第51話 デートって、実は刺激が強すぎますね!?
「デートか。わかった。まずはこの辺りに穴を掘ればいいんだな」
「なにひとつわかってませんね、フィニスさま!? その美貌でそのデート偏差値の低さ、正直胸がギュンッとしました!! あと、この広場は石畳です!!」
私が怒鳴ると、フィニスは地面を見た。
「そうだったな。動揺した。父が『やることが思いつかなくて困ったら穴を掘って埋めるといい』と常々言っていたのだ」
「ひょっとして、だから騎士団の中庭も穴だらけなんですか!? フィニスさまのお父さまって変わってらっしゃいますね」
思わず本音が出る。
フィニスは考え考え言った。
「変わって、いるのだろうか。ものすごく普通のひとだと思っていたが」
そういえば、フィニスが家族の話をするのって珍しいな。
これはけっこう、デートなのでは?
デートらしくなってるのでは?
私はわくわくと続ける。
「普通って、どのへんが?」
「顔」
「普通の顔から、この顔が!? 大丈夫ですか、お母さま、天から落ちてきた隕石を呑みこんだ直後に身ごもったりされませんでした!?」
「それはないが、母は美しかったらしい。産褥で死んでしまったので、肖像画でしか知らないんだが」
フィニスは言う。
特にさみしくもなさそうだ。
物心つく前だもん、それはそうかなあ。
しんみりしそうになって、私は慌てて話を逸らす。
「そっか……。まあ、穴掘りは別の機会にしましょう。えーっと、デートなんだから……。まずは、何か映えるもの食べましょ! 映えるもの!」
「バエとは? 栄え? 何か栄誉あるものか? 皇室御用達とか」
「いえいえ。最近は見た目がきれいなお菓子が人気だって、フローリンデに聞いたんで」
私はフィニスをぐいぐい広場の屋台に引っ張っていく。
「いらっしゃい! 休暇かい、騎士さんたち!」
「見てください、フィニスさま! これとかかなり映えでは!?」
指さしたのは、たっぷりのクリームと真っ赤なベリーソースがもりもりかかったワッフルだ。
フィニスは美貌を傾けた。
「ふむ。たとえるなら、腹を裂かれて死んだ直後の人間の――」
「はーーーい、そこまでーーーー!! そこまで!! 素のたとえが物騒の極み!! じゃ、こっち! こっちはなんですか!?」
私は必死に聞く。
隣の屋台のおばさんは、ドン引きしながら教えてくれた。
「卵白を泡立てて作ったあまーい花束だよ。……あんたたち風にたとえるなら、山の中で死んで三日目の人間の肌……」
「やめーーーーーー!! なんでこっちに合わせた!? ありがとう、でも結構です! 花束はもらいます、この赤と白のやつと、水色と白のやつ!!」
私はお菓子の花束を買う。
きょとんとしたフィニスは、素直に花束を受け取った。
「はい、じゃ、フィニスさまはこれを持って、かわいくお顔の横で構えて!!」
「こうか」
フィニスは従う。
私はウッ、と後ろへよろけた。
「……知ってたけど……顔のほうがきれいッッ!! 知ってた!! 一万年前から自明の理!……私の見込みが甘かったです。そもそもフィニスさまは、その存在のほうが映え。未来永劫殿堂入りなんでした。こんな菓子ごときで何が映えかっ、恥を知れ、私!!」
男らしく吐き捨てる私。
フィニスはちょっと笑ったようだった。
「セレーナは自分に厳しいな。自分はやらないのか?」
「あ、私はおまけなんで結構です。騎士団服で映えてもって感じですし」
「デートなのに、自分は、やらないのか?」
「……………………デート」
口の中で繰り返す。
と、一気にかーっと顔が熱くなってきた。
で、ででででででデートぉ!!??
フィニスと!?
誰だ、そんなことを言い出した奴は!
私だ!! はい、そのとおり!!
い、いや、待って、待ってぇ!!
デートっていうのは、別にそういう意味でもなくない?
友達同士でもデートできるじゃない?
私たち盟約者だし、充分デートできると思ってたんだけど、でも、改めて言われると、溶岩の海の上で踊ってるような気分になるな!?
「わ、わかり、ました……やります。でぇと、ですもんね……!」
死相を浮かべた私が言う。
フィニスは見てわかるくらいにこにこした。
「デートというのはいいものだな。さ、花束を持って」
「はい……。こう、でしょうか!!」
こうなりゃやけっぱちだ。
私は全力で目を潤ませてフィニスを見上げ、花束を自分のほっぺにくっつけた。
さらに、人差し指を唇にのせる。
ちなみに、映え、とは。
ひとりが絵的に映えるポーズを取って、それを他の人間が四角い『映え枠』を通して見て、「絵画みたーい!!」ってはしゃぐ遊びです。
無邪気か?
考えているうちに、フィニスはよろめく。
そのまま屋台の柱に倒れこんだので、卵白花束屋台はギッシギシだ。
「大丈夫ですか、フィニスさま!?」
「意識が鳥の翼に乗って天上へ行きかけたが元気だ」
「死にかけてるじゃないですか、息継ぎしてください!? やっぱり私たちって、映えは向いてませんかね……? よ、よし、次行きましょ、次!!」
私はフィニスを引っ張って歩き出す。
屋台のひとたちはざわつき、
「騎士団の人がデート……」
「確かに美男と美少年だけどねえ」
「あれくらい美人なら、俺はいけるぜ」
「むしろ美と美が惹かれ合うのは宇宙の法則では……?」
……みたいなセリフが聞こえてきたけど、多分気のせいです。
「次はどこへ行くのか決めているのか?」
「犬カフェか猫カフェです」
私が言う。
フィニスはさっと顔色を変えた。
「――究極の選択過ぎて大地が割れないか」
「マジ顔で犬猫を選ぶフィニスさま、すきっっっっ!! どっちも行きましょう!! って言いたいけど、出発の時間がありますからね。フィニスさまの黒狼と相性がいいのはどっちかなって考えるのはどうです?」
フィニスの狼はひときわ大きくて、ひときわ黒くて、ひときわ物静か。
ちらっと私を見て、ゆっくり瞬く。
ひゃー、威厳あるなあ。
「確かにそうだな。改めて考える。……この花束、美味いな」
「えっっっ、そんな映える食べ物食べるなら、私に言ってからにしてください!! 最初っから目に焼き付けない、と……っ!!」
大急ぎで振り向いた私。
その口に、甘いものが押しこまれる。
これは……卵白の花ですね。
フィニスの持ってた、赤いやつ……。
黒手袋の指先が、ほんの一瞬だけ唇に触れて、離れていく。
フィニスは目元だけでやさしく笑う。
「映えてるぞ、セレーナ」
………………デートって。
で、デートって。
デーーーーーーーーートって!!
実は、刺激が強すぎますね……!?




