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第52話 猫カフェでするには、少々物騒な話です!

 前世での私たちのデートときたら、お上品なもので。

 皇帝陛下へ婚約披露のあと、ちょっとだけ宮殿の庭を歩いたり。

 舞踏会の途中で、ほんの少しだけテラスに出たり。

 あとは……あとは、えーっと。

 な、ない。

 全然ない。


「……何を考えている、セレーナ」


「昔のことを、考えてました。昔はこんなふうに、全身びっしり猫にたかられたあげくうるわしき顔面にまで猫がくっついてるフィニスさまを見ることになろうとは、想像もしていなくて……」


「普通そうだろうな」


 フィニスは言う。

 声は毛玉の隙間からした。


 はーーーーーー……。

 うっすら予想してはおったのじゃが、ちょっと、可愛すぎるんじゃのーーーー。

 思わず謎の老人口調になっちゃうくらい、猫にたかられてる超絶美形、かわいーーんじゃのーーー。


 ここは噂の猫カフェだ。

 帝国古典調の円柱が立ち並び、床には分厚い絨毯とクッションがたくさん。

 遊べる猫は、羽が生えた本物の猫っていう豪華な施設!

 で、入店するなりその猫にたかられまくり、毛玉タワーになってるのが、私の最推しです。


「フィニスさまって、基本動物に好かれますよね。かわいい」


 私はしあわせにお茶を飲む。

 何せフィニスの顔が隠れてるから、冷静にかわいさを楽しめるのだ!

 やったやった!!


「普通にしてるだけなんだがな。お前、ちょっとどいてくれ。毛しか見えない」


「にゃーー!!」


「にゃー、ではなくて」


「フィニスさまの、にゃー!!!!」


 私は、くわっと目を見開く。

 黒髪長髪クール美形の、にゃー!!!!

 はーーーーーー、守りたい、この、にゃー!!!!

 

「……やれやれ、やっと外れた。これでやっとセレーナが見える」


「穏やかに微笑まれるフィニスさまのお顔は永久に国宝クラスなんですけど、それはそうとして、もう一回『にゃー』って言ってもらっていいですか!?」


「にゃー?」


「ぐっ、うぅっ、気軽ッ!!!! 生きてて、よかっ…………た…………!!」


「どうした、なんで遺言めいたことを言って倒れるんだ、セレーナ。猫を乗せるぞ」


「お好きなように……もはや私の人生に、一片の悔いもありません……」


 うめく私。

 フィニスは宣言どおり、私のお腹に子猫を乗せた。

 子猫は私のお腹をふみふみしている。

 ふみ、ふみふみ、ふみ……。

 はあ……この世の楽園かよ……。

 

 私は心の中で子猫に話しかける


 ――ねえ、どうだった? フィニスさまの顔面。


 ――お腹にまつげがふわふわ当たって、ちょっとくすぐったかったにゃ。


――腹まつげ……!!!! なんという贅沢!! 国宝のまつげを腹に感じただと……!? 大変だよ、大変なことになるよ、あなたもう、並みの人間の腹まつげじゃ満足できなくなるよ……!!


 ――まーた勢いで、ただの子猫と意思疎通しおって。相手がちょいおびえとるぞ、セレーナ。


 クッションの上で様子をみていたシロが、ため息を吐く。

 不思議なもので、猫たちはシロには寄っていかない。


「そういえば、黒狼は? って、ほわぁ……黒狼の背中に猫が……三匹の猫玉が埋もれてる……んーーーーー、たまらん。かわです!!」


 ――と、叫んでいたら。

 いきなりフィニスの顔が視界をさえぎった。

 私の横に寝っ転がったのだ。

 

「うっっっっっ!!!! いきなりは! いきなりはやめて、自分の顔が劇物だと認識して!! な、なんで? なんでいきなり寝っ転がった!?」


「ん? 君が楽しそうなので、寝ると面白いものが見えるのかと思った」


「子どもか!!?? 可愛いが過ぎるのか!? ううっ、童心に返るフィニスさま……その事実に急速に癒やされていくのと同時に、爆裂な萌えで急速に体力が減っていくのを感じる……かわいさと萌えのガチンコ勝負ですよ、これは……」


 私は本気でうめく。

 フィニスはちょっと笑った。


「童心か。そうかもしれない。――子どものころのセレーナは、何をしていた?」


「筋トレです」


「……ずっと?」


「狩りもしましたね。貴族の令嬢が命のやりとりを覚えるのには、それが精一杯だったんで」


「……殺意の高い幼少期だな」


「フィニスさまは? やっぱりお勉強ですか?」


 推しの幼少期、さぞかし可愛かったんだろうなあ。

 私はわくわくと聞く。

 フィニスは黙りこんだ。


「……弟と妹の世話?」


「えっ。使用人は……?」


「使用人はいたが、弟妹はわたしが統率していた。多分、指揮を執るための練習だったんだろう」


 ぽやん、と言われたけど……ライサンダー家、なんか、独特だな?

