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第46話 これが三角関係ってやつですか!?

 とにかく急がなきゃいけない。

 覚悟した私は迷わなかった。

 竜の姿に戻ったシロに乗って、空中からフィニスたちを捜す!


 ――ま、手早くやりたいなら大正解の選択じゃろうて。この街では黒狼のにおいは目立つ。……ふむふむ。おお、いたいた。そーれ、二匹もそろっておるではないか!


 暗い街の上空を旋回する竜にしがみつきつつ、私は叫ぶ。


「二匹って、やっぱりフィニスさま、トラバントと一緒にいたんだね! お願いシロ、もう少し近づいて!!」


「ひぃぃぃぃぃ!! さ、下がる、落ちる!!」


 うしろで悲鳴を上げているのはフローリンデだ。

 どうしても私についてくるっていうのでこうなった。

 まさか竜に乗るとは思ってなかったかもしれないけど、人生って大体予想外なものだ。


「大丈夫だよ、フローリンデ。落ちても死ぬだけだし、私が一緒だし!」


「セレーナ……セレーナさまが、共に死んでくれとおっしゃっている……!? わたくし、耐えます!! 推しと一緒に死ねるなら、その愛は永遠ではないですか、やったー!!」


「フローリンデ。もうちょっと落ち着いたら、私たち、ちゃんと友達になろうね!!」


 しみじみと私は言う。

 その間にも、ぐんぐん高度は下がっていく。

 路地にたたずむ人影が近づいてくる。

 人影は、ふたつ。

 そのひとつが、顔を上げた。


「セレーナ」


 私を見上げる、金色の瞳。


「フィニスさま!!」


 私は叫び、降下中の竜の毛皮を手放して立ち上がった。

 フィニスがはっとして腕を広げた。

 私は迷わず――どさり。

 その腕の中に落っこちる。

 

「セレーナ……どうして」


 あっけにとられたフィニスの顔が幼い。

 こんな顔ができるなら、まだ大丈夫。

 間に合った、と思った。

 私、きっと、間に合ったんだ。


「フィニスさま、こんなところにいらしたんですね!! トラバントも!!」


 私は叫び、石畳に降り立つ。

 トラバントはいつもの調子で肩をすくめた。


「派手なご登場だ。あなたを見てると、自分の悩みとかなんとかが砂粒みたいに些細でつまらんもののよーな気になりますねえ。実際そうなんでしょうけど。あーやだやだ」


 あんまりにもいつもの調子だから、私もいつもの調子で返したくなる。

 でも、だめだ。

 トラバントの背後では馬車が一台壊れているし、サラはひどく悲しい顔をしている。

 やっぱり、トラバントはフィニスを裏切ったんだ。

 そしてフィニスは、トラバントを殺す気で追ってきた。


 ――気張るがよいぞ、セレーナちゃん。そなたはいつでも、運命の糸を握っておる。


 シロが囁き、風を巻いて私の背後に降り立つ。

 私は、思い切り息を吸った。

 そして、できるかぎりはっきりと言う。


「トラバント。あなたも、フィニスさまが皇帝になると困るひとなんだね?」


「……いきなり切り込みますねえ。やめてくださいよ、僕、あなたくらいはただのバカだと思っていたかったのに」


 トラバントが疲れた顔で笑う。

 温かいお茶の一杯も出してあげたいみたいな笑顔だ。

 全部終わったらそうしよう。そう心に決めて、私は続けた。


「私は多分あなたよりバカだけど、フィニスさまを守るためだから必死になって考えたんだ。

 帝国一の黒狼騎士団で、副団長として確固たる地位を築いてるあなたが、フィニスさまの首飾りを持って消えた。一体なんで? そんなことされて一番困るのは……やっぱりフィニスさまだよね?

 副団長に裏切られるなんて相当統率力ないし、団内でやばいことやってるって思われそう。もちろん婚約にはケチがつく」


「……なるほど? 状況はわかってるようですねえ。あの困った婚約者をフィニスさまが許しているのは、血筋を強化して皇帝に選ばれるためです。となればつまり、婚約を邪魔する僕は、フィニスさまが皇帝になると困る立場の人間なわけだ。あってますよ、えらいえらい」


 トラバントはさも嫌そうに拍手する。

 私は苦笑した。


「そうやって他人事みたいな顔するの、癖だよね。でも、人間は誰も、人生の観客になんかなれないんだと思うよ。――私、最初はトラバントがフィニスさまに恋してるのかなーって考えてもみたの。そしたら、婚約は阻止したいじゃない?」


「は……はああああああ!? その頭のどこをどう打ったらそんな考えが出てきたんですか!?」


 トラバントは真っ青になって叫ぶ。

 フィニスは何度か瞬き、なぜか胸に手を置いてトラバントを見る。


「……想定外だった。だとしたら、わたしは、ものすごく悪いことをしたな?」


「だぁーかぁーらぁーーー! 団長はそこで素直に『はっ!』とかしてんじゃねーーーーですよ!! あなたみたいな顔がよくて強くて努力家で、それなのに全力で人生投げ捨ててる男に、本気で惚れるバカがどこにいますかっ!! この、目の前のバカだけで充分です、そんなのは!!」


 トラバントは叫んで私を指さした。

 フィニスはきょとんとして、私とトラバントを見比べる。

 は、はわ、わ、わ、ど、どうしよ!!

 な、なんでいきなりそんなこと!?

 私、言ってないんだよ、一生言うつもりはないんだよ、惚れ、げほんごほんがはっ!!

 あー、むせた。焦って無駄にむせてしまった。

 私がうろたえているうちに、フィニスは、ぽん、と手を打った。


「ああ、フローリンデ嬢のことを言っているのか」


「はぁ~~~突っこみたくない~~~このあからさまに見え透いてるツッコミ待ちに応えたくない~~~、どこにフローリンデ嬢がいるんですか、現実を見ろ!!!!」


「ちなみに、いるよ、フローリンデ」


 私が言うと、フローリンデがシロの後ろからおずおずと出てくる。


「お取り込み中にすみません……ずっといました」


「いるのかーーーーーい!! もうやだ、こんな人生……」


 トラバントは叫び、石畳に四つん這いになってしまう。

 なんか、すごく……ごめん。

 ほんと、トラバントには来世で楽をしてほしい。

 叶うことなら、今世でももうちょっと、本音でいきられるようになってほしい。


「フローリンデ、ご無事でしたか。とんでもないことに巻きこんでしまいました。どうお詫びしてよいものか」


 さすがというかなんというか、フィニスはすぐにフローリンデに歩みよる。

 今までならグサグサくる光景。

 でも、今は……ハラハラするな。


「お詫びは要りませんわ。むしろ、わたくしがお詫びしなければならない立場なのです」


 案の定、フローリンデはにっこり笑った。

 フィニスは首をかしげる。


「と、おっしゃいますと?」


「実はわたくし、真実の愛を捧げるお相手に出会ってしまったのです。そう、この、セレーナさまに!!」


 カッ! と目を見開いて、私を指さすフローリンデ。

 うう、やっぱり、そうなるよねえ。

 今はそっちより、トラバントの背後に誰がいるのかのほうが問題なのになあ。

 そう、恋愛の線がないなら、トラバント自身がフィニスの結婚を邪魔する理由は薄い。

 だとしたら――彼の背後に、誰かがいるのだ。

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