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第44話 強盗なんか、私たちの敵ではありません!

 私とフィニスは廊下に出た。

 オイルランプの明かりで、辺りは薄明るい。


「こっちだ」


「はい!」


 私は答え、フィニスについて走る。

 廊下の角を二回曲がり、扉の前へ。

 

「きゃあああ、きゃあ!!」


 二度目の悲鳴。

 緊張で、私の全身が熱くなる。

 フィニスはドアノブに手をかけた。

 がちゃり。

 開かない。

 鍵だ。

 フィニスは鋭く廊下を見渡す。

 壁にかかった武器がある。そこから両手斧を取り、ドアノブ部分にたたきつけた。

 ひしゃげるドアノブ。

 この調子なら、ドアはすぐ開く。

 私は、何をしたらいい?

 私は一歩下がって、袖から小型石弓を取り出した。


「援護します」


「よし」


 フィニスは短く言い、斧を捨てた。

 腰のサーベルを抜くと同時に、扉を蹴り開ける。

 ぶわっと恐怖が膨らむ。

 でも、動ける。

 扉の向こうに石弓を構えて、私は叫ぶ。


「フローリンデ、ご無事ですか!」


「動くな!! この女がどうなってもいいのか!!」


 室内から、うわずった男の声。

 室内はぐちゃぐちゃだ。

 少年従者たちは縛り上げられるか倒れ伏し、円卓は倒れ、衣装棚からはきらびやかなドレスがあふれている。

 フローリンデは――窓際近くで怪しい男に口を塞がれていた。

 喉元には、ナイフがあてられている。


 ――物騒の極みじゃのー。実に古典的な押し込み強盗じゃ。人間の歴史の原初からある。


 肩でシロがのんびり言う。

 おかげで少しだけ落ち着けた。

 敵は……全部で三人かな。

 窓ガラスが一部割れて、窓が開いてる。

 三人全部を私の石弓だけで抑えるのは難しい……と思った、そのとき。


 フィニスは部屋に踏みこんだ。

 実に堂々と。


「お、おいぃ!! 動くなと言ってるだろうが!!」


 男たちは叫び、手が空いているふたりは剣を抜く。

 フィニスは一応止まった。

 そして、言う。


「何が欲しい?」


 あ、狼、だ。

 狼が、低くうなるみたいな声。

 三人の強盗は、見るからにおびえた。


「く、首飾りだ。首飾りをどこへやった!? お前が買ってこの女に贈ったやつだ!!」


 フローリンデを抱えた強盗が叫ぶ。

 フィニスは答える。


「ここにはない。フローリンデ嬢を放してもらおう。自分たちの命を拾え」


「ちっ……! なめやがって!!」


 剣を抜いたひとりが叫び、フィニスに飛びかかってくる!

 フィニスは落ち着き払って、高い口笛を吹いた。

 同時に足を引き、強盗の一撃を避ける。

 狭い廊下ですれ違っただけ、みたいな優雅さで。


「くっ!! あ、あれっ……?」


 避けられた強盗は派手によろめく。

 その脇から背中を、フィニスの剣が撫でるように切った。


「ひ、ぃぃぃっ!!」


 強盗は情けない悲鳴を上げる。

 あっという間の出来事だった。

 正直、腕が違いすぎる。

 残りの二人もそれに気づいたんだろう、一気に青くなる。

 フローリンデに剣を突きつけたひとりが、必死に叫んだ。

 

「お、お前、こいつがどうなっても……!!」


「ぐるるるる」


「へっ」


 窓の外から、うなり声。

 強盗たちが窓を見る。

 同時に、バンッ!! と窓が全開になって、漆黒の獣が飛びこんできた。

 フィニスの黒狼、ロカイだ!