 私はさらにつっこんだ。


「なるほど。ちなみにフィニスさまって何人兄弟でしたっけ」


「十三? だったような?」


「曖昧なんです!!??」


「まだ生まれてないのがいるかもしれないから、うかつなことが言えない」


「は、ははあ……。お父さまは、子どもがお好きなんですね」


「そうだな。わたしのことは特に好きだと言っていた。出世しそうだから」


「ぶふっ!! げほっ!! ごほっ!! しゅ、出世しそうて!!」


 思わず、吹いた上に咳きこんでしまった。

 フィニスは不思議そうに私を見る。


「おかしいか」


「おかしくは、ないですけど!! あなた、長男! 出世、大事ですし!」


「うん。そうだな。あとは、動物を飼って生態に慣れることも推奨されていた」


「ははあ、情操教育ですね!」


「いや、悪党が猫を拾うと大衆人気が取れるというから」


「不純だな!!?? 私も好きですけど、そういうの!! そもそも、フィニスさまは悪党ではないと思います!!」


 思わず体を起こして叫ぶ。

 フィニスはわたしを見上げてゆっくり瞬いた。


「そうか」


「そうですよ!! トラバントの心をローキックでへし折ったときはさすがにびっくりしましたけど、そうしないと収拾つかなかったし!! そもそも盗みをやったトラバントのほうが圧倒的に悪いし!!」


「セレーナ、騎士団の恥を大声で叫ぶな」


「あっ、すみません!!……ともかくですね。ちゃんと後始末をつければいいんです」


 私はまたぱたんと横たわり、小声で言う。

 フィニスは私を見ていた。


「後始末。処罰か」


「処罰もしなきゃですけど……。トラバントとの関係、ちゃんと軌道修正してくださいね。ギットギトの忠誠なんか誓わせ続けたら駄目ですよ。相手は黒狼じゃない。詩人の魂は過激なんです。ひょんなことで『失望した!』とか『裏切られた!』とか言って殺されるのがオチですから」


 喋りながら考える。

 フィニスがあそこでトラバントを殺してたら、トラバントの実家の怒りを買った。

 結果として暗殺された線だってありそうだ。

 それは回避出来たんだから、今のところは上等。


「フィニスさまは長生きします。きっとしますから、人間を使い捨てないで。ザクトも、ルビンも、トラバントもそう。ちゃんと話し合いましょ、一緒に生きていくために」 


「……お前は、たまに不思議なことを言う。まるで、百年先を見ているような」


 ぽそり、とフィニスが言う。

 私はまっすぐに彼を見た。


「私が見てるのは、せいぜい半年先です」


 半年先。

 何もしなければ、フィニスはこの冬に死ぬ。

 私が二度目をやってるせいで、色々と条件は変わってきてる。

 前回と同じ冬が来るとは思えないけど、それでも。

 それでも――不安は不安だ。


 フィニスは、死の崖を越えて、向こうに行けるんだろうか。

 

 ザクトや、トラバントや、ルビンと決別せず、フローリンデともそれなりに仲良く、でも、結婚はしないで、なるべく好きなことをして生きる、そんな人生。


 ……でも、フィニスが好きなことって、なんだ?

 子どもの時から、勉強と統率の訓練しかしていないこのひとの、好きなこと、って?


「お二人さま、仲のよろしいところ失礼いたします。存分に猫まみれは堪能されました?」


 ひょい、と店員がのぞきこんでくる。

 私は我に返った。


「あっ、はい! ありがとうございます!」


「かなりまみれたな、猫」


 フィニスも言い、起き上がる。

 店員はにこにこと続けた。


「それはようございました。この後、お風呂入って行かれます?」


「「風呂!?」」


 私たちはほとんど同時に叫ぶ。

 

「はい! 猫のにおいを落とすためのサービスで、基本料金に含まれ……えっ、ちょっと!! なんでいきなり二人とも倒れたの!? ちょ、ちょっと、しっかりしてください! しっかりして!! ちょ、誰かーーーーーー!!!!」


 薄れていく店員の声。

 出発の時間、間に合うかな――と思ったのが、その日最後の記憶でした。

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