第4話 推しの騎士団に入るのは、一筋縄ではいきません!
私の魂の叫びに、左右に控えた騎士たちはぎょっとし、紋章官は空を睨み、乳母は真っ青になった。
が、私は推ししか見ていない。
居る。本当に居る。
生きてる。
私の命。
私の、推しが、フィニスさまが、生きてる!
生きて、めっっっちゃ怪訝そうな顔で、こっち見てる!!
彼は騎士団のシンボルである巨大な狼と顔を見合わせたのち、訊いてきた。
「……推しとは?」
うわ~~~推し本人からすっごい素朴な質問来ちゃった!
うっそ、知らないの? 知らないか、そうだね、知らないね。手取り足取り教えてあげなくちゃいけないね。
えっとですねー、推しっていうのは、あなたのことでーーーす!
はいっ、顔がいい! 前世から推してます、声もいい! はい、はい、はい、はー……。
疲れてきた。早くも萌え疲れてきた。十四年ぶりの推し摂取、やばいな。消し飛ぶな。
今世では社交界から隔絶されてたから、婚約どころか顔合わせもしてないもんな。
っていうか……多分気のせいじゃないんだけど、フィニスさま、前よりちょっと若返ってない?
神秘? 私の推しが神を超えた?
死んだ歳よりお互い一歳若いのはただの事実。でも、それ以上に若く見える。
ひょっとして、騎士団本部にいるせい? 気が緩んでる? 彼的に、ここって私的空間? 私、推しの私的な空間に入りこんだの?
っはーーーーー!! やっらしい!
私、やらしいわ!!!!
私的! 空間!
結婚したあとにするあんなこととかこんなこととかより、推しの職場に入りこんで同じ空間で息して推しの素の顔見るほうが断然やらしいじゃない、うっそー、やったー、やらしい展開に全力でありがとう! 生きててよかった、生き返ってよかった、二度目の人生にありがとう!
今、私全然瞬きしてません!
ゆるんだ推しを何ひとつ見逃したくないので!!
「セレーナさま……!」
乳母に袖を引かれて、私はやっと正気に戻る。
「あっ、ごめん、萌えのあまりまた失神してた。早く『推し』の解説しなきゃ」
「違います! プルト伯にご挨拶なさってください! もう騎士団入団の話はまとまっているんです。ご挨拶さえなされば、あちらが形式的に『騎士団への入団を望むか』と聞かれ、セレーナさまが『はい』と答えて、そのあと紋章官がセレーナさまの家柄を十代前まで読み上げて入団完了。そういう段取りでしょう!」
「うん、そうだった、千回練習したのに完全に吹っ飛んだ、衝撃がやばい」
「やばいのはセレーナさまのお言葉遣いですっ!!」
乳母はなおも必死に喋っているが、私は夢心地だった。
推しが居る世界、最高。何もかもを焼き付けたい。保存したい。目が痛い。
きっと今、私の目、血走ってると思う。
そんな私に、推しが、もとい、フィニスが声をかける。
「挨拶は略してくださって構わない。家柄ではそちらが上だ」
えっ、マジか。
あ、マジかっていうのは、別に内容でなく、口調。
前と、口調、違う。
すご。なに。あ。待って、語彙力。戻って。描写して、この、投げ出すみたいな喋り。すっごい素っ気ないのに、推しの美声が加わるとたいへん。もう、終わった。この世終わったよ。さよなら。つらい。さよなら。息しなきゃ。吸って。吐いて。
はい、叫ぼ。
よくない!?
えーーーーーどうなのーーーー、よくない!?
前世のキラキラ喋りもいいけど、これもよくない~~~~!?
いいよ~~満点だよぉ!!
私の中では千人の私が立ち上がって拍手をしていたが、表面上はどうにか微笑みを浮かべていられた。前世と合わせれば三十年くらい生きている私だ、多少の我慢はできる。
「家柄は関係ありません。私が無理を言って、あなたの黒狼騎士団への入団を志願したのです。先に挨拶するべきは私。礼を失して申し訳ありませんでした。六門の向こうの神々に、あなたのさらなる武勲をお祈りいたします」
大人のふりで私が告げると、フィニスはすっと目を細めた。
美しい金眼が、金の針みたいに光る。
「完璧な挨拶だ。だが――見えない」
低い声。
こつん、と靴音を立てて、フィニスはこちらへ歩みよる。
ぐるる、と喉を鳴らして、黒狼もフィニスに従う。
狼の尾が揺れ、フィニスのひとつに結ばれた黒髪が揺れる。
「なにが、見えませんか?」
私はかすれた声を絞り出した。
視線はフィニスに釘付けだった。
動くなんて出来なかった。まるで、串刺しにされた野ウサギみたいだった。
推しは、残り三歩で胸と胸が触れあってしまいそうな距離で、やっと止まる。
「真意だ。男装の姫君が騎士ごっこを望むなら、もっと安全なお飾り騎士団は山ほどある。どうしてここを選んだ? ここは帝国の東の果て。異教徒の戦いの最前線だ」
推しの呼吸を感じて、私はその場にぶっ倒れそうになった。
でも、今はそのときではない。
今はなんとしてでも、フィニスの騎士団に入団しなくてはならない。
前世と同じ道を辿るとしたら、フィニスの寿命はあと一年。
一刻も早く彼のそばに寄り添い、信頼を得なくては。
「私はお飾りになりたいわけではありません」
あらゆる激情をねじ伏せて、私は声を響かせた。
フィニスの背後では、巨大な狼がじっと私を見つめている。
まるで、値踏みするように。
「ならば何になる」
「あなたの剣に」
「わたしの剣に。大貴族の令嬢が」
彼の薄い唇が笑みを含んだ。
見覚えのある笑みだった。前世でも、彼はこんなふうに笑った。
懐かしい。きれい。泣いちゃいそう。
でも……でも。
なんだろう、この違和感。
今見ると、これって、冷笑だね……?
気づいてしまった私は、のろりと瞬いた。
なるほど。ただの十五歳のお姫さまのときには見えていなかったんだ。
彼のことが、ちっとも見えていなかった。
フィニスって、ただの貴族のご令嬢のこと、ちょっとだけばかにしてたんだ。
そっか。
そっか……なるほどぉ。
よかった。うん。ほっとした。
だって私、今回は、ただの貴族のご令嬢じゃないもの。
あなたを生かすため、二倍の人生を生きてきたもの。
今の私には、前世では見えなかったものも見える。
だから、変われる。
あなたに、ばかにされない人間に、なる。
「試してみますか? あなたがお飾り騎士団長でないのなら、上っ面ではなく、実力を見てくれるはず」
私は言い、薄紅の唇をきゅっとゆがめて皮肉げに笑った。
こんな顔、姫君には絶対できない。
フィニスも意外だったのだろう、私の皮肉に目を瞠る。
あなたってそんな顔もできるんだ。びっくりしたところを隠そうともしない、素直で可愛い顔。
いいなあ。この顔は萌えるっていうよりは、じんわり愛でたい。
「っ、は」
堪えきれない、というように推しが笑う。
彼の顔がみるみる生気を増していく。
フィニスは生き返ったように明るく笑って、高らかに告げた。
「いいだろう。入団試験だ。――剣を抜け!!」




