第40話 前世の私も、あなたの役に立ちますか?
奥へ行った店主が出してきたのは、鍵付きの宝石箱だ。
「こちらでしたら、お客さまのお気に召すかと」
箱が開かれる。
中身を見て、トラバントは勝ち誇った顔で笑った。
「おっ、本命を出しましたね」
「なるほど、美しい」
フィニスが言い、私も思わずため息を吐いた。
「これは、うっとりしちゃいますね」
「セレーナもそう思うか」
フィニスの問いに、こくりとうなずく。
宝石箱の中身は首飾りだった。
三連になっていて、中央に大きな緑の石。
他にも無数の色の入った石がちらばり、それらを繋ぐ金属は花や蔓草の形になっている。
「はい。まず緑の石がいいですよね。緑の目のひとって結構宝石選びが難しくって、同じ緑のものを身につけるのが一番無難です。これは他の色もうまーく使われてるから、ドレスの色はあまり選びません。
あと、繊細な部品が多いのがいいです。胸元がばっと空いたドレスに合わせても力強くなりすぎない。メインの石のインパクトがあるから、襟が詰まったドレスに合わせても埋もれない。豪華だけど使いやすいですよ、これは」
喋っているうちに、前世の記憶がぶわっと溢れてきた。
そう、私、前世はこういうことばっかり考えていた。
フィニスにふさわしい姫君であるために、美しくあるために。
頭が痛くなるくらい考えて、考えて、ドレスを選び、宝石を選んで。
……まあ、でも、死んじゃったからね。
ドレスと宝石じゃ、フィニスも自分も守れなかった。
「みなさま、目利きでいらっしゃる。このような土地でここまで目利きの方々に出会えるとは、思ってもみませんでした」
店主は私をまじまじと見つめ、少し笑って言った。
フィニスも私を見ていた。
なんだろう、と見つめ返すと、すぐに視線を逸らして口を開く。
「店主、では、これを……」
「あ、すみません、ちょっと待ってください!」
「どうした、セレーナ」
フィニスがまた私を見る。
私は、さっきからひっそり目を付けていたものを指さした。
「あのー……これは、駄目ですか?」
「栞、か?」
フィニスがのぞきこんで言う。
店主が横からうなずいた。
「栞でございますね。竜、大狼、炎鳥、一角馬があしらわれ、本のページを挟める仕様になっております。少し古いものですが、てっぺんに着けられた石は透明度を保っており、顔が映るほどですよ」
そう、それは古い栞。
短剣みたいな形で、柄頭の部分に石がはまっている。
これ、多分、フローリンデが大好きなやつ。
一目でわかるくらいぴったり。
少なくとも、前世のフローリンデなら感激する。
でもねー……今はねー……わかんないよね。
悩む私に、トラバントがずばっと言う。
「ロマンはありますけど、安いですね」
「です、よね。ちなみにお値段は?」
私が問うと、店主がこそっと値段を教えてくれる。
うん、安い。
私のお小遣いで買えますね。
「駄目だなー……」
私が肩を落としていると、フィニスさまが顔をのぞきこんできた。
「それが欲しいのか?」
「近っ!! 美の鈍器か!? すみません、フィニス様の美で頭がぼっこぼこに殴打されて美の法則が吹っ飛ぶんで、もうちょっとだけ離れていただいていいですか……?」
「……わかった」
「あっ、落ちこんだところも至宝、陳列棚に押しこみたい……。あの、栞は私が欲しいわけじゃないんです、ないんですが、諸事情あって、えー、じゃあ、これ、私が買います!!」
私は慌てて店主に言う。
「お目が高い。ありがとうございます」
「では、我々はこちらを」
フィニスはどうにか立ち直り、例の首飾りを指さした。
「承知いたしました。よい買い物をなされましたね」
店主の笑みが深まる。
ほっ、と息を吐く音がして、私はトラバントを見上げた。
……あれ。
トラバントのこめかみに汗が浮いている。
堂々と交渉してたけど、やっぱり緊張したのかな。
「待ってください、フィニスさま。値段交渉は僕が」
私が深く考える前に、トラバントは店主のほうへ歩いて行ってしまった。
□■□
「は~~、嫌味な店主でしたねー! 名前覚えとこ」
店から出た途端、トラバントが大声で言う。
私は目を丸くする。
「あれって嫌味だったの!? 丁寧だったけど」
「しあわせな感覚ですねえ。そのまましあわせに生きて欲しいところですが、一応解説しますと、古くからここで店をやってるんなら、黒狼騎士団のことはよく知ってる。なのに『この土地でここまで目利きの方に出会えるとは』って言うのは、『黒狼騎士団とか、棒きれ振ってる田舎もんばっかだと思ってたわ~ププッ!』ってことですよ!」
「うわあ、こっわ!!」
私はぞわっと寒気を感じる。
フィニスは落ち着いた声で言う。
「実際そうだから仕方ない。わたしには宝飾品の真贋も、棚の真贋もわからなかった。ふたりに助けられたな」
優しい目がこちらを向いた。
ぽわん、と胸の真ん中が温かくなる。
ほんとに、そんなに助かったのかな。
前世で頑張ったことで、フィニスを助けられたのかな。
私の前世は、無駄じゃなかったのかな。
お姫さまだった私も、フィニスの役に立つのかな。
ぽかぽかする。胸のぽかぽかがぐんぐん成長する。
どんな温かい飲み物よりも、めちゃめちゃ効く。
このままじゃ顔が赤くなっちゃう気がして、私は首を横に振った。
「いやいやいや、宝飾品はちょっと得意だっただけです! 私も正直今世はフィニスさまの美しさが基準になってるので、棚とか全然わかんないですね。トラバント、あの棚って、あえて言うなら何フィニスくらいの美だったの?」
「あえて言えるか!? どうせあなたの脳内では、一フィニスは宇宙、とかなんでしょう!?」
トラバントは嫌そうに叫んだ。
私は目を輝かせる。
「よくわかってる!! そうなの、フィニスさまの美は宇宙!! だからあの棚とか基本はただの木の固まり!! ただしフィニスさまが幼少期から学習机として使ってたとかなったらどんだけ細かい傷でも観察して考察するけど!!」
「今日もセレーナが気持ち悪くて元気で大変結構!! とにかく買い物は終わったんです、大急ぎで本部へ帰りますよ。捕まったら大変です」
トラバントが足を速めた、そのとき。
「失礼いたします。そこにおられるのは、東部辺境伯フィニス・ライサンダーさまご一行では?」
やわらかな声。
見れば、路地の入り口に少年の姿がある。
お仕着せ着ててかわいいな。
……って、え?
な、なんで私の前にフィニスとトラバントが出てくるの?
しかも、なんで妙に殺気立ってるの……!?
「わたしがセレーナを抱える」
「では、僕が突破口を開きましょう」
「どういうこと!?」
戸惑う私の頭上から、くすりと笑う女の声がした。
「逃げられませんよ、婚約者殿」
あわてて上を見る。
直後、ぶわっ!! と目の前に七色の何かが広がった!




