎の祭儀までやって辺境を守ってる騎士団長に、それはなくない?

 私はむくれたが、フィニスは平然としている。


「黒狼が見たければ是非とも東部辺境へ。婚約者の様子なら、今すぐ直接聞かれるといいでしょう。フローリンデ嬢、こちら、リヒト・ツヴェリングです」


「お初にお目にかかりますわ、ツヴェリング卿」


 フローリンデは落ち着いてリヒトに手を出す。

 フローリンデは大人だ。

 二倍近く生きてるはずの私だけが、子どもなのかもしれない。


 リヒトはひざまずき、フローリンデの手を取った。


「おお、これはこれは。黒狼騎士団長殿は、婚約者殿との逢い引き中でしたか。眼前で咲き誇る大輪の花の輝きに、僕の目は今にもつぶれてしまいそうで……す……?」


「お目にかかれて光栄ですわ。あなたをたとえるなら、帝都中に突っ立ってる彫像そのものですわね、うるわしの騎士殿」


 フローリンデ、にっこり笑う。

 その手はリヒトの手を握り、ギリギリと力をかけていた。

 ――あ、はい。全然大人ではなかったですね。

 むしろ、実力行使に出てますね!?


「嬉しいお言葉ですが、その、すみません、僕の気のせいですか? 手が、痛いのですが……?」


 リヒトが引きつって言う。

 フローリンデはぱっと手を放した。


「あら、申し訳ございません。ペンも折れよとばかりに夢小説全二十巻をしたためた豪腕が、うなってしまいましたわ。うっかりうっかり」


「なるほど? それはそれは、変わった趣味でいらっしゃる。それだけの趣味人でしたら、東部辺境に行かれても、きっと退屈することはないでしょう。――それはそうと、君。名前は?」


「えっ、私?」


 私はあわてる。

 もう完全に、話はフィニスとフローリンデのほうにいったと思ってた。

 リヒトは目を細めて笑う。


「うん。ライサンダー卿は婚約者殿とデート中だし、君は未婚だろう? つまり、僕が君に愛を語っても、なんの問題もないわけだ」


「あー。そうなっちゃいますか」


「そうなっちゃいますかって。違うのかい?」


 リヒトの言い方はいじわるだ。

 リヒトは多分、フィニスとフローリンデがピリピリしてるのをわかってる。

 わかってて言っている。


「ツヴェリング卿、彼女はわたしの……」


 フィニスが口を出そうとする。

 でも待って、今の私はドレス姿。

 大事な婚約破棄計画の前に、下手に噂になりたくない。

 私はあわててフィニスの言葉をさえぎった。


「……私、フローリンデの友人なんです! フローリンデが帝都に来たから、うるわしの婚約者さまをご紹介していただいていたの。お話だけで憧れていたけど、実際にお会いすると本当にうるわしいわ……星の光に磨かれた漆黒の夜そのもののよう。こんな方と結婚できるだなんて、なんてうらやましいんでしょう。そう思わなくって?」


 よし、完璧な令嬢声が出たぞ。

 私のフォローに、リヒトはぱっと明るくなった。


「そうだったのか! じゃ、君に婚約者はいないんだね?」


「ん? なんで?」


「僕は君が気に入っちゃったんだ。是非とも婚約前提のお付き合いがしたい。帝都にいるのはいつまで? たとえ明日帰るとしたって、きっと君を落として見せるよ!!」


「は、はあ……」


 落ちるって、どこに。

 絶大なる萌え対象が横にいるのに、どーして、どこに、どうやって落ちろというのか。

 げっそりした私の横で、フィニスとフローリンデは猛烈な殺気を吐き出していた。

 ん? んん?

 フィニスも?


 な……なんで???


