第50話 ドレスなんて前世ぶりです!!
ものすごく色々あった夜が明けた。
翌日、朝。
トラバントはホテルの部屋で警備員に見張られている。
そして、私と、フィニスと、フローリンデは――なんでか、仕立屋にいるのです。
「い、いでででででで!! ここまでっ、ここまでで!!」
「まあまあお嬢さま、今ちょうどよく腰と胸ができはじめたところですわよ~」
「待って、わかってるけど、背骨がミシミシ言ってる!! うぐぅ、肉……肉がっ!! ゴリって動いたッ……!」
「は~~、お嬢さまは立派な筋肉をお持ちでいらっしゃる。もう少し脂肪を増やすと、そこがお胸になりますのに。はーい、移動しますよ~」
「上半身すべての脂肪を胸に持ってこようとするの、やめっ、あ、あがっ!!」
私はみっともない悲鳴をあげる。
仕立屋の女性職人は、にこにこ笑って私を見本のドレスに押しこんだ。
扉一枚向こうの控え室からは、フィニスの声がする。
「…………これはわたしが聞いていいものなんでしょうか、フローリンデ」
不安そう。
そーね……前世だったら絶対聞かせなかったよね、こんな声。
でも、今はとにかく、時間がないわけで。
「今さらじゃありませんの騎士団ではセレーナと同室なんでしょう羨ましい」
フローリンデの返事、冷たいなー……。
しかも、全然息継ぎがないよぉ……!
「寝室は別です」
「一緒だったら隙を見てぐさりといってます」
すごい勢いのやりとり。
私は息を呑んで聞き入る。
フィニスは少し間を置いた。
「……フローリンデ。あなたは案外面白いひとですね」
「フィニスさま。昨夜のことで大体理解はいたしましたが、殺意の高さでひとの面白さを測るのはやめましょう? 自分が常日頃からひとを殺めがちだからといって、そんな……」
はい、ここまででーす。
これ以上はまずい。そんな気がする。
着替えが終わった私は、よたよたと試着室を出た。
「ふ、フローリンデ、フィニスさま~……こんなもんでいけると思いますか……?」
ピンクと白で彩られた円形の控え室。
ピンクの円卓を前に座っていたフィニスとフローリンデは、同時に立ち上がった。
「美しい。今、天上から妙なる音楽が降り注いできた」
「すてきですわ、セレーナ! しぼり出された胸、ねじ伏せられた腰、普段力強いそのおみ足がハイヒールにねじこまれているさま、倒錯した美しさを感じます!!」
二人とも、感想がしょーもないな~~。
私の試したドレスは、デコルテをがばっと空け、肩から肘までたっぷりとした袖があるタイプ。私の筋肉をまあまあ隠してくれる形だ。
前世と比べると、それでも太く見えるんだけどね。
「いやー、こっちが普通のはずなんだけど。これでカツラかぶったら、まあまあ公式の場もいける気はしてきました。って、フィニスさま、だいじょぶです?」
フィニスがぼうっとしているのが気になって、私は聞いた。
フィニスは、我に返ったように瞬く。
「――ああ。平気だ」
ほんとかなあ。ほんとに大丈夫なのかなあ。
昨日のことがあって、トラバントが抜け殻なのはしょーがないとして。
フィニスも、ちょっとぼけーっとしがちなんだよな……。
と、背後から女性職人が顔を出す。
「形はこちらでよろしいでしょうかぁ。お色と飾りはこれから見本を持ってきますからぁ」
「色と飾りね。時間かかるから口で言うよ。全体は光沢のあるクリーム色、そこまで予算ないから地模様はなしでいい。装飾は目の色にあわせて水色リボン、胸にひとつ大きいのをつけたら、あとは袖と、スカートのこことここ。主な装飾はそれだけ。ただし、肩の辺りから生花っぽい飾りをどーんと付けたい、花束くらい印象的なやつ」