「ひえっ、ぐ、うぐっ……!!」


 ロカイの巨体にのしかかられた強盗は、勢いよく倒れて頭を打った。

 そいつはそのまま、白目を剥いて沈黙する。

 無事なのは、フローリンデを人質にしたひとりだけ。

 私は叫んだ。


「覚悟してください! もう二対一です。私の石弓、あなたの額を狙ってますよ。この距離だったら外さない!!」


「わたしの騎士の言う通りだ。もう一度言う。――自分の命を拾え」


 震え上がるほど冷たいフィニスの声。


「くそ……くそ、くっそ……!!」


 強盗は何度も繰り返したのち、いきなりフローリンデを放す。

 開け放たれた窓を上り、外へと逃げ出した。

 私は大急ぎでフローリンデに駆け寄る。


「ご無事でしたか、フローリンデ!」


「はい……は、い、多分……」


 腕の中のフローリンデは小刻みに震えていた。

 そりゃそうだろう、前世の私でもこうなったはずだ。

 私はぎゅっと彼女を抱いた。


「大丈夫。大丈夫ですからね」


「セレーナ、彼女を任せる」


 フィニスは静かに言い、窓辺にやってくる。

 私はうなずいて顔を上げた。


「はい。フィニスさまは?」


「気になることがある。奴を追う。すぐに帰る」


「……はい。ご無事で」


 他に、答えようはなかった。

 でも。


「当然だ」


 私に向けられたフィニスの笑顔は、なんとなく、妙だった。

 フィニスはひらり、と窓枠を越えて行く。

 少し遅れて、扉のほうが騒がしくなった。


「ご無事ですか、お客さま! ひゃああああ、こりゃなんてこった!!」


「ならず者はこちらへ! 引っ立てます!!」


 宿の主人が、ばたばたとやってくる。

 続いて、警備に雇っている兵士たちと、街の夜警も。

 彼らが二人の強盗を取り押さえると、狼のロカイは音もなく立ち上がった。

 ロカイはそのまま、ぽーんと窓の向こうに消える。

 きっとフィニスを追うんだ。


 フィニス、無事だろうか。

 私も後を追いたい。

 でも、だめ。

 私はフィニスにフローリンデを任された。

 襲撃がこれで終わる保証はないし、何より、フローリンデはショックを受けている。


 私ははやる心を押さえつけ、フローリンデの肩をさすった。


「恐ろしい目に遭いましたね」


「は、はい……そ、その、わた、し」


「無理に喋ることはありません。ゆっくり呼吸をなさってください。ゆっくり吐いて……そう。吐けば、自然に吸えますから」


 できるかぎり優しく言う。

 フローリンデは、素直に深呼吸をした。

 震えが少しだけ収まる。

 潤んだ緑の瞳が私を見上げ、バラ色の唇が囁いた。


「あの。首飾りって、一体、なんでしょう? あいつら、私の宝石箱をひっくり返して、首飾りを出せ、って……」


「フィニスさまが、あなたのために買った贈り物のことだと思います。相当金目のもの……ええと、豪華なものだったので、狙われたのかもしれませんね。でも、あなたが襲われたのはただの不運だ。気になさらないで」


「はい……」


 まつげを伏せて囁くフローリンデは、雨に打たれた花みたいだ。

 痛々しくて……えーっと……その。

 すっごくかわいい。

 こういうときにこういうことを思うのってどうなんだろうなあ。

 でも本当にかわいくて、ほっとけなくて、私は勢いこんでしまった。


「大丈夫。もう一度襲撃が来たら、私があなたを守って見せます。フローリンデ」


「そう、ですか」


 ぴくり、と彼女の体が動く。

 涙に濡れたまつげが上がって、すがるような目が私を見た。

 うわ~~、たまんないな、どきどきしちゃうな。

 これは、男の人だったらすぐ落ちちゃうな……。

 ……うう。やめよう。

 今、そんなことを考えるのはやめよう。

 今は、フローリンデを支えるときだ。

 何か、温かいものとか、美しいものとかがいる。


 あ、そういえば、あれ、持ってるな。


 私は気づき、軍服のポケットを探った。


「こんなときですが、これをどうぞ」


 昼間買った、古い栞。

 渡すと、フローリンデは不思議そうに私を見た。


「これ、は?」


 無防備な声。

 私はどきどきしながら解説する。


「星座の獣があしらわれた栞です。てっぺんの石は、かつては鏡と似たような役目をしたんでしょう。ここに顔を映すと、星座の獣たちがあなたを本の中の世界に運んでくれる――そんな意匠だと思います」


「まあ……なんて、素敵なの」


 私の解説で、フローリンデの目には生気が戻った。

 やっぱり、好きだよね。

 前世であなたは、いつだって『物語や詩の世界に住みたい』と言っていた。

 私はそれを不思議に思って聞いていたけど、あなたは本気だったんだ。

 今世でも、あなたのそういうところは生きていたんだ。

 私はほっとして笑う。


「よかった。これを見たとき、あなたを……姉妹から聞いたあなたの噂を思い出したんです。常々、本好きの素敵なお嬢さんだと聞いていました。こんな形ですが、お会いできて光栄です、フローリンデ」


 私はなるべく騎士っぽく一礼した。

 私を見つめるフローリンデの目が、ますますうるむ。

 唇が震え、囁いた。


「はわ……」


「ん?」


 なんだ、今の。

 私はフローリンデを見つめ直す。

 フローリンデは美しい顔をゆるませて、私みたいに叫んだ。


「は、はわわわ……! っ、あっ、ごめんなさい、ちょっと取り乱してしまって!!」


 わー……、し、親近感!

 完全に、フィニスに萌えてるときの私だ、これ。

 ばちっと決めてた化粧もよれてわやわやになってるし、目はうるうるだし、ほっぺた赤いし、でも、それがめちゃめちゃかわいい。

 私はにっこり笑い、本心を言う。


「はい。でも、取り乱したあなたのほうが、可愛いな」


「セレーナ…………結婚して!!!!」


 いきなりの大音量に、私の耳はキーン、となった。

 部屋にいた兵士たちも、はっとしてこっちを見る。


 そして私は、私は……叫んだ。


「……はいぃぃぃ!!!???」

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