 フローリンデは一歩前に出る。


「ツヴェリング卿? こちらはわたくしの、唯一無二の親友ですの。フィニスさまがいらっしゃらなかったら、いえ、いらっしゃっても結婚したいくらいの、魂の双子ですのよ」


「そうなんですか、フローリンデ! 来世では男女に生まれ変わるといいですね!」


「――ツヴェリング卿。フローリンデ嬢の友人はまだ十五歳だ。帝都にも慣れていない。わたしが付き添いを頼まれている」


「ご安心ください、ライサンダー卿! あなたより帝都に詳しい僕が、この世で一番安全な帝都案内をしてみせますから!!」


 リヒト、二人の攻撃をばしばし撃退していく。

 すごい。

 相手の話を聞いてるようで、一切聞いてない!!

 ぐるるるる、という二人のうなりが聞こえてきそうで、私は必死になった。


「つ、ツヴェリング卿! あのー、婚約とかは無理ですけど、帝都の案内でしたら……」


「婚約が無理なのはなぜ? 僕の目を見て理由を聞かせて」


「自然に腰を抱くの、やめてもらっていいですか!? 近いですよね!?」


 私はもがく。

 リヒトはがっつり私の腰を抱いたままだ。


「近くで見つめ合わなくちゃ、僕の気持ちがこぼれてしまう。君の視界を僕でいっぱいにしたいんだ」


「うわっ、なんですか今のキラキラは!! ぜんっぜん趣味じゃない私にも、顔の周りにキラキラが見えましたよ。ある意味すごいですね、あなた」


「僕が……趣味じゃない……!? そんなことを言える十五歳の女の子がいるだなんて! どうしよう……僕、燃えてきたよ!! ぜーーーったい、婚約しようね! で、たーーーくさん、楽しもう!」


「遠慮します。あなたはほっといても人生楽しめる人なんで、勝手に楽しんでてくれませんかね!? あのねー、私は婚約はしてないけど、婚約者はいるんです!!」


「どういうこと?」


 ふっとリヒトが真剣になる。

 まずい。口が、すべった……!!

 どくん、と心臓が鳴る。

 

「セレーナ?」


 フィニスの声だ。ぽかんとしてる。

 そりゃそうだよね。びっくりするよね。

 う、ううううう。どうしよう。完全に口がすべった。

 こんなこと言うつもりじゃなかった。

 でも、言っちゃったからには、どうにかしないと。


「し、死んだ……の、で」


 私は、ぼそり、と言う。

 リヒトが目をみはった。


「亡くなったの? 婚約者が?」


「はい。事故なのか、殺されたのかも、はっきりはわかりませんが。目の前で……」


 ああ、もう!! どうして本当のこと言ってるんだ、私は!!

 嘘を吐かなきゃいけないのに。

 他愛のない嘘を。

 どうしても、それが、できなくて。

 どうしよ。目の奥が熱い。

 思い出しちゃう。

 あの晩のフィニスが美しかったこと。

 私の胸が、最高にドキドキしていたこと。

 あの晩のしあわせ。あの晩の、終わり――。


「君は、セレーナというの?」


 リヒトの声。私はうつむいて答える。


「はい。私、まだ……。ですから、婚約とかは、」


「可哀想に!!!!!!!!!」


「はい……? って、うっわ、すっごい泣いてるな!!」


 いつの間にか、リヒトは大泣きしていた。

 涙顔のまま私を高く持ち上げ、くるんと一回転してから抱きしめる。


「僕は誓うよ。君を再び笑顔にすると!」


「だから待ってってば!! もうすっかり笑顔ですから! 単に婚約は駄目って話なの!」


「涙にくれる少女を放っておいて、何が守護騎士か!! 僕は一生の使命を見つけた! ああ、なんて崇高なんだ……世界が輝いて見える! セレーナ、共に行こう、君にうるわしの世界を見せてあげる!!」


「ま、待ってってーー!! ひとを担いだまま走るな! お前は顔の綺麗なミツメイノシシか!! フィニスさま、夜には帰りまーーーーす!!」


 私は叫び、そのままリヒトに運ばれていったのだった。

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