「まあ、まあ!! なんてご趣味がよろしいの! いいですわね~お似合いになりますわ。手袋はレース? 革?」
「レースと絹かな、両方いる。あわせていい靴があればそれも」
「了解いたしましたぁ!!」
職人は大喜びで引っこんでいった。
見積もりを作るのだ。
できた見積もりを見て、予算にあわせて足したり引いたりしたら、ドレスの注文は終わり。
私はよたよたと控え室の椅子に座る。
「セレーナ、大丈夫ですの? 久しぶりだと堪えますでしょう」
フローリンデの労り、沁みるわあ。
「そりゃもう……補整下着着けて生活してこなかったから、真剣に息が出来ないよね」
「無理をさせているな」
フィニスは耳ぺたんとさせて言う。
はー……かわわわわわだなあ。
かわ、かわ……。うん、こうしてれば、単純にかわいいのになあ。
私は穏やかな笑顔を作る。
「無理は勝手にしてるんです。それより婚約破棄、やっぱり例の筋立てで行くんです?」
例の筋立てっていうのは、つまり……。
皇帝主催の夜会に、フィニスとフローリンデが出席して、そこにドレス姿の私がまぎれこむ。
フローリンデは先にトンチキな騒ぎを起こしておき、フィニスはフローリンデと一緒に皇帝に挨拶するタイミングで、トンチキを理由に婚約破棄を願う。
で、フローリンデはそれを受け入れて、みんなの前で私への恋を宣言するそうですが……。
大丈夫、それ?
必死に頼んで私もドレス姿で行くことになったけど、その話、みんな納得する!?
いや、納得されても困るんだけどさ!!
私は私で、その場で「ごめんなさい」する気だし。
先が思いやられるなあ、と私はぐったりする。
フローリンデは案外平気そうだ。
「他に何かいい案があれば変更可、ですけれど。わたくしもそろそろ帰らないと時間の限界なんですわ」
「だよねえ。私たちも、お昼すぐには出発しないと」
私が言うと、フィニスもうなずく。
「詳しくはあとから梟を飛ばすか」
「なんならシロに手紙を運んでもらうよ。じゃあ、そういうことで」
と、いうことで、いったん解散となった。
□■□
「あーーーー呼吸ができる! 呼吸ができるって本当に素晴らしいですね、世界がぴっかぴかに輝いて見えるわ!」
「わたしは今後、ドレスの令嬢にこれまでの三倍親切にしようと誓った」
「いやいや、補整下着も、ずーっとつけてれば楽なとこもあるんですよ。むしろ、いきなり外すと体を縦にするのが難しくなります」
「なんだかグロ話だな!?」
真剣なフィニスに、私はあははと笑う。
フローリンデが帰ったので、私とフィニスはふたりきりだ。
「いやあ、それにしても、色々ありましたね……」
「そうだな」
静かに言うフィニスは、完全にいつもどおり。
彼の長いまつげを見上げ、私は考える。
私も、なるべくいつも通りでいよう。
ふつうのことを言おう。
見れば、中央広場に市が立っている。
「初めての街なのに、観光もしてませんね。ヴェーザって何が有名なんです?」
「歴史の話か? 産業の話か?」
「……えーっと」
案外難しいな、ふつうの話。
ふつう。
ふつう。
ふつう……。
そ、そういえば私、騎士団に入ってから、料理対決とか、ヤキュウとか、びっくりイベントしか経験してないな!?
もちろんフィニスも同じだ。
つまりフィニスは、騎士団に入ってからずーっと、あの男だらけの閉鎖世界で生きてる……。
あー。あーあーあー、それはなんか色々煮詰まるしゆがむわ!!
薄めないと。もっと、「普通」のことで薄めないと!
「……よし。心に決めました。私たち、出発時間までその辺を見物して、ご飯食べて、めちゃめちゃふつうのデート、しましょう!!」
私は、力強く宣言した。




