第5話 剣はともかく、推しのことならわかります!
「これより、黒狼騎士団入団試験を開始する!」
フィニスが堂々と呼ばわると、広間中から声があがった。
「おお!! 祭りだ!!」
「わざわざ鬼団長の試験を受けるとは、アホが来たな!!」
「最悪全身ばらばらになっても、左手だけは『楽園』へ送ってあげますからねぇ~!」
わー、思った以上にガラが悪い!
訓練用の大広間の真ん中で、私はすさまじい騒音に囲まれていた。
高い天井、広い土間。古びた木製の壁には、槍から石弓から馬上剣、魔法文字入り騎士剣まで、あらゆる武器がびっしりとかかっている。
騒音を出しているのは、壁際で試験を見物している五十人ほどの騎士たちだ。
「ところで、試験を受けるお嬢ちゃんってのはどこにいるんだ? 細かすぎて見えやしねぇや!!」
ひとりが言うと、騎士たちは体を折って笑い転げる。
つられて同じ数の黒狼たちが「遊ぶの? 遊ぶの?」とばかりに吠え始め、カオス。完全な混沌。五歳児の群れのほうがいくらか静かだ。
『男として育てたのだから、騎士団に行くのは構わんが……本当に黒狼でなければならんか?』
『帝都の楽園守護騎士団ならお上品よ。みんな家柄のいい次男、三男とかだし、団内結婚も狙えるわ』
両親が口々に言っていたのは、この荒っぽさを知っていたからなんだろう。
でもね、お父さま、お母さま。私は推しのために生きてるの。推しが居ない騎士団で男装したって、正直なんの意味もない。
ザコ騎士たちがどれだけ脅してきたって、目の前にフィニスさまがいればそれでいいの。
フィニスは私から十歩ほど離れたところに立っている。鎧はなしで、さっきまでと同じ軍服姿だ。
ありがとう、世界。
私のフィニスさまのために、軍服という服を生み出してくれて、本当にありがとう。
騎士団長のみ黒一色の軍服は、フィニスさまという天狼の美しい毛並みそのもの。一見地味にさえ見えるその布には黒と金の糸で黒狼の狩りの様子が刺繍されている。それらは彼の優美極まりない動きにそって、まるで生きているかのようになまめかしく光るのだ――。
はー……。
呼吸しよ。
忘れてた。
私はフィニスを見つめたまま大きく息を吸い、いきなり『あること』に気づいた。
「静粛にーーーーーーーーっ!!」
考えるより先に、口から叫びがこぼれる。
騎士たちは、ぎょっとして口を閉ざした。
「……何よ。いきなりすげぇ声出すじゃん、お嬢ちゃん」
不機嫌そうに言ったのは、ド派手な赤い髪をつんつん立てた若い騎士だ。
私はフィニスから目をそらさずに言う。
「今、フィニスさまが喋るところです! 一言一句聞き逃したくないので、静粛に!!」
「はぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねー。いつフィニスさまが口開いたよ?」
「口はこれから開くに決まってるでしょう。そんなことすらわからないんですか?」
「ばっか、予言者気取りかよ。笑える~。腕力に自信ないからって、まさかのハッタリとか」
ケラケラ笑う赤毛の騎士に、私は一息でまくしたてた。
「ハッタリじゃありません。こんなの誰にだってわかります。フィニスさまの全身を隅から隅までなめ回すように見ていれば、いつ喋るか、何を喋るか、何を考えているか、どこに靴擦れがあるかくらいは手に取るように伝わってくる」
「怖ッ!! わかるか!? それ!? 予言のほうがまだいいわ!」
赤毛の騎士はぶるっと震えて自分の体を抱いている。
フィニスの騎士にしては修業が足りないな、と思っていると、フィニス本人が口を開いた。
「ならば、わたしが聞こう。セレーナお嬢さま。わたしは今、なんと言おうとしたんだ?」
「『静粛に』です、フィニスさま。それと、『お嬢さま』は要りません」
「なるほど。――正解だ、セレーナ」
呼び捨てッ――!!
推しが、私の名前を、呼び捨てッ――!!
私は超高速で今日の日付を胸に刻んだ。『推しから呼び捨てされた記念日』、もう一度死んでも忘れない。
心に誓いつつ、私は平静を装って続ける。
「靴擦れは右足の小指ですね、フィニスさま」
「それも正解、と言いたいが、正確には靴擦れではなく、訓練時に出来た傷がある」
フィニスが認めると、騎士たちは一斉にどよめいた。
フィニスは私を見つめ、面白そうにすうっと目を細める。
「最初に出会ったときから、不思議だとは思っていた」
「不思議。それってもしかして、『会ったことはないのに見覚えがある』とかですか?」
私がどきどきして聞くと、フィニスはあっさり否定する。
「いや。お前はろくにまばたきをしない。まるで、剣の達人のようだ」
はぁ~~ん……そういうこと。
このひとって案外不器用なんだな。なんでもかんでも武芸のことに繋げて考える仕事人間。前世で婚約者として会ってるときは、そんなところは見えなかった。ひたすらに優雅で、教養があって、優しいだけのひとだった。
でも、不思議だな。こういう彼も、完全に解釈が一致する。
優雅さの裏に秘めた、無骨と不器用、刃のような鋭さ。
……うん、推せる。
「私の剣技など、たかがしれたもの。私はフィニスさまの姿を見逃したくないだけなんです。生まれる前から、憧れていた方なので」
「憧れられるのには慣れている。……まあいい。本音は剣で語れ」
フィニスは低音で囁き、びっ! と広間の壁を指さした。
「入団試験は一対一の武術試合で行う。お相手はわたしがしよう。お前はどんな武器を使っても構わない。ほんの切っ先だけでもいい、先に相手に触れたものが勝ち。ただし、わたしは素手だ。万が一のことがあって、お前の肌一枚でも傷つけてしまっては大変だ」
またまた~、こういうところは結局紳士なんだからなあ。
私はうっかり、前世でダンスに誘われたときを思い出した。
彼の誘い方は完璧に上品で、私が疲れているときは絶対に無理をさせなかったものだ。踊るときの足さばきは誰よりも鮮やかで、私のことを傷つけないよう、守れるよう、いつも周りに気を配っていて。
……それで自分が死んでちゃ、しょうがないんだけどね。
私は懐かしい記憶を押しのけ、にっこりと笑った。
「では、私には振り回しやすい棒きれでもください。万が一のことがあって、あなたの肌一枚でも傷つけてしまっては大変です。私は、あなたを守るためにここに来たんですから」




