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第39話 こちらに金目のものはありますか?

「行ったな」


 フィニスが言い、私を放す。

 トラバントは答えた。


「行きましたね。先ほどのは、ひょっとして?」


「ああ。フローリンデだ」


「……本当に彼女でした?」


 どうしても信じられなくて、私は訊く。

 フィニスは少し不思議そうに首をかしげた。


「どう見てもそうだったが……どこかで会ったことがあるのか?」


「あ、いや、今回は一度も。でも、姉妹から話は聞いてたので」


「なるほど。フローリンデは美しいお嬢さんだ。その髪は黄金色の汁そば細麺まっすぐタイプのようだし、瞳は背高ネギの緑色、唇は冷製肉の美味しいところの色と質感」


「汁そばの美味しさしか伝わってこない!! もっと人間本体を褒めてください、フィニスさま! 確かにフローリンデは金糸みたいなストレートの金髪と真昼の湖水みたいな緑の瞳がきれいな子ですけど……じゃなかった、そういうふうに聞いてますけど!!」


 私が叫ぶと、フィニスはゆっくり瞬いた。


「金糸と湖水。いい表現だ。覚えておこう」


 トラバントはため息を吐き、フローリンデの消えたほうを見やる。


「それにしても、どうしてこんなところにいたんでしょうね、フローリンデさまは。彼女なら帝都に買い物に行く方が便利でしょうに」


「わからん。帝都には出禁の店が多いのかもしれん」


「あー、ありうる。店内に子犬を二十匹放ったりしたのかも」


「巨大なケーキの中にオルゴールをしこませて、切るときにオルゴールごと真っ二つにしたあげく『音が鳴らない』とキレていたことは実際あったしな」


「ええ……えええええええ!!」


 ふたりの話に、私はどんどん青くなった。

 なに、それ。同じ人間が、前世と今世でそんなに変わるもの?

 少なくとも、両親や乳母や姉妹たちは前世とそっくりだった。

 決定的に違うのはフィニスだけど、彼は前世で見えなかった『素』が見えてるだけだ。


 一体、フローリンデに何があったの!?


 ――なんか変わったことがあったんじゃろ。


 肩の毛玉に話しかけられ、私は答える。


 ――なんかって、何なの、シロ!?


 ――それはセレーナちゃんが考えることじゃ。人間はきっかけで変わる。他のもんもそうじゃがな。


 きっかけ。

 フローリンデが変わったきっかけって、一体……?

 考えている間に、フィニスたちは移動を始めた。


「とにかく、フローリンデさまが行っていた店は避けましょう」


「賛成だ。絶対に値踏みされるからな。この間は手紙の紙まで値踏みされた」


「ここはどうです? 半分くらい古物も扱ってますが、いい匂いがしますよ」


 トラバントが足を止める。


「……匂い? わ、素敵なお店」


 顔を上げたところは、路地の果てにある小さなお店だった。

 古びた扉には大きな木の形の金属が打ち付けられていて、左右にはステンドグラスがはまっている。

 色ガラスの向こうには、うっすらと商品の姿が見えた。

 軒先にぶら下がった看板には、確かに『宝飾、家具、骨董』と書かれている。


 フィニスはうなずき、店に入っていった。


「邪魔をする」


「あー……中もきれいだ。っていうか、中が百倍きれい」


 私は小さな声で感心する。

 薄暗い店内は、天井から下がった色とりどりのランプで照らされていた。

 七色の光がゆらゆらゆらめき、店内の商品の上に落ちる。

 商品の陳列もみちみちすぎなくて趣味がいい。

 貴族のお友達がこっそり見せてくれる、宝の部屋みたいだ。


「いらっしゃいませ、騎士さま。何かお眼鏡にかなうものがあればよいのですが」


 店の奥から老店主がやってくる。

 フィニスはすぐに切り出した。


「よろしく頼む。女性への贈り物を探しているのだが――」


「んー、フィニスさま、ここは出ましょう」


 あれれ、トラバント?

 なんで割りこんでくるの?

 フィニスも不思議そうに訊く。


「なぜだ?」


「外から見た感じはよかったんですけど、中を見るとイマイチです。特に店の一番よく見える場所に出してる宝飾品が、伝説の皇妃ベアトリクスの首飾りの模造品っていうのは、さすがに安直ですねえ。ものは悪くないですが、それでだませる客を取ろうっていう商売感覚がイマイチ」


 トラバントは一息で言い、にっこり笑ってフィニスを見上げた。

 うわあ……うわあ、うわあ、すごい、これ、本気だ。

 トラバントの、本気の嫌味。

 なんかもう、お腹の底がむずむずする。いたたまれない。


 店主さんは、と見ると、あくまで笑顔を保っている。

 こっちもプロだ。


「騎士さまは詳しくていらっしゃる」


 トラバントはふん、と鼻で笑うと、優しく陳列台をなでた。


「むしろ首飾りがのってる陳列台のほうがいい。これはベアトリクスの時代に実際宮殿で使われていたものでしょう? 手入れも最高です。当時のやり方を再現できる知識と技を持っていなければ、こうはできません。実にいい。ですが、我々は家具を買いに来ているわけじゃないんで」


 ぐああああ、今度はけなしからの、控えめな褒め。

 上手いなー、トラバント。怖いほど上手いな。

 商家の息子、なんだっけ?

 ……そういえば私、トラバントのこと、あんまり知らないな。

 

 一方のフィニスは、めちゃくちゃ素直にうなずく。


「そうだな。必要なのは『見るからに金目のもの』だ」


「えっほん!! 『見るからに格が高い、皇妃が持っていてもおかしくない宝飾品』ですね?」


 ぎらり、とトラバントがフィニスをにらむ。

 フィニスはますます従順にうなずいた。

 うるわしい黒髪長髪男子が、こっくりうなずいているところ、かなり貴重。貴重、かつ、至高。

 フィニスってなんとなく子犬っぽい。トラバントは犬っていうより陸猫っぽいから、これは、ひょっとして――自分よりちっちゃくて毛並みのいい陸猫に叱られて、耳を伏せてる子犬ってやつなのでは!?

 かーーーわいーーーー!!

 やだ、また新しい萌えを開発してしまった! これははるか未来まで残したいかわいさ!! 毎日成長記録取って順番に並べたい、そのまま一生見守りたい!


 ――いやいや、そいつ、もう成人しておるからの。成人男性だからの。


 シロが疲れたようにつっこむ。

 と、店主が口を開いた。


「――承知いたしました。少々お待ちくださいませ」